「悪い幽霊の嫌いなもの?」

「うん。たとえばおまじないの呪文とか、あとはお守りとかさ、それに動物とか。いろいろあるでしょ?」

「悪い幽霊って動物が苦手なの?」メモをとっていた指をとめて木蔭は言う。

「そうだよ。動物には幽霊の姿がみえるからね。悪い幽霊には攻撃的になるんだ」木蔭が使っているパステルカラーのノートパソコンを珍しそうに見ながら飾は言う。

 二人は今、いつもの古い神社ではなくて木立家にある木蔭の部屋にいる。(そうしようと木蔭が言った)

 木蔭の家に招かれたとき、飾は少しだけ迷った。幽霊を自分の家に招く行為は、実はそれなりに深い意味がある行為だった。(それも、とても強制力のある、……力のある行為だ)

 そのことを飾は木蔭に言わなかった。(言ってはいけない、決まりになっていたからだ)そしてその招かれた家についていくかどうかは、幽霊がひとり、ひとり(動物霊の場合は一匹一匹)が個人の感情できめてよいとされていた。そして飾は幽霊の自分と友達になってくれた木蔭の家に行ってみたいと思ってしまった。思ってしまった以上、飾に選択肢はなかった。

 飾はよろこんで、と言って木蔭についていって本当に(……本当の本当に)久しぶりに住み慣れた神社を離れて、太陽の輝く明るい時間に街を歩いて(途中で散歩の途中の子犬に吠えられたりして)木蔭の住んでいる家にいった。

 木蔭の家(木立家)はどこにでもあるような普通の(住宅地にある)住宅だった。近くに大きな川が流れている青色の屋根の庭のない二階建ての家だった。大きさはそれほど大きくはない。この家に木蔭はお父さん、お母さん、中学生のお兄ちゃんと木蔭の四人家族で暮らしているらしい。

 神社から家まで歩いている途中の道で家族のお話をする木蔭は本当にうれしそうだった。きっと家族のことが大好きなんだな、と飾は思った。

 木蔭の部屋は玄関からすぐの狭い木製の階段を上がったところにある二階の部屋だった。隣にある部屋はお兄ちゃんの部屋らしい。(樹お兄ちゃんの部屋というかわいらしい文字の看板がドアに飾ってあった)

 小さな四角い部屋で、かわいらしいものがたくさん置いてあった。目立つのはベットと勉強机と真ん中にあるテーブルと衣装ダンスだった。(ぬいぐるみもたくさんあった)木立家ではペットは飼っていないらしい。色合いはピンクと白と薄い青色だった。思っていた以上に女の子っぽい部屋だった。(小学校六年生にしては幼すぎるかもしれない)

「うーん」

 木蔭は考える。

「全然わからないの?」

「うん。わからない」

「それじゃあだめだね。全然だめだめだよ」

「どうして?」木蔭は言う。

「あのね、木蔭。悪い幽霊を退治するっていうことはね、悪い幽霊のことをよく知って、その幽霊のことを好きになるっていうことなんだよ。もっと相手のことを知りたいって思うことなんだ。それが悪い幽霊を退治する方法なんだ。もちろん、物理的に悪い幽霊を退治する方法もある。でもそれは本当の専門家のする幽霊退治なんだ。ぼくや木蔭のやろうとしている悪い幽霊退治はそうじゃない。そうだな。イメージするとしたら、『泣いている迷子の小さな子供をお父さんとお母さんのところまで連れて行ってあげる』みたいな感じかな? だから木蔭はいきなり悪い幽霊に殴り掛かろうとするんじゃなくて、もっとよく相手のことを観察して、悪い幽霊の気持ちをよく知ろうとしなくちゃいけないんだよ。まあ、もちろん、相手にもよるんだけどね。本当に危険な危ない幽霊だったらそんなことをしたら、こっちが呪われてしまうからね。どう? ぼくのいっていること理解できた?」

 まるで小学校の先生のようにテーブルのところに正座で座って話をきいている木蔭に向かって、(立って話をしている)飾は言った。

「全然わかんない」と木蔭は言った。

 木蔭はもっとヒーロー的な悪い幽霊退治をイメージしていた。漫画やアニメや映画のように悪い幽霊をぶっ飛ばして改心させるというイメージだ。(でも飾はそうじゃないという)

「だからまずはぼくで練習しないと。ほら、ぼくがいま、なにを考えているかちゃんと当ててみて?」とにっこりと笑って飾は言った。

 木蔭はもう一度、言われた通りにやってみる。でも、やっぱり全然飾の考えていることなんてちっともわからなかった。

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