6
……この子を救う。私が?
木蔭は神社の古い木の床の上で小さな(かわいらしい)子猫と向き合っている。
「飾。私はなにをすればいいの?」
「まずはその子にふれてあげて」
「わかった」木蔭は言われた通りに子猫にふれようとする。子猫は逃げたりしない。ただその場所にいてじっとしている。
木蔭の手が、そっとその子猫にふれた。
「ふれたよ。飾」子猫をみながら木蔭はいう。
「じゃあ次はこの子のことを思ってあげて」
「思う?」
「愛してあげるの」と飾は言う。
「愛してあげる」木蔭はいう。
愛してあげてと言われても、どうしていいのか、木蔭にはまったくわからなかった。……愛する。この子に幸せになってほしいと思う。幸せに。元気に。笑顔に。……ううん。違う。間違ってはいないと思うけど、そうじゃない。えっと。なんだっけ。相手のことを想像するんだっけ。この子のことを思う。ちゃんと考える。私の中に受け入れる。あなたはなんで悪い幽霊になってしまったの? なにか心残りがあるの? それはなに? あなたが生きていたときにできなかったこと? それともあなたがこの世界から今いる向こう側の世界に旅立っていったときに、なにかひどいめにあったの? あなたは誰かを恨んでいるの? それで悪い幽霊になっちゃったの? ……違う? それなら、あなたは誰かを探しているの? ……もしかして、お母さん? あなたはお母さんを探しているの?
木蔭は思う。
子猫のことを。
すると、少ししてとても不思議なことが起こった。「うわ。すごい」そんな飾の声が聞こえた。どうやら今起こっている現象は飾にも、想像できていなかったことらしい。もちろん、幽霊である飾でそうなのだから、木蔭はもっとびっくりした。でも、その感情はあんまり木蔭の外には出ていかなかった。なぜなら木蔭の心の中はいま、目の前にいる子猫のことでいっぱいになっていたからだった。
いつの間にか木蔭は泣いていた。
どうして泣いているのか、自分でもよくわからなかった。でも、悲しかった。自然と涙があふれてきた。
それはまるで奇跡のような光景だった。
……光ってる。淡くてあったかい光。私の手が光っているの? 木蔭の手の光はそこにいる子猫の体を包み込んでいる。すると子猫のことが木蔭にはなんとなくわかったような気がした。子猫の気持ちが木蔭に光を通して伝わってくるような感じがしたのだ。具体的な体験や記憶が見えるわけじゃない。言葉も聞こえない。でも感情が伝わってくる。……そうか。あなたは悲しいんだね。この涙はきっと君の涙。あなたの感情が、私に涙を流させている。つらかったんだね。さみしかったんだね。その感情が、あなたを悪い幽霊にした。周囲によくない感情を吐き出させていた。それが不幸を呼び込んだ。自分ではどうすることもできない感情が。あなたは怒っているの? 違うよね。もうやめたいんだよね。あなたはみんなの不幸を願っているわけじゃないよね。幸せになってほしいと思ってる。本当に。心から。そう願っている。お母さんを探していたら、いつのまにかにそうなっていた。心が真っ黒な色に染まってた。そうだよね。あなたは本当はとても優しい子なんだよね。
……ごめん。ごめんね。私はあなたのお母さんのことを知らない。お母さんになってあげることもできない。私にできることはここで泣いてあげることだけ。あなたのために。あなたといっしょに。好きなだけ。今までためてきた涙が全部なくなるまで、泣いてあげることだけ。それしかできないの。……ごめんね。
「にゃー」と子猫が鳴いた。
光はとても強くなった。とても、とても強くなった。もう目が開けていられないくらいに強く輝いていた。その光がゆっくりと光の粒のようになって、空に向かって飛んで行った。ゆっくりと登っていく。わたげのように。ふわふわと飛んでいく。そしてその不思議な光が全部なくなると、そこに迷子の黒猫の姿はどこにもなくなっていた。あの子は消えてしまったのだ。光になって。空の中に消えていった。まるで最初から、迷子の子猫なんてこの世界のどこにもいなかったかのように……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます