1-25a 「クク・アキ」8巻

 『ククリコ・アーキペラゴ~空飛ぶ古城学園と魔法士たち~』8巻。

 日本で発売されたばかりの、最新刊の文庫本。

 これが手に取れるということは、異世界転生の可能性は消えたと考えてもいいだろう。霧はこの世界に生まれ直したわけではなく、現実世界である日本から、現実に存在するこの世界に移動してきた――そう思った。


(あの女の子――迷子と名乗ったあの小さな子。あの子は一体、何者なんだろう?)


 あの子が、市立図書館で本を読んでいた霧を、この世界に招き入れたのだ。そうとしか思えない。霧はその筋で考えを巡らせた。

 しかしライトノベルでよくある異世界転移ものみたいに、ただ転移しただけなら、霧はこの世界にルーツを持たないはずだ。だが、今霧は、この世界で生まれたキリ・ダリアリーデレとして存在している。


(ただ転移しただけなら、この世界の人たちがあたしを知っているのはおかしい。まるで――)


――まるで、「キリ・ダリアリーデレ」という席を設けて、この世界に招待されたようだ。


 その思いつきに不思議な感覚を覚えながら、霧はしばらく茫然ぼうぜんとしていた。

 そしてハッとして、バッグから取り出した8巻のページをめくる。

 この最新刊の8巻を最後まで読めば、自分のこの、不可解な現状を知る手掛かりがあるかもしれない――そう思い、ドキドキしながら。


 霧は本文を読み進めようとして、その手前にある口絵のカラーイラストに目を止めた。描かれているのはチェカ一人だ。彼は三冊の「伝説の辞典」を腕の中に抱え、驚愕と戸惑いの表情を浮かべている。

 これは何を意味するのだろうか……。

 霧は不安と期待の入り混じった気持ちを抱えながらページをめくり、まだ見ぬ物語を読み始めた。


 前巻の7巻は、チェカとアデルの親子生活が中心の物語だった。7巻のチェカは32歳、アデルは12歳だった。そして8巻のチェカは33歳、アデルの13歳の誕生日のお祝いで始まっている。

 13歳になれば、辞典魔法士を目指す者は辞典魔法士準備校に入学できる。

 チェカはアデルに準備校への入学を勧めるが、アデルは全寮制の準備校に入るのをためらっていた。準備校に入れば、チェカと離れて暮らすことになるからだ。

 一方、『クク・アキ』の世界では、数年前から始まった不可解な異変がますます顕著けんちょになってきている。女子の出生率が年々減少しているのだ。原因究明のための調査が何年も続いているが、いまだ何も分かっておらず、このまま減り続ければ、女子が一人も生まれなくなるのでは――世間ではそんな不安が徐々に広がり始めていた。8巻は、そんなくだりで始まっている。


 霧は時系列を把握しようと、ざっと計算してみた。

 それによるとこの8巻の冒頭は、霧が今いる『クク・アキ』の世界の、3年前ということになる。なぜなら、霧は今36歳。霧はリューエストと双子ということになっているから、リューエストも36歳。そしてチェカとリューエストは叔父と甥という間柄だが、二人は同い年という設定になっていたから、チェカも36歳のはずだからだ。

 そしてチェカが36歳なら、今、アデルは16歳のはず。もしこの世界が霧の知っている『クク・アキ』と同じなら、そうなる。


(あとでアデルに年齢を聞いてみるか……)


 霧がそう思いながら10ページほど読み進めた時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

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