第5話:キャロルの浮名
キャロルが浮名を流して醜聞を繰り返していると、世間で非難を浴びているが、その実情は「醜聞」というほど酷いものではなかった。
キャロルは婚約者がいる男性に媚を売り、自分に目を向かせ、周囲の注目を浴びることに終始した。
相手の男も、婚約者がいるというのに可愛いキャロルに靡いてしまうのだから同罪ではないか。
噂には尾ひれがつくものだ。キャロルのやることは、社交界で囁き交わされている噂ほど重大なものではない。
人前で婚約者のいる男性の腕にしなだれかかる。親し気に名前を呼び、夜会の間中離れず、何曲もダンスを踊る。庭やテラスで二人きりで囁き合う。
決して一線を越えない。
だが、キャロルは無意識に、円満な婚約者同士を壊したいという欲求に従っていた。
それは自分の初恋が、自分の一番の仇と思いこんでいる姉に壊されたという傷心からだ。
姉さえいなければ自分は幸せだったと、頑なに思いこんでいる。
実はそれは真実でもあったのだ。
シェリルに限らず、比べられる姉がいなければ、キャロルは素直に育っただろうし、羨んだり妬んだりすることもなかった。
まっとうに家庭教師から学問やマナーを修め、親の決めた婚約者と結婚したはずだ。
幼い時から比べられるという毒を、キャロルは注ぎ込まれて育ったのだ。
二十歳になり、世間から行き遅れと後ろ指を指されるようになり、キャロルは更に頑なになってしまった。
その頃キャロルは両親から、社交界のいかなる催しにも参加を禁止されていた。半ば軟禁状態で、リプセット子爵家へ嫁ぐか、修道院に行くか決めるように言い渡されていた。
そんな状況が、キャロルを自暴自棄にした。
アンダーン伯爵家で催された春のガーデン・パーティへ忍び込んだのだ。
そして最近目をつけていたフージャン侯爵家のセシルに近づき、庭の奥へ誘い込んだ。そして迫ったのだ。
「ねえ、いいでしょう?アビゲイルみたいなぱっとしない子なんか打ち捨てて、あたしと結婚しましょう?」
事実、アビゲイル・ゲートスター伯爵令嬢は見た目はあまり良くなく、セシルは不満に思っていた。そこへ美しく成長したキャロルから誘惑され、迷っていたのだ。
美しい妻か、大人しい妻か。
キャロルはセシルの胸にしなだれかかる。
セシルはキャロルの上目遣いに、クラクラした。アビゲイルが本当につまらない女に思えてきた。あんなにも慎ましく優しい気性に好意を抱いていたのに。
「ねえ、あたしと結婚すると約束して。アビゲイルなんか捨てるって」
キャロルの甘い声色と香りに抗えず、セシルはつい言ってしまった。
「ああ、君と結婚するよ」
その時、わあっと悲鳴のような泣き声が響き渡った。
二人をつけて来て、一部始終を見聞きしていたアビゲイル・ゲートスターだった。
アビゲイルの泣き声にパーティに出席していた人々が集まってきた。
泣き崩れるアビゲイルに、寄り添うキャロルとセシル。
人々は大方の事情を即座に察した。
キャロルの母親がツカツカとやってきて、またキャロルの頬を打った。そして使用人を呼び、キャロルを部屋へ押し込めるように命じた。
あとはもう必死で、両親も長男のコンラッドも場の収拾に尽力するしかなかった。
数日後、ゲートスター伯爵家から手厳しい苦情と賠償請求が来た。
セシル・フージャンとアビゲイル・ゲートスターは、婚約解消の話し合いをしたのだが、セシルが心から一時の気変わりを反省して、平身低頭して謝罪したことでおさまった。
もうキャロルをどうするべきか。
家族の話し合いが持たれることになったのだ。
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