極振り勇者
玉虫色の蛇
序章 ヒビヤイツキの濫觴
第1話 異世界転生ってこんな感じだっけ?
そこは漆黒の闇が支配する空間だ。
黒よりも黒く、距離感すら測れない圧倒的な黒。
視覚を支配するものは、全て黒である。
呼吸音、耳鳴り、鼓動、あらゆる聴覚的な情報が遮断されている様だ。
そう、自分の呼吸や鼓動、生命的な活動を一切感じる事が出来ないのだ。
と言うか、自分の手が見えない。
何なら胴体も、足も、何も見えない。自分の肉体が見えない。
この黒が支配する空間で、他の何者も居ないこの空間で、自分の存在すら不確かなのだ。
ここ、どこなんだろうな。
些細だけど、匂い感じねぇ。
まぁいいや。
俺のくだらねぇ名前。
三十代のオタクサラリーマン。
なーんにもない人生を歩んで来たと思いますよ、ホントに。
死んだのか?
いやぁ、昨日はただ眠っただけだしな。
心当たりは皆無だ。
死後の世界だとして、何で死んだ?
死後の世界って、退屈なんだなぁ。
こう、異世界転生、みたいな物って無いのかよ。
まぁ、社畜フィーバーしていたから、全然アニメも、ゲームもやる気力なかったんだけどな。
大人になれば自由になって、時間も沢山増えて、資金力も手に入れて、オタ活し放題、とか息巻いていた時期もあったなぁ。
結局、底辺に生きた俺には無理だったけどな。
資金も、時間も、自由も、努力して得る物なんだなって、
だっらだら生きて、何となく惰性で学校行って、何となく就活して、後悔しているわ、ホントに。
まぁ、死んだとも限らねぇよな。
悪い癖だ。変わる気もねぇ癖に自己嫌悪に陥っちまう。
死んでこんな所に来る訳が無い。
流石に明晰夢だろ。
いやぁ、こんな感覚なのか。明晰夢って体験した事がなくて、分からないけど。きっとそうだな。
暫くしたら目が覚めるだろ。
嫌だなぁ、あのクソウザイアラームの音で目覚めて、ほぼ無意識で顔洗って、着替えて、死んだ目で電車に揺られて、上司に媚びへつらって、鬱の状態で仕事をするんだろ。
これがちょっとでも続いてくんねぇかな。
この空間は辛くない、心身共に何も感じない。
逃げ出したいな。
異世界にでも行きてぇな。
「その願い、我が叶えてやろう」
刹那、自分以外存在しない筈の空間に淀んだ声が差す。
存在しない無い筈の肉体で振り返る。
――そこに居たのはゆらゆらと揺らめく、人型の影だった。
凄絶な漆黒の空間よりも更に黒いその存在は、眼がある筈の部分に赤い眼光が怪しく輝いていた。
その存在は不快そうに目を細めて、
「何だ? 喋れない訳ではあるまい。まさか、術式の記述を間違えたか? 魂しか持って来られなかったのか? それとも――」
「はぁ!? 喋れる! ナニコレ!」
「喋れるではないか。起きるのが遅いぞ、人間」
先入観の所為で喋れると気付かなかった。
と言うか、魂? 術式? 何言っているんだこいつ?
「えぇ、明晰夢にしては良く喋るじゃん。何この夢? 夢って詳しくは分からないけど、記憶で出来ている映像って聞いた事あるんだけど。こんなキモイ影、知らねぇよ。俺」
そんな俺の捲し立てる様な言葉に、影は溜息を吐く様な仕草をして、
「はぁ、貴様、まだ現実逃避をしている様だな。つくづく、“ニホン”の奴らは楽観的で困る」
「現実逃避って? てか、話し相手してくれよ、暇だったんだ」
いやぁ、本当に嬉しい。久しぶりの知的生命体だ。この長い夢を共にしてくれるんだろう、と本気で思っている俺がいる。
だって、現実に魔法は無い訳で、救いとかは無くて、オカルトは無くて、だから二次元に、創作にのめり込む。
目の前のこれも夢の延長、俺はそう思います。
黒い影は眼光を鋭くし、
「――黙れ、我は貴様の想像の産物等では無い。軽薄に言葉を弄するな、この戯けが。我と貴様は同格では無い、と念頭に置け。屑人間」
「――ッ」
刹那、その影から今まで感じた事も無い異質な覇気が溢れ出す。
無い筈の肌が粟立つ様な感覚に戦慄する。
その覇気に言葉を詰まらせている俺を鼻で笑いながら、
「フッ、それで良い。黙って我の話を聞くが良い。質問は答えられる範囲で答えてやる」
そう言って、影は狼狽する俺に満足しながら話し掛ける。
「まず、これは紛れも無い現実だ。醜い現実逃避は止めろ。まぁ、同情はするがな」
「はぁ、マジですか。じゃあ、現実だって言うなら、ここはどこだよ? 俺はどうなっている?」
言葉通り、現実を突き付けられる。
少しショックを受けた。だが、それ以上に疑問が沸いて来る。それに対しての回答は、
「ここがどこか、か。敢えて言うなれば時空の狭間、と言った所か。そもそも、時空間を渡る魔法は完全には確立していないからな、さっさと話を終わらせたいのだが」
「勿体ぶるな、聞きたいのは俺の状態だ。ちゃっちゃと答えろ」
この俺の言葉に不快さと呆れ半々で、
「傲岸不遜が極まっているな。まぁ、一々指摘していたら日が暮れそうだ。貴様の不遜な言動は赦してやろう――」
「早くしろ」
長い講釈に苛立って来たから、食い気味に言ってやる。
「はぁ、では言うぞ」
それから一拍置いて、
「貴様は死んだ。貴様の塵芥に等しい、無様な人生は幕を引いたのだよ。劣等」
あっさりと告げられる俺の死、余りにも実感が無かった。
もうちょっと苦しみだったり、後悔だったりがあると思っていた。
まぁ、昨日は何の変哲も無い一日を送って、寝ただけだし。
惜しむ様な人生を送っては無かったし、別に老人ではねぇけどな。
クソみたいな人生だったな。
「で、何で死んだの? 俺、普通に眠ったのが最期の記憶何だけど?」
「あー、それは答えられない。知らないのだ。我は魂の収集人が故な」
急に杜撰になったその回答に、訝しげに俺は疑問を投げ掛ける。
「えぇ? 魂の収集人ってぇ? 何で答えられないのぉ?」
その疑問の言葉を投げた直後、明らかに面倒そうに、
「はぁ、我は哀れな魂を収集し、別の世界に送り届ける者だ。貴様がその対象だっただけよ」
その驚きの台詞に、
「え、マジで! て事はもしかして」
「そうだ、貴様らの言う所の『異世界転生』だ」
その言葉に俺は無い眼を見開き、歓喜に体を震わせる。
「えぇぇえぇ! お前、良い奴だったのかよ! 先に言ってくれよ、そう言う情報は!」
「貴様が聞かなかっただけだ」
そう言葉を交わした後、俺はガッツポーズをする。いや、体は無いんだが。
「マジかぁ。俺、転生しちゃうのかぁ。クソみたいな人生終了かよ! やったぁぁぁあぁ!」
「喜んでくれた様で結構。――まぁ、記憶は一部弄っていたから、大丈夫だと思っていたが。おめでたい奴だ」
「え! 何か言った!?」
「いや、貴様は何も知らなくて良い」
俺の魂からの咆哮を影は労わるかの様に言葉を掛ける。後半の方は何と言ったか聞こえなかったが。
でも、何か怪しいんだよな。
「とにかく、話を進めるぞ。これから貴様にはとある世界に行って貰う。貴様の肉体は一部改造して送り出してやる。貴様の世界とあっちの世界とでは法則が違うからな。潜在能力開放も一応、装備も少し、まぁ、これくらいか、何か質問は?」
凄まじい勢いで説明を終えた影は、質問はあるか、と確認して来る。
あるに決まっている。それは、
「チート能力みたいなのはあるのか? やっぱそこが重要だろ。俺はやはり無双したい! 無双したいぞ!」
その言葉を受けて、影は少し逡巡した後、
「あぁ、チートとは凄まじい能力の事だな。あの”姉妹”も言っていた」
「そうだよ! あるのか! チート!」
姉妹? まぁ良いや。チートどんなのかな、凄いステータス、凄い魔法、能力の簒奪、凄い武器、凄い道具、使い魔、お決まりのタイムリープ、異種族転生、凄まじいスキル、沢山あるよなぁ。
そう言葉を受けて、影は引き裂ける様な笑みを浮かべて、
「――無い、そんな物は自分で掴み取れ。まぁ、今までに見た中では一番の素体だ。我の時間も少ない、不本意ながらあの英雄と同じ能力を与えよう」
「はぁ、何言って――」
そんな疑問の言葉を投げ掛けようとした直後、足元が不確かになる感覚と共に、昏い闇に引き摺り込まれて行く。
急激に感じる浮遊感、それと共に己の肉体が形作られ、心臓の鼓動が全身に満ちて行く。
何故か久しく感じる体温に包まれ、俺は闇に落ちて行く。
「我シェイドの名に於いて、魔王を殺した暁には貴様の願いを一つ叶えてやろう」
漆黒の闇が支配する空間が遠ざかり、煌々とした光が俺を出迎える。
意識を手放す直前、シェイドと名乗った影が、
「さぁ、我が
意識を手放した所為か、途切れる様に聞こえる声が、
――そう、言った気がした。
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