第15話 Prelude op3No2



鏡の泉、君に預けていたものを

取りに来たんだ。



泉は無数の手を伸ばし、ノワを飲み込んだ。


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鐘の音が、聴こえる。

遠くから少しずつ、大きくなってくる。



ポツリと呟くショコラに

一同心が凍った。

まだ、まだ準備が出来てない、

まだショコラを救うのに十分ではないのに。


『ノワはどこに?』

クレムが辺りを見回す。

『泉に大事なものを取りに行くと言ってました…』

ラテは答える。


なにか嫌な感じがする。

鐘の音だけじゃない。何か。


窓の外の空気のざわめきが

徐々に大きくなるのをみんなが感じていた。


『なにか、起こってる。

調律がおかしくなっていく。』

耳を塞ぎながら原因を探ろうとするモカ。

『ノワ…??』

ラテ、クレムが屋敷を飛び出そうとする前に

ショコラが外に飛び出していた。

『『『ショコラ!!』』』


鐘の音の間に聴こえる星のざわめきが

ショコラに伝えていた。

ノワが危ないと。


ショコラは鏡の泉へ走った。

鐘の音も破裂しそうな自分の心臓の音も

気にならなかった。


『鏡の泉!ノワさん!』


泉に辿り着くと

そこには泉に囚われて目を閉じたままの

ノワがいた。




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泉は、預かっていたものを

ノワに返すつもりだった。

ちゃんと、大切に守っていたよと

誇らしげな気持ちと共に。


けれど、

ノワに触れた途端、

自分の心が抑えられないほど

この星を創った、自分を創った

あらゆるものの声を聴き、

対話するノワの心が

欲しくてたまらなくなった。


いつだって泉の世界は上にある月だけ。

何もかも写せるのに、

何も手に入らない。

泉はいつだってどんなに慰められたって

自分は空っぽなのだと

心のどこかで嘆いていたのだ。


たくさんの声が聴こえる心が手に入ったら

どんなに満たされるだろう。

いけない。だめなのに。

なのに、ノワの心が欲しい。

手放したくない。


泉が葛藤する中、

突然もう一つの魂が泉に届いた。


ショコラが泉に飛び込んだのだ。


ショコラは言った。

『鏡の泉、お願い、ノワさんの心を返して。

代わりに私の瞳を一つあげるから。』


泉がショコラの魂に触れると

そこにはショコラが見てきた沢山の世界が広がった。

『私はこれからもどこかへ旅をする。

その度、もう片方のこの瞳で写した世界を

あなたにあげた瞳に届ける。

一緒に世界をたくさん見られるように。

だから、おねがい、

ノワさんの心を返して欲しいんだ。』




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引き上げるぞ!!


クレムの掛け声とともにみんなで

ノワとショコラを泉から引き上げる。

2人を掴んで離さなかった泉が、

するりと2人の体を手放した。


『おい!おい!!

ノワ!ショコラ!!ノワ!!』


ハッと目を開いたノワは

すぐ横で眠りに落ちそうなショコラを見つけ

『ショコラ!!だめだ!

どうして、瞳を渡したんだ…!!

だめだ、だめだ…!!』

と、ショコラの左目を抑えようとしているが

ショコラの左目からは、月の色に染まった涙が

月の蜜のようにトロリと流れた。

『ショコラ…!!』

ノワはショコラが自分の瞳を犠牲に自分を助けたことを知り、涙が止まらなかった。

『ごめん、ごめん、こんな思いをさせて、

ショコラ、怖かったろう…』

何度も何度も眠りに落ちそうなショコラを強く撫でながら涙を流すノワ。


ラテは残された時間を悟った。

『ノワ、カケラは?

時間がない、追跡の香りを施さないと!』

ノワは掌から二つのカケラをラテに。

ラテは急いでそのカケラに追跡の香りを施した。


『間に合え…!!』


右目を開いたショコラは

綺麗な綺麗な涙を一筋流していた。


『泣かないで…』と、ノワを撫でるショコラ。


ノワは確実にショコラの中にカケラを

残すために、

『信じてくれ、ショコラ、必ず…』

かけらの一つを飲み込ませた。


ショコラの鼓膜にはもう

大きな鐘の音しか聴こえない。


(必ず…)

その先は聴こえなかった。





そして、最後の鐘の音と共に

ショコラは消えてしまった。


瞬きをした、そんな

そんな、あっけない、一瞬のことだった。

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