第1話 彩色の始まり

慎之介が展示会の朝を迎えた。彼のアトリエは、用意された作品でいっぱいだった。キャンバスには彼の心の風景が映し出され、それぞれが彼の孤独と対話しているかのようだった。彼は作品一つ一つに名札をつけ、静かにそれぞれの物語を確認した。


朝食もそこそこに、彼はアトリエを出発し、近くの展示会場に向かった。展示会場は小さなギャラリーで、様々なアーティストが集まる場所だ。彼の作品は、いつも静かな一角に設置される。今回も例外ではなかった。


設置が終わると、慎之介はギャラリーの隅に座り、人々の反応を静かに観察した。訪れる人々は彼の作品の前で足を止め、しばし画面に見入る。彼らの表情は真剣そのもので、時折、感動した様子でささやき合っている。しかし、彼らが何を話しているのか、慎之介には聞こえない。彼はただ、人々が自分の作品とどのように向き合っているかを見ていた。


その日、一人の女性が慎之介の作品の前で長い時間を過ごしていた。彼女は何度も絵の前に戻り、じっと画面を見つめている。昼過ぎ、彼女はついに慎之介の隣に座り、話しかけてきた。「あなたの絵、とても感動しました。この色使いと、この細かい表現、素晴らしいですね。どうやってこんな風に感じたことを表現できるのですか?」


慎之介は少し驚いたが、彼女の質問に答えるために言葉を選んだ。「私はただ、感じたことを絵にするだけです。それがどう表現されるかは、見る人が感じ取るものですから。」


彼女は微笑みながらうなずき、さらに彼の作品について質問を続けた。この交流は慎之介にとって珍しい経験だった。普段は自分の作品を通してのみ他人と対話する彼にとって、直接的なフィードバックは新鮮な刺激となった。


その日の終わりに、慎之介は少し違う気持ちでアトリエに戻った。人々の反応や、特にその女性との交流が彼の心に新たな風を運んできた。彼の彩墨画の旅は、まだ始まったばかりだった。

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