後編-4-

 数日後、仕事から帰ると郵便受けに一つの封筒が入っていた。なんだろうか、と思えるぐらいにはそのことを忘れることが出来ていたタイミングだ。宛名は出版社。この前、二次選考で落選した新人賞の開催元である出版社から届いた封筒だった。


「あぁ、そうか一次選考は通過したから……」


 俺はそれが何なのかを瞬時に理解した――評価シートだ。新人賞には落選者に評価シートが送られてくることがある。時には一次選考通過者全員に、時には応募者全員に。確か、俺が挑戦した新人賞は一次選考通過者全員が該当していたはずだ。封筒の中身には文章力や構成力、アイデアなどに対しての評価と最後には寸評というコメントのおまけ付き。つまりは客観的に色々とアドバイスをするので、それを参考に次回も頑張ってください、というところだ。

 俺は家に入り、荷物を置くとハサミを取り出し、その封筒の上部に刃を入れていく。切っていく度に細い線のような切れ端が生まれる。これが本体と離れれば中身とご対面、となるがその途中で何度も見ずに破り捨ててやろうか、という感情が芽吹き、育っていく。俺だって評価シートぐらい何度も貰ったことがある。だから、わかっている。ここに書いているのは気休めの慰めと読めば傷つく客観的な感想だ。そこに希望はないのに……俺は結局破り捨てることは出来ずにハサミで切り終えると、中身から三つ折りされた二枚の紙を取り出した。

 一枚目には新人賞応募のお礼文と二枚目の評価シートについての説明が書かれていた。

 そして、二枚目。そこにはやはりカテゴリーごとの評価があり、全ての欄に『2』という数字が書かれていた。『2』の意味は『あまりできていない』という意味だ。そして、寸評の欄には、


『キャラクターは個性的ですし、誰が何処で何をし、何を考えているかが伝わる文章力はあると思います。しかし、肝心の殺人の描写力が足りません。臨場感が足りなく――』


 そのようにつらつらと書かれた文を読み終えると、


「うるせぇ!」


 ずっと吐き出したかった言葉を怒鳴り、その紙をぐちゃぐちゃに丸めて床に叩きつけた。


「なんだよ、殺人の臨場感って! 知るかよ! そんなもん実際に人なんか殺したことなんてないのにわかるわけねぇだろ! お前わかるのかよ! お前、人を殺した経験があるのかよ!」


 これを書いた奴はさぞかし楽しかっただろう。一度落選して傷ついたのに、そこに追い打ちをかけることが出来るのだから。とても人間の所業とは思えない。鬼畜すぎるだろ。しかも、アドバイスしてあげているんですよ、と善意の皮を被っているのだから悪質だ。こいつが俺の目の前にいて、このことに対して怒り、殴ったとしよう。第三者からみれば俺が優しいアドバイスの解釈を間違えた馬鹿にしかみえないような仕組みになっている。俺だけが悪者になるようになっている。最悪だ。こいつらに人間の心はないのか。

 俺は歯を食い縛り、床にうずくまると、呻き、拳で何度も、何度も、悔しさを床に叩きつけた。


 悔しい、悔しい。

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