第5話 伝説の魔法少女の特訓は厳しいホ!

 その日、キリカはピンチに陥っていた。何故なら、目の前にジドリーナ帝国四天王のパリピーナがいたからだ。どうやら下校途中の彼女を待ち伏せていたらしい。

 幸い、1人で帰っていたのもあってこの時は周りに誰もいなかった。


「まさかいきなり現れるなんてね」

「早くトリを呼べし」

「へぇ、意外とちゃんとしてるんだ」

「あーし、卑怯なの嫌いだし」


 どうやら、彼女はその見た目と違って正々堂々を好む真面目な戦士のようだ。キリカはゴクリとつばを飲み込むと、この戦いが避けられない事を悟る。パリピーナの桁外れの闘気がビンビンに伝わってきたからだ。

 トリは、この奇妙なにらみ合いが始まって一分足らずでやってきた。


「キリカー! 大丈夫かホー!」


 トリが視認出来たところでキリカはステッキを具現化。すぐに魔法少女に変身する。そのプロセスが全て終わるまで、パリピーナは律儀に待ってくれていた。


「早速勝負じゃん?」

「ファイナルレインボーアロー!」


 先手必勝とばかりに、キリカは速攻で必殺魔法をパリピーナに向けて撃ち込んだ。七色の魔法の光の矢が彼女に全弾命中し、派手でカラフルな大爆発を起こす。


「やったホ!」


 攻撃の成功を確認したトリはキリカに近付く。そして、ハイタッチをしようとしたところで爆煙の中から声が聞こえてきた。


「これで本気? 全然弱いんだけどー」

「嘘?」

「次はこっちの番だし!」


 キリカの魔法攻撃をまともに受けたにも関わらず、パリピーナーは全くの無傷。彼女は片手を払って爆煙をかき消すと、一瞬でキリカの至近距離にまで近付く。

 その接近にキリカが気付いた時、既にパリピーナの拳が彼女の腹部を打ち抜いていた。


「キャアーッ!」


 呆気なくふっとばされていく魔法少女。そのコスチュームは魔法で防御力が強化されている。なのに、その耐久性が無効化されたかのような衝撃を彼女は受けていた。

 ブロック塀を破壊してようやく勢いが止まったキリカは、そのショックで身動きが取れなくなる。


「ゲフ……ッ」

「嘘でしょ? あんた弱すぎー」


 パリピーナはゆっくりと倒れているキリカに近付く。トドメを刺そうとしているのだ。相棒のピンチに、彼女を守ろうとトリが飛び出した。


「キリカーッ!」

「部外者は引っ込んでろし!」


 向かってきた彼を、パリピーナは手のスナップだけで弾き飛ばす。トリもまた、建物の壁に亀裂が入るほど激しく打ち付けられた。


「トリーッ!」

「もうちょっと歯応えあるかと思ったじゃん? つまんね。死んで?」


 パリピーナの絶望に満ちた冷酷な瞳がキリカを冷たく見据える。この時、迫りくる絶望感に飲まれたキリカは死を覚悟した。

 その時、空の彼方から謎の光が射し込み、キリカとトリを包んで消える。倒すべきターゲットを失った彼女は、不機嫌そうな表情を浮かべた。


「ちっ。どこのどいつだよ!」


 気を削がれたパリピーナは、怒りに任せてブロック塀を殴って粉砕する。


「まあいっか。あんな雑魚いつでも倒せるし」


 彼女は汚れた手を叩いて気を落ち着かせると、本来の目的の侵略はせずにジドリーナ帝国に戻っていった。



 ――その頃、キリカとトリはどこかの広い舞台の上にいた。しばらく横たわって体力を回復させた彼女は、むくりと上半身を起こす。


「ここは?」


 キリカはこの記憶にない景色を前にして、現状を把握しようと顔を左右に振る。すると、そこに長老っぽい服を着た老婆がいる事に気が付いた。


「やっと起きたのかい。あんなヤツにいいようにされて情けない」

「え? 誰?」


 この謎展開に彼女が戸惑っていると、同じタイミングで目覚めたトリが目を丸くする。


「あなたは……伝説の魔法少女サクヤ……ホ?」

「知ってるの?」

「キリカの大先輩ホ。とっくに引退したって聞いていたホ」

「そうだよ。確かに魔法少女は引退した。けど最近の魔法少女は不甲斐ないねえ。様子を見に行って良かったよ」


 サクヤの姿をキリカはまじまじと見つめる。確かに長老っぽい感じだけれど、その服は魔法少女衣装の雰囲気も感じられるデザインになっていた。

 サクヤ自身も熟練の達人オーラを体から発していて、腰もまっすぐで老人ぽさは顔の皺と白髪くらい。あの絶体絶命のピンチを救ったと言われれば、すぐに納得出来る雰囲気も感じられた。


「た、助けてくれて有難うございます」

「いつまで座ってんだい、早く立つ!」

「はいっ!」


 突然の命令口調に、キリカは反射的に立ち上がる。サクヤはゆっくり歩いて近付くと、若い魔法少女の体をジロジロと品定めするように眺め始めた。

 上から下までしっかりとチェックされ、キリカはゴクリとつばを飲み込む。


「さっきの戦い見てたけど、あんた筋は悪くないよ」

「ど、どうも……」

「今から私が鍛えてやる。で、次はあいつに勝つんだよ」


 どうやら、サクヤは新人魔法少女の育成に力を貸してくれるらしい。とは言え、全く歯が立たなかった相手にリベンジしろと言われて、すぐに元気な返事を返せるほどキリカも無邪気ではない。


「私、勝てますか?」

「勝てますかじゃない! 勝つんだよ! 気合だ!」

「は、はい!」


 こうして、ベテラン魔法少女から新人魔法少女への魔法強化指導が始まった。まずサクヤが言い渡したのは、精神力の強化修行。


「魔法は精神力だ! まずは心を鍛えるよ!」

「はいっ!」


 サクヤの課したメニューは、精神力強化では定番の瞑想。魔法陣の上にヨガっぽいポーズで座って、自分の体に流れる力を強くイメージするところから始まった。既に魔法少女活動をしていたので、一度コツを掴んでしまえば彼女にとってこの修行はさほど難しいものではない。

 感覚を掴んだと認められたところで、修行は次の段階に入る。


「次は魔法の系統の違いを体で覚えるんだ」

「はいっ!」


 魔法には基本の4つのエレメントがある。魔法少女はその中から自分の得意な系統を選んで使う。キリカも何となく感覚でそうしていたものの、だからこそ苦手な系統のエレエントには全くの手つかず状態だった。

 サクヤはその克服を求める。何をするかと言えば火、水、風、土の魔法に触れる事。触れて慣れ、その感覚を体に覚えさせる事だった。


「じゃあ今から私がそれぞれの魔法を撃ち込むから、耐えるんだよ!」

「えっ? ええええーっ!」


 サクヤが放つ4つのエレメント魔法。その威力は手加減されているのか疑問に思えるほどの高出力で、キリカは一発撃たれるだけで軽く意識を飛ばしていた。それでも瞑想で得た力の感覚を掴む技術によって、エレメントの感覚を段々と掴めるようになってくる。

 そして、いつしかどのエレメント魔法を受けても無傷で流せるようになっていった。


「出来るようになったじゃないか。その感覚を忘れるんじゃないよ」

「は、はいっ!」

「次はステッキさばきだ。ステッキを使いこなせば出力は更に上がる!」


 サクヤは自分の杖を取り出す。真っ白で1メートルほどの長さ、職人技の装飾が凝っているとても立派なものだ。彼女は華麗にステッキを振って、とても効率的に魔法力をステッキに集めていた。瞑想によって見えない力の流れを掴めるようになったキリカは、その振りを見ただけで理想的なステッキの使い方を具体的にイメージする。

 ただ、イメージと実際の動きがシンクロするかと言えばそうでもなく、彼女は理想に追いつくために何度も何度もステッキを振った。


「これを……こうして……こう!」


 キリカは自ら見出した理想のステッキさばきによって、今までとは桁違いの威力の魔法を発射。その成果を目にしたサクヤは、うんうんと満足そうにうなずいた。


「上出来だ。最後に更に上の魔法を使いこなしな。私が手本を見せるよ」

「は、はいっ!」


 サクヤは今まで指導してきた全てのテクニックを駆使して、超威力の魔法を実演する。それを目にしたキリカは、あまりの威力に恐怖を覚えるほどだった。


「この魔法はそれぞれ個人が辿り着く天井で、全く同じものを指導する事は出来ない。だからキリカ、お前が自力で会得するんだ。絶対に出来る!」

「わ、分かりました!」


 こうしてキリカは自主練に励む事に。サクヤはそれを見守りながらトリに近付いた。


「トリ、あんたも鍛えなきゃだねえ……」

「ヒィィホーッ!」


 こうして、サクヤは魔法少女本人とその相棒をみっちりと鍛え抜く。ある程度形になったところで、ようやく2人は開放されたのだった。


「あのおばあさんタフ過ぎ……流石は伝説の魔法……おばあさん?」

「もう88歳になるのに、まだあれだけ動けるとは思わなかったホ」

「88歳なの? すごい!」


 サクヤの年齢を聞いたキリカは目を輝かせる。伝説の魔法少女は今、その魔法力で世界の均衡を保つ重要な仕事をしているらしい。

 その事実を知って、キリカはますますサクヤに憧れを抱いたのだった。


「あんた、魔法少女には偶然なったんだってね。その後の戦いも独学だって? 苦労したね」

「いや~それほどでも~」


 憧れの存在に褒められて、キリカの表情はだらしなく歪む。そんな大先輩は、とても優しい眼差しを若い後輩に向けた。


「でも、だから基礎がなってなかったんだよ。今はどうだい?」

「えっと……効率的に力が出せるような?」

「そうだよ。その感覚を忘れるんじゃないよ」

「分かりました! 有難うございます!」


 確実に力をつけて、キリカは地元に戻ってくる。あの修行場所はトリの魔法結界と同じ効果を持っていたので、あそこにいた間の時間は現実では1秒も経っていない。

 自宅に戻った彼女は自室の窓から空を見上げ、やがてくるパリピーナとの再戦に心を燃やしたのだった。

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