8
夢を見た。こんな夢だ。木蔭は緑の丘の上にいる。周囲はずっと緑色で、空は永遠の青色だった。優しい風の吹く場所。そんな場所に木蔭はいる。
そこで木蔭は自由を感じる。私は自由なのだと思う。木蔭は思わず駆け出してみる。全速力で走る。どこまでも、どこまでも。あてもなく広い大地の上を走り続ける。すると、ふと遠くに誰かの人影が見えた。
その人影をみて、木蔭はすぐにそれが飾だとわかった。
「飾!!」木蔭は言う。
するとその声が聞こえたのか、飾は大きく木蔭に向かって手を振ってくれた。(木蔭はすっごくうれしくなった)
木蔭は飾のところまで走っていく。飾は木蔭のことをちゃんと待っていてくれている。(消えちゃったり、追いつけなかったり、逃げだしたり、勝手にいなくなったりしなかった)
木蔭は飾のすぐ目の前までくると、そこではぁはぁと息をととのえてから額の汗をぐっとてのひらでぬぐった。
「飾。久しぶりだね」練習した笑顔で、にっこりと笑って(絶対に笑顔で会おうと決めていた)木蔭は言った。
「うん。久しぶり。木蔭。元気だった?」いつもの笑顔で飾は言った。
飾の笑顔を見て、声を聞いて、木蔭は思わず泣いてしまった。
泣かないでいるなんて、絶対に無理だと思った。
「あ、お兄ちゃん。こっちだよ。こっちこっち」
そう言って自分の住んでいる街の駅前で、木立木蔭はやってきた木立樹に向かって(嬉しそうな声で言うと)大きく手を振った。
樹は早足で(自転車を転がしながら)木蔭のところにまで駆け寄って行く。
「ごめん、待った?」
「遅い。待った」樹の手を引きながら木蔭は言う。
「そんなに焦らなくてもいいじゃないか。図書館はこんなに早い時間にしまったりはしないよ」
樹は中学校の制服をきている。木蔭のわがままで学校帰りに図書館での調べ物を手伝うために、一生懸命自転車をこいできたのに、ひどいとおもった。
飾には絶対になにか(木蔭の前から黙って)いなくなった特別な理由があるのだと思った。
幽霊である飾にはきっと生きている人間の木蔭にいえないなにかの理由がある。(幽霊にはいろいろと幽霊なりの大変なこまかいルールや決まりごとがあるんだよ。とめんどくさそうな顔をして飾は言っていた)だから飾は木蔭になにもいえないまま、いなくなってしまったのだと思った。
木蔭が知っている飾のことはほとんどなにもなかった。だからまずは飾のいた神社について調べることにした。
郷土史というコーナーにその資料はあった。(お兄ちゃんに見つけてもらった)
木蔭は樹と一緒にその資料を読み、神社についての歴史を学んだ。
木蔭は必死に資料をめくって読んだ。
そんないつもとは違う妹の姿を見て、樹は木蔭も少し見ないうちに真面目になったな、と笑顔で思った。(宿題を手伝ってほしいと言われていた)
木蔭は図書館が閉まる時間のぎりぎりまで調べ物をした。そのおかげで神社についての歴史は全部読むことができたのだけど、そこに飾の名前はどこにもなかったし、飾と同い年くらいの女の子のお話もどこにものっていなかった。
でも、あの神社の名前が東雲神社であることはわかった。やっぱりあの東雲神社と東雲飾の間にはなにかのつながりがあるのだと思った。
「木蔭。そろそろ帰るよ」と帰り支度をしながら樹が言った。
「……うん。わかった」と木蔭は言った。
はぁー、と大きなため息をつきながら木蔭は夕暮れの色に染まっている図書館の机の上に力なく上半身をうつぶせにして、顔をうずめた。
……飾。ねえ、飾。あなたは今どこにいるの?
「にゃー」と猫の鳴き声が聞こえた。
はっとして体を起こした木蔭が鳴き声の聞こえたほうをみると、そこには一匹の黒猫の子猫がいた。
図書館の中にぽつんと猫がいる。それは普通のことではないと思った。
「お兄ちゃん。あそこにいる黒猫。みえる?」とくいくいとお兄ちゃんの服を引っ張って木蔭は言った。
「黒猫? 猫なんてどこにいるの?」と(黒猫のいる床を見ながら)お兄ちゃんは言った。
その言葉を聞いた瞬間に木蔭は走り出していた。
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