第3話 勇者ってお強いんですね

 蒼穹を閉じ込めた様な美しく、艶やかな光沢を放つ蒼の長髪。絶世の顔貌は稀代の芸術家が筆を折る事を余儀なくさせる程であり、その瞳は翡翠の宝石を嵌め込んだかの様である。


 女性らしい起伏に富んだ肢体、透き通る様な柔肌を包む軽鎧は、無骨ながらこの少女が着れば美しい。


 そして、これらが気にならない程の異質、それは少女の持つ一振りの剣だ。


 美しい拵え、小金の色を基調にした意匠。


 一目で分かる、あれは特別な何かだ。


 そんな少女は凍て付く様な圧をゴブリン共に浴びせ、俺の傍に立つ。


「コイツはまさか……アルカディア! 『勇者』アルカディアだ!」


 ゴブリンの一人がそう叫ぶ。


 『勇者』? このお嬢さんが?


 数を減らしたゴブリン達は明らかに狼狽し、動揺が伝播して行く。


 この状況を動かしたのは、ゴブリン達の方だった。


「『勇者』が何だって言うんだ! やれぇ!」


 ボス格のオークが叫び声を上げて、特攻を命じる。


 止まっていた状況に亀裂が走り、割れる様にして戦闘の火蓋が切って落とされる。


「うらぁ!」


 背後に回ったゴブリンが短刀を振るい、少女を切り刻もうとするが、


「弱い」


 少女の左の裏拳がゴブリンの顔面をぶち抜く。


 ――瞬間、凄まじい突風と衝撃と共にぶち抜かれた頭が爆ぜる。


 その勢いは凄絶、頭だけでなく全身ごと爆散し、血と肉のシミが出来上がる。


 平原を揺るがす一撃、それを素手で行ってしまった。


 いや、強過ぎない?


 短剣を振るってきたゴブリンを刻み、殴り掛かって来たゴブリンに蹴撃をぶち込み、怯えて尻餅を着いたゴブリンを両断する。


「助け……」


「お前らは殺して来た人々の命乞いを聞き入れたのか? 慈悲を与えないお前らが私に慈悲を期待する? 烏滸がましい」


 降伏した姿勢のゴブリンでさえも構わず切り捨てる。


 その剣技の一つ一つは息を呑む程に美しく、恐ろしい。


 最早、恐怖すら覚える。


「最後はお前だけだ。頭領らしく正々堂々と戦え」


「ヘッ、あんな雑魚共と一緒にするなよ。死にやがれ! クソアマ!」


「仮にも頭領が部下を“あんな奴”と言うのか。酷い物だ」


 少しの問答の後、最後に残ったオークとの戦闘だ。


 オークはその啖呵に違わず、ゴブリン達とは訳が違う圧倒的な速度で少女と間合いを詰める。


 そして、オークの圧倒的な膂力により生み出される、大剣の振り下ろしが飛んで来る。


 それに対して、


「少々、意趣返しをするか」


 振り下ろしの大剣をあっさりと横跳びに躱し、跳躍、大剣の上に乗る。


 そのまま大剣を伝ってオークの太い右腕に乗り、その腕を切り刻みながら肩まで到達する。


 鮮血を浴びながらオークの肩の上で構えを取り、神速の斬撃を見舞う。


 そのまま肩ごと右腕を切断、地面に着地する。


「グッ、ウォォオォ!」


 痛みに喚き、大気を震わせながら絶叫するオーク。


「さて、魔物が光属性のマナを注入された場合、その魔物はどうなってしまうと思う? 『エクスカリバー』で死ぬのは苦しいぞ」


「まっ、待って……」


 命乞いに耳を貸さず、少女はその剣をオークの腹部に突き刺す。


 ドスッ、と言う音と共に鮮血が零れるが、そんな物がどうでも良い程の劇的な変化が訪れる。


 ボコボコ、と言う音を発しながらオークの肉体が急激に膨れ上がり、爆ぜる様にしてバラバラの肉塊に変わる。


 血と臓物が敷き詰める赤のカーペットが辺りに満ち、その跳ねた血飛沫を少女はウザったそうに拭う。


 そこまでして静寂が訪れる。俺の苦悶の声以外。


「終わったぞ。良く耐えたな、痛みのショックで死んでもおかしくない傷だ」


 その美少女の台詞に俺は苦笑しながら、


「ありがとな、お嬢さん。でもな、俺はここで死ぬ。この傷は明らかに致命傷だ」


 今にも卒倒して死んでしまいそうな重症。分かるのだ、俺の命の灯は消えかかっている。


 不運な俺が幸運な事に助けられた。一生分の幸運を使い切ったと思う。


 最期にこんな美少女が見られて満足だ。


「これが『異世界』クオリティーか、眼福だぜ……」


 意識が消えて行く。


 闇に引き込まれる様にして、意識が朧気に、


「何を変な事を言っているんだ。生きるんだぞ、君は」


「はっ?」


 俺からしたら意味不明な少女の言葉、それには取り合わず、少女は掌を翳す。


 瞬間、俺の肉体が仄かな光に包まれ、体に温かい何かが巡る。


 ――負傷が癒えたのだ。


 腹部の傷も、右腕の欠損も、骨折や打撲に至るまで悉く。


「ナーニコレ」


「人間に光属性のマナを流すと負傷が癒えるんだ。回復魔法程には高度ではないから、痛みも残るし、本人の体力によっては死ぬ」


 そこまで問答して、俺はフラフラになりながら立ち上がる。


「改めてありがとうな、お嬢ちゃん。俺は五稀、お嬢ちゃんは?」


「お嬢ちゃんって……そこまで年が離れている様にも思えないが、まぁ、良いか」


 少女は一呼吸置いて、


「――アルカディアだ」


 これが、結構長い付き合いになるアルカディアとの出会いだった。



 あらすじ、死にかけた所を少女に救われた。


 アルカディアと言う少女に頼んで近場の町、『バレンタイン』に連れて行って貰える事になった。


 未だに痛む体を引き摺って、平原を闊歩する。


 この少女は何者なのか?


 相当に腕が立つ剣士なのは間違いない。しかも、『エクスカリバー』って、


「アルカディア? その剣は何なんだ? 凄まじい業物とお見受け出来るが」


「これか? これは何の変哲も無い剣だ」


 そんな訳ないだろ、と思ったが詮索するな、と顔に書いてあるのでやめておこう。


 沈黙、辛い、とても辛いよ。


 こんな気まずい雰囲気は久々だ。しかも、俺の顔をちらちら見ているし、


「俺の顔に何かありますかね? アルカディアさん?」


 その言葉に少し瞑目した後、アルカディアは、


「お前の名前はイツキだな?」


「そうっす」


「出身は?」


 ……何て答えようか。


 濁すか、


「ここでは無いどこか、からかな、やっぱり」


「そうか、――黒髪黒目、名前の特徴もそれっぽい、突如現れた、雰囲気も似ている」


「えっ、何て!?」


 異世界って小声で話す奴多過ぎだろ、俺にも聞かせてくれよ。


 あ、そうだ。人に会ったら真っ先に聞きたい事があったんだった。


「アルカディア、シェイドって知ってるか?」


 これが一番気になる。


 あの神気取りの影について、何か情報を得なくては、


「知らないな、人名か?」


「まぁ、人かすら分からねぇんだけどな。知らないならいいや、ありがとよ」


 そして会話に詰まる。地獄だ。


 そして、アルカディアは立ち止まる。


「――? どした?」


「何度も申し訳ないんだが、『神からの技術スキル』の類は持っているか?」


 アルカディアは唐突に質問を投げて来る。


 それに対しての回答は一つしかない。


「無い。俺にそんな物があったら良かったよ」


『スキル』とは何の事だか分からないが、俺の想像する物と同じだろう。


 悲しい事だが、俺にその手の才能は無いらしい。


「分かった。なら、剣を構えてみてくれ」


「えっ、何で?」


 意味分かランボルギーニ、と言う感じの要求。


 まぁ、ここで断っても利点何かねぇし、やるか。


 剣をゆっくりと抜き放ち、最大限にカッコ良く構えてみる。


 その俺の姿を見て、アルカディアは眼を見開いて、


「……英雄」


 とだけ呟く。


「もう良いぞ。十分だ」


「なんでやねん」


「いやぁ、黒髪黒目は珍しくてなぁ。怖いもの見たさと言う感じかなぁ」


「人の姿を幽霊屋敷扱いすんな! 声震えてんぞ! 噓がバレバレだ!」


「嘘は吐いてない……私は噓吐きじゃないからな!」


 そう言って、さっさと歩き出してしまう。


「待ちやがれ!」


 俺はその言葉の真意を聞き出そうと、アルカディアに小走りで近付くが、


「フッ、もう限界だ」


「――???? 何が?」


 またもやアルカディアが意味不明な事を言いながら立ち止まる。


 だが、その様子は満点の蒼穹を仰いでおり、さっきとは訳が違う。


「どうした? 何かあったのか!?」


「『待ちやがれ』、と言っただろう。私は逃げも隠れも出来ない、何故なら――」


 そう言って、アルカディアは仰向けに地面に倒れる。


「――! アルカディア! どうして倒れて――」


 何だ、何が起こった!? 畜生、全く分からない。


 アルカディアはどうなった? 俺の所為か?


「スタミナ切れだ」


「うん? スタミナ切れ?」


 言っている事が理解出来ない。何言っているんだコイツ。


「疲れたぁ、もう動けん」


 そう、疲労感を吐き出し、地面にだらぁっと横たわるアルカディア、もしやコイツ、


「スタミナクソ雑魚ちゃんって事?」


「雑魚とは何だ、昔よりはマシになったんだぞ」


 この応答から弾き出した結論、


「コイツクソやべぇ!?」


 と言う事だった。



「もう一回逃げろ、逃げろ、逃げろぉ!」


 大地を踏み締め、耳に耳朶を打つ風切り音を感じながら疾駆する。


 蒼穹から燦々と降る陽光を一身に受け、溢れ出す汗を拭う。


 奇しくもゴブリンの時と同じ、違うのは、


「アルカディアさん! 戦って下さい! 意外と重い!」


「重いとは何だ、装備が重いんだ。あっちが町だ。ガンバレ!」


「チクショウ!」


 左腕にアルカディアを抱えて走っている事だ。


 そして、俺の背後に居る魔物は、


「――ッ」


 醜い咆哮を上げて迫り来る狼、数頭だ。


 黒の体毛に屈強な肉体。唸り声を上げ、涎を滴らせながら迫る獣。


「ムリムリ! 狼から逃げるのは流石に無理ぃ! 今度こそ死んじゃう! アルカディア! ガンバ!」


「先程も言った通り、私に与えられた『得喪ギフテッド』はスタミナ、ディフェンスを限りなく減少させる代わりに、強大なパワーとスピードを得る物だ。仕方ないんだ」


「それ戦えなくねぇか!?」


 余裕そうに問答をしてはいるが、もう限界が近い。マジに狼が目と鼻の先まで迫って来ている。


 まぁ、背後に迫っているから目と鼻の先ではないけど。


「あれはさぁ! どれくらい強いんだ! そこがマジに重要だ!」


「ランクワン、良くてランクツーだ。下から数えた方が早い。キラーハウンドだし、私なら余裕だ」


「だったら、戦え!」


 クソ、やるしかないか。


「悲壮な決意を固めている所に悪いが、秘策がある」


「キタコレ! して、その作戦は!?」


 風を切り、息を切らしながら走る我々に天恵、アルカディアには作戦があると言う。


「ほら、私の腰にオレンジ色のポーションがあるだろ? それを私に飲ませる。以上だ」


「オーケー、その前に追い付かれたわ!」


 その問答の途中、狼に右腕を噛み付かれた。


 狼に噛み付かれた右腕が軋み、鮮血が噴き出る。


 骨が砕け、筋繊維がぶちぶちと引き裂ける。


 千切れ掛けた所で腕を強引に振り切り、狼を振り落とす。


「また右腕がぁぁぁあぁ!」


「ほい、再生」


 思ったよりも痛みを発しない右腕の惨状に絶叫するが、アルカディアが即座に光属性のマナを流し込んで再生させる。


 骨が元の形を取り戻し、肉筋が繋がり、皮膚が再生する。


 思ったよりもグロイ、と言うかシンドイ。


 生命力が使用される感覚、本当にキツイ。


「俺はお前の馬車馬か! 怪我を負ったら再生させて走らせるとか、人間の所業じゃねぇ!」


「逆に何で走れるんだ? 痛みの耐性が異常に高いのか? まぁ、もっとがんばってくれよー」


「ホワァァアッァアァ!?」


 声にならない声を上げながら、今までに無い程の全力疾走を繰り出す。


 それでも差は開けない。


 狼と無力な一般人、差は歴然と言う物だろう。


「ふぅ、そろそろ行けるな」


 そう言って、アルカディアはイツキの腕から離れ、地面に着地する。


「一呼吸分でもあれば十分」


「アルカディアさん、キタァァァァ!」


 次の刹那、音を置き去りにする程の踏み込みを見せる。


 ――瞬間、アルカディアの像は掻き消え、残像すら捉えられない程の速度で突っ込む。


 風と一体になり、突風で地面を捲り上げ、三頭の狼の背後に出現する。


 アルカディアは剣を優美に納め、後ろに振り返る。


「終わったぞ」


 ――瞬間、狼の体が爆ぜたかに思える程に刻まれ、肉片と臓器、血飛沫をぶちまけて死に至る。


 それと同時にアルカディアは倒れ込む。


 アルカディアに駆け寄り、その顔を覗き込む。


「オマエ、強過ぎねぇか? 俺がその枠をしたい」


「そんな事を言われても」


 正直、この異世界に来て良い事が一つもない。


 ツライ。

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