1-17b お花を摘みに行く

「ねぇ、聞いてるの、キリ?!」


「あ、ごめん、何だっけ?」


 アデルの声に、霧はハッとして我に返る。

 競技場に戻ってきた面々は、課題4が行われる「サブコート1」に向かって、場内の廊下を歩いていた。


「もう、キリってばなんかずっと上の空だったから、歩きながら寝てんのかと思った。あのね……」


 アデルは手に持った小さな紙――場内図を見ながら、ひそひそ声で言った。かたわらのリューエストの方を、気にしながら。


「この近く、トイレあるけど、行くなら今のうちよ? 私とリリーは行くけど、あなたは?」


「あ、行く。行きたい。誘ってくれてありがと、アデル」


 霧はアデルの優しい心配こころくばりにほっこりと胸が温かくなった。男性と行動を共にする中、トイレのことは言い出しづらいだろうし、もし行くなら女性みんなで一緒に行動する方ががいいだろうと、いてくれたのだ。その気遣いが、胸にみる。


(アデル、優しい! 好き! 最高! ああ……涙出そう。いけないいけない、気を引き締めないと!)


 霧は慌てて顔の筋肉を硬直させた。その変顔へんがおを誤解したアデルが、眉をひそめて問いかけてくる。


「ええっ……、キリ、もしかして、ずっと我慢してた? もう、ほんとに赤ちゃんね。早く言いなさいよ、世話が焼けるったら、ほら、こっち。リューエスト、私たち、ちょっと抜けるからその辺で待っててよ」


 それとなくアデルたちの会話を聞いていたリューエストは、うなずいて言った。


「うん、男性陣も用事を済ませておくよ。キリ、お兄ちゃん一緒に行けないけど、二人が付いててくれるから大丈夫だよね。不安なら一緒に家族用個室に……」


「変態か。むしろお兄ちゃんと一緒の方が大丈夫じゃないわ」


 リューエストと霧の会話を聞いて、リリエンヌが「ぷふっ!」と笑いをこぼし、肩を震わせている。

 アデルは「はいはい、行くよー」と、霧とリリエンヌの背中を押して、女性用トイレへと向かった。どうやらこの世界のトイレは、女性用/男性用/その他用とあるらしい。ゲートは3つに分かれていた。その他用の奥は更に細分化されている様子で、ジェンダー問題にも配慮が見られる。洗練された異世界最高、と霧は心の中で叫んだ。

 そして。


 ――女性用ゲートを抜けると、そこは楽園でした。


 と霧は呟き、驚きに目を見開く。

 それはもう、「トイレ」などというありふれた空間では、なかった。

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