1-12c プロポーズバトル 2

「う~ん、がんばれ、星の女性ひと! さあ、二回戦目だ!」


 霧がそう呟くと、レフリーの合図で二回戦目が始まった。今度はひし形の女性が先攻だ。


「あなたの笑顔は太陽! あなたの眼差しはポカポカ陽気! あなたの寝顔は甘~いお菓子!」


 おおっとぉ……と、霧は苦笑いしながら、感想をこぼす。


「寝顔って……。このひし形の女性、大胆に肉体関係匂わせて、ライバルの女性に言葉で殴りこみかましてない? ううむ、あの男、ニヤニヤしてる場合か? 星の女性、怒ってるじゃないの。あの男が二股かけてんの、丸わかり。これやばくね?」


「サイテー!! フケツよ!!」


「あらあら……うふふ。これだからプロポーズバトルは……ねぇ……うふふ」


「ほっほっほっ、お熱いのぉ! 審判妖精は……35点と出たぞ。さてさて、星の女性の番じゃ。楽しみじゃの」


 霧に続いてアデル、リリエンヌ、トリフォンがそう感想を漏らす中、リューエストとアルビレオは口をつぐんでいた。リューエストは何か言いたげだったが、アルビレオの方は無表情で何を考えているのかさっぱり分からない。霧はチラッとアルビレオを一瞥いちべつし、「いるよね? 息してるよね? 寝てないよね? このバトルを見て、よく静かにしていられるなー」と彼の冷静ぶりに心の中で感心していた。


 そんな中、星の女性の「表現」が始まる。


「あなたの笑顔は夜明けの光。あなたの眼差しは真昼の星。あなたの瞳は星の瞬きに隠れた、尊き明日の輝き」


 おおっと……これは!と、霧はうなった。先行の女性の表現をもじって、うまく対抗している。言葉の使い方が、上品で詩的だ。先行のひし形の女性と同じように、意中の男性を太陽になぞらえているが、星の女性の表現の方がはるかに巧みだ。三つのセンテンスで朝、昼、夜を現し、更に、「寝顔」を「瞳」に変更することで、星の女性はまだ男性との関係が清らかな状態であることをほのめかしている。その上で、二人の将来が輝いているとも表現し、男性への愛とライバルへの牽制けんせいを同時に投げている。


「素晴らしいのぉ……」


 トリフォンは感心してうなずき、霧もまたうんうんと同意を示す。

 審判妖精は、なんと82点という高得点を打ち出した。観覧者もほとんどが星の女性に投票し、二回戦目は星の女性が勝利した。


「いいぞぉいいぞぉ、盛り上がってきたぞ、三回戦目でどっちが勝つかな?! どっちも頑張れぇー!」


 座席から腰を浮かせて応援する霧に向かって、アデルが「ちょっとキリ、恥ずかしいわね、静かに観戦しなさいよ!」とたしなめる。霧は即座に反論した。


「静かに観戦とは、そはいかに……。ゴルフじゃないんだから……」


「は? ごるふ? 何それ?」


「あっ……、ゴルフ、無いんか、そうだよな、無いわ、この世界に、ゴルフ」


 アデルは「?」を顔に張り付かせていたが、やがて始まった三回戦目に意識を移した。

 観覧者が固唾かたずんで見守る中、三回戦目も星の女性の勝利になり、結果2対1で星の女性がこの競技の勝利者となった。ひし形の女性は悔しがって台座を壊さんばかりにっている。それを制止したレフリーは、勝負に負けた女性をなぐさめながら、プロポーズバトルの表現対象となった男性にインタビューした。


「さて、モテ男さん、このような結果となりましたが、どちらかの方とご結婚をお決めになりますか?」


「はい、決めました。俺はちょっとアホなんで、『辞典』が強く頭の良い彼女と結婚して一緒に幸せになります! 君、ごめんな! 俺みたいなアホ、すぐ忘れてくれ! 大丈夫、魅力的な君はすぐ素敵な恋人ができるさ」


 ひし形の女性をフォローしながら、イケメンモテ男が星の女性の肩を抱く。レフリーは続けて、勝者の星の女性にインタビューした。


「だそうです! あなたは、この男性とご結婚されますか?」


「はい、彼の美しい顔を受け継いだ子供が欲しいので、結婚します」


 レフリーは「おめでとうございます!」と叫び、競技をしめくくる。


「いやぁ、胸がキュンとなる言葉選びが、絶妙でした! 熱いバトルでしたね! それではみなさん、ごきげんよう! よろしければ次のバトルも続けてご観覧ください! 10分後に開始予定です!」


 観覧席から拍手が送られる中、アデルがポツリとこぼす。


「彼に似た軽いおつむの子供ができそうで、私ならごめんだなぁ……」


「でもあの男性、本当に美しい顔立ちだわ。……子供が出来たら、さっそく星の女性に捨てられそうだけど」


「確かに。顔だけ似てるといいね。生まれる子供のためにも」


 そう言いながら席を立ったアデルは、まだ座ったままの霧に声をかけた。


「キリ、まさか次の競技も見るつもりじゃないよね?! 課題2が完了になったから、もう見学は終わりよ」


「えっ、今の一組で見学終わりなの?! だってほら、次のプロポーズバトルも面白そうだよ?! 全員男性だし!! 男同士の熱いバトル、見て行こうよ!」


「ゆっくりしてる時間はないのよ。受付での説明、聞いたでしょ。課題3のために私たちに用意してもらった『サブコート15』は、11時から13時の2時間しか使えないし、もう11時過ぎてる。早くしないとお昼を食べる時間もなくなるわ。課題3が終わったら課題4が続けて控えてるんだから。入学旅行の初日は、ものすごく忙しいのよ!」


「でも……でも……」


 渋っている霧に、リューエストが声をかけた。


「キリ、また今度見に来たらいいじゃない。学園に戻ったら外出許可をもらって、休日に連れてきてあげるから。今は行こう」


 学園に戻れる日は、入学旅行が終わる日だ。霧は胸がチクンと痛くなるのを感じた。


(今度……なんて、あるんだろうか。あたしには、今しかないんじゃ、ないだろうか)


 入学旅行で出される課題は8まであり、それらがすべて「完了」になると学園に戻ってこられる。当然、班によって課題消化のスピードは変わるため、入学旅行の期間にはバラつきがあり、平均日数は18日ほど。過去に最も早く課題を終えた班は10日で、最も遅かった班は2か月といわれている。


(早くても10日……。あたし、学園に戻れるんだろうか。この夢は、いつ終わっても不思議はない)


 霧は、ひどくナーバスになってきた。そしてその気持ちを、悟られたくなかった。

 班の面々が、席を立とうとしない霧に対して、戸惑いと苛立ち、心配と焦りの混ざったような眼差しを投げかけている。それを感じ、霧はハッとした。たとえこれが夢だとしても、霧はこの場に居合わせ、一緒に入学旅行を楽しんでいる彼らの、負担にはなりたくなかった。自分が原因で入学旅行の遅延を招いて、誰も悲しませたくなかった。楽しく朗らかに、過ごしてほしかった。

 霧は途端に、元気よく席を立つと、わざと明るい口調で言い放つ。


「そ、そうだよね! また、来たらいいよね! うん、うん。また」


 またの機会はないかもしれない――霧はその言葉を呑み込んで、班の皆と次の課題へと向かうために席を立つ。

 その霧の様子を、探るようにアデルが見ていたことに、霧は気付かなかった。

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