第24話 お茶会という名の牽制会

 トリンプラ侯爵とマリアンヌが城に滞在し始めてからさらに一週間が経ち、ふたりの滞在期間も残すところ二週間となった。

 サナは公爵夫人としての仕事を片しつつ、マリアンヌの行動に目を光らせていた。

 そんな中、午前中で仕事を終えた彼女のもとに、一報が入ってくる。


「お茶会?」


 エリルナが頷く。

 サナの手元には、一通の招待状が。差出人は、マリアンヌ。エリルナによると、マリアンヌの侍女がサナ宛てに招待状を届けに来たのだという。


「開催日時は今日の午後三時から……。同じ城に滞在しているとはいえ、当日に招待状を渡すなんて非常識にも程があるわね。しかも、この城の女主人である私を差し置いてお茶会を開くですって? アルベルク様に許可をいただいているとは言っても、あまりにも無礼なんじゃない?」

「仰る通りです、奥様」


 マリアンヌの無礼を咎めるサナに、エリルナが賛同した。

 マリアンヌからのお茶会の招待状には、開催日時は今日の午後三時、開催場所は西の温室〝天使の楽園〟と記されている。さらには注意書きとして、「公爵のご許可を得ております」とも書いてあった。

 苛立ちを覚えたサナは、招待状を握り潰しながら微笑む。


「いいわ、行きましょう。お茶会用のドレスを用意してくれる?」

「……出席されるのですか?」


 目を見開き驚いているエリルナ。サナは長い髪を肩から払い除けながら、優雅に笑う。


「当たり前よ。当日とはいえ、わざわざ招待状を送ってくださったもの。私はトリンプラ侯爵令嬢のように無礼ではないから、行ってさしあげないと失礼でしょう?」


 マリアンヌとは違い、サナは礼儀のある人間だ。悪女時代はまったくそんなことなかったが、前世を思い出した今では改心し、礼儀を心がける人間になった、はず。そのため、お茶会の開催日当日に一方的に招待状を送りつけてくるという無礼を働いたマリアンヌとは、格が違うのだ。


「格の違いを見せつけてあげるわ」


 ふふ、ふふふ、と部屋に響く不気味な笑い声に、エリルナは溜息を吐いた。




 ピンク一色に染められたドレス。白く滑らかな肩を露出し、夏らしさを演出。腰元から足元にかけて緩やかに広がるスカートが美麗だ。薄い生地で仕立て上げられているため、通気性は抜群ばつぐんである。ローズブロンドの長髪は後頭部で括り、無数の小さな花で彩った。

 以前はアルベルクに〝森の女王〟だと褒められたが、今日は〝花のみやこの姫君〟だと褒めてもらえそうだ。会えたら、の話だが。

 お茶会のために美しく着飾ったサナは、西の温室〝天使の楽園〟にやって来ていた。温室に入り、花々が咲き乱れる道を歩き、お茶会用のスペースに向かう。


「お待ちしておりましたわ、エルヴァンクロー公爵夫人」


 マリアンヌが立ち上がる。彼女の後ろに控えていた侍女と共に、サナを出迎えた。


「急にお誘いしてしまい申し訳ございません。公爵夫人とどうしてもふたりきりでお話をしたくて……。ご迷惑、でしたか?」


 マリアンヌは上目遣いでサナを注視する。エメラルドグリーンの目は、若干潤っている。


「お茶会が開かれる当日に招待状をいただいたので戸惑いましたが、迷惑などとは思っておりません。しかしながら、私とお話したいというお気持ちはお察ししますが、前もってご連絡いただけると幸いです」


 さも当たり前のことを丁寧に忠告する。

 サナは、エルヴァンクロー公爵家の夫人。傘下の貴族といえど、その日に約束を取りつけて気軽に会えるような人物ではない、高貴な人間なのだ。ましてや、彼女とマリアンヌは友人でもなんでもない。よって、当日中に送りつけられた招待状に応じてやる義理はない。しかしサナはあえて、その招待に応じた。全ては、公爵夫人と傘下の侯爵令嬢の格の違いを見せつけるために……。招待に応じた部分だけを見たら一見大人のようだが、理由を知るとまだまだ子供だ。


(大人気ないけど別にいいわ。夫を狙う女に牽制けんせいして何が悪いのよ)


 サナは開き直り、堂々とした立ち居振る舞いで椅子に腰掛けた。侍女が紅茶をティーカップに注ぎ、サナとマリアンヌに差し出すと、一礼してから下がった。


「この美しい温室は、昔と変わっていないですね……。私が幼い頃、よく公爵と、先代公爵夫人と一緒に、この温室で過ごしたのです。懐かしいですわ」

「……そうなのですね」


 マリアンヌは、自分はぽっと出の公爵夫人であるサナよりもずっと昔からこの城に出入りしている、さらにはアルベルクの母である先代公爵夫人とも深い交流があったのだと自慢しているのだ。


「あっ……私ったら……。公爵夫人はまだ嫁いで来られて間もないですから、そんなことをお話されても煩わしいだけですよね……。申し訳ございません」


 謝っている割にはちっとも悪びれていないマリアンヌに、サナは笑顔を引き攣らせる。


「お気遣いなく……。それで、お話というのは?」


 ティーカップの取っ手に指を添えて持ち上げ、紅茶の香りを堪能しながら問いかける。


「エルヴァンクロー公爵夫人は、公爵とどのように出会われたのですか?」


 マリアンヌの質問に、サナは内心で「やっぱり」と呟いた。

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