花と白銀の紫 ~あやかし祓い師の矛盾な独占欲~

タカサト ロク

第1話 争いの終わり

 その昔、不思議な力で幸せをもたらすとされる、幻の幸花さちばながあった。

 そしてそれは、花を司る龍が作り出したらしい。


 だがその花どころか、花を司る龍すら長い間現れることはなかった。

 だからそれはいつしかただの伝説となり、多くの記憶から消え失せた。

 

 ……今となってはどんな花なのか、知る術すらない。それは長いときを経て、再びその龍として生を受けた私も同じだった。

 

華龍かりょうはその花を作りたいのですか?」

「ん? そうだな、せっかくだしな。だが研究するにも人間たちとの争いが終わってからだな」

「……ならその争い、僕が終わらせてみせます!」

「え?」

「だ、だから、終わったら、……っ僕のお嫁さんになってください!」

「ええっ?」

「そ、そしたら華龍が幸花の研究に集中できるよう、花園かえんを造ってあげます!」

「おお……それはすごい。ふふ、なら楽しみにしていようか」

「っ! はい! 約束ですよ! 大好きです、華龍!」

 

 ふいに思い出した懐かしい記憶。……随分と昔のことを思い出したものだ。

 これから長く過ごしたこの地を離れるという現実が、その追憶に想いを馳せさせたのかもしれない。

 

 三百年生きる私の中で、一番温かく、幸福だった時間。だがそれが訪れることはもうない。

 その幼い友は、大人にもなれず無惨に殺されたのだから。

 

 *

 

 ――まるで蝶のようにも、花のようにも見える左右対称のこの世界には、「人間」と、それ以外としてまとめられた「あやかし」という存在が生きている。

 そして両種は、相容れなかった。

 

 人間はあやかしを怖れ排除しようとし、あやかしは世界を自分たちのものと思い込む人間を毛嫌いし、滅ぼそうとした。

 ……もちろん全てがそうではない。だが大多数はそうであった。


 妖力を持つあやかしより、人間ははるかに非力だったが、その数は圧倒的に多く、集団を成す力に長け頭も回った。


 しかも彼らの中には、少数とはいえあやかし祓いを生業とする「祓師ふつし」なる者たちが存在した。特異な力を持つ彼らは、あやかしたちの厄介な天敵であった。

 

 そんな人間とあやかしとの争いは、記録があるだけでも実に四千年という長きに渡り続いてきたが、その決着は意外な形で訪れる。

 それはどちらかが滅んだわけでも、降伏したわけでも、話し合いを経て和解したわけでもなかった。

 

 成し遂げたのはたった一人の祓師。

 彼は人間だったが、あやかしを滅ぼそうとはせず、その圧倒的な力であやかしと人間を棲み分けさせたのだ。


 そんな強引で無茶な方法、誰も従わないかと思われたが、あやかし側は彼の強大な力に屈服するしかなく、人間側はほとんどの祓師が彼に従ったため、それを受け入れるしかなかった。


 そしてあやかしと人間の地の境界は「境界の地」として祓師の領地となり、もし双方で交流の必要があればその地でのみ、という約束が交わされたのだ。


 加えて「和平の証」として、あやかし界で名ばかりの長であった私は、その祓師に嫁ぐことになったのである。

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