第10話 色彩不識別の錬金術師

「またお世話になります。パロフルル駅長」

「さっきぶりでございますヴィヴィ殿。えーっと、そちらの方はボーイフレンドですかな? カナカナ?」

「いいえ。彼は私の部下です」

「誰が部下だ。適当なこと言うな」

「しかしだね、君と私の関係を的確に表現する言葉がないんだ。はてさて、困ったぞ」


 ヴィヴィは言い淀む。俺をなんて紹介するか悩んでいるようだ。

 確かに俺たちの関係は説明しづらい。恋人はもちろん違うし、友達というほどの関係でもない。ビジネスパートナーに似た存在だ。


 でもここは単純にこの答えで良いだろう。


「友達です」


 ヴィヴィが言いにくそうだったので俺が言う。ヴィヴィは一拍置いて「ええ、友達です」と同調した。その頬は少し赤味が増していた。


「ヴィヴィ殿に友達!? あのヴィヴィ殿に!!? 『友達なんて1人でなにもできない人間が作るものだ』と得意げにおっしゃっていたあのヴィヴィ殿に!!」

「……駅長、この前完成した新薬を試してみますか? 飲むと良い気持ちになれるんですよ。反動として記憶が混濁しますけど」


 笑顔で威圧するヴィヴィ。駅長は「遠慮しておきます! マスマス!」と一歩後ろへさがった。


「それではヴィヴィ殿、切符を拝見させてくださいませ。マセマセ」

「はい」


 ヴィヴィはポケットから小さな紙きれを2枚出した。俺はその紙に書いてある文章を読む。


『ネオマグヌス駅→ネオトウキョウ駅 250ベニー』


 トウキョウ? ってたしか日本の首都の名前だな。

 ベニーっていうのは錬金術師の通貨かな?


「オーケー、確認しました。それではお2人様ごあんな~い♪」


 ガシャン! と足元の地面が円形にくりぬかれ、宙に浮きだした。


「うわっ! 地面が浮いた!?」

浮動床エアグラウンドだ。恥ずかしいからいちいち驚かないでくれ」

「無茶言うな! うおぉ!?」


 浮動床エアグラウンドとやらは急激に上昇し、俺とヴィヴィを窯の上まで運んだ。

 窯を上から覗く……オレンジ色の合金液メタルポーションがグツグツに煮えたぎっていた。浮動床エアグラウンドは窯の真上で静止する。


「入るよ」

「……入るって、まさかここにか?」

「当然。ほら、ぼさっとしないで」

「悪いが俺は自殺志願者じゃ――ばっっか! 背中を叩くな! ……うわああああああああああああっっ!!!!」


 浮動床エアグラウンドより叩き落され、俺は合金液メタルポーションにダイブした。

 熱くは……ない。生暖かい液体の中を沈んでいく。

 なんだ? 右手の感覚がなくなっているような……、


「――っ!!?」


 右手が塵となって消えていった。

 右手だけじゃない、左足、左手、右足も順々に消えていく。服も、荷物も、全部黒い塵になっていく。

 アレ? 俺、ひょっとして死ぬのか?

 意識が暗転する……グッバイ世界。嗚呼、欲を言えば最後に一杯コーヒーが飲みたかったなぁ……。



 ---



 気が付いたら、俺は見知らぬ部屋を上から見下ろしていた。


「なん……だ?」


 薄い膜のような物が周りに張ってある。

 これは……錬成した時、錬成物が纏っていたシャボン玉とまったく同じ色だ。

 もしかして、俺はいまあの錬成物たちのように、シャボン玉に入ってプカプカ浮いているのか?

 左右に視線を逸らすと、俺以外の人間がシャボン玉に入っているのが見える。

 やっぱりそうだ。俺はシャボン玉の中に居るんだ。

 下を見る。

 ネオマグヌス駅と違って凄い人だかり。部屋も凄く広い。窯の数も10近くある。窓が一切ないから恐らくここも地下施設だろう。


「まさか……」


 されたのか? 俺は。

 一度あのネオマヌグス駅の窯の中で分解され、別の場所に再構築された……ということか? あくまで仮説ではあるが。うっ、背筋がゾッとするな。

 シャボン玉が地上に落ちて、ようやく俺はシャボン玉から解放される。


「どう?」


 膝をつく俺を、ヴィヴィが腕を組んで見下ろしていた。


「錬金術って凄いだろう?」


 ヴィヴィは自慢げに言う。


「どうしてお前が自慢げなんだ……」


 正直かなり驚いたが、ここで感情を表に出すのは癪だったので堪える。

 っていうか、


「■■■■■■、■■■■■■」

「■■■■、■■■■■■■■」


 なんだ? 耳に聞き慣れない言語が入ってくる。


「聞いたことのない言葉……ここ、もうアメリカじゃないのか?」


 ヴィヴィはポーチから丸薬の入った小瓶を出した。


「なんだそれ?」

「この小瓶に入っているのは“コンバートポーション”を固めた物だよ。これを飲めば一週間、全ての言語に対応することができる。瓶ごとあげよう」


 瓶を受け取り、早速1粒飲み込む。


「■■■■! ――それでさー、めんどくさいから錬金術で料理作ろうとしたんだけど、素材全部真っ黒になっちゃって」

「錬金術で料理するのは難しいよ。料理は普通に作った方がいいって」


 さっきまで理解できなかった言語が理解できる。


「彼女たちは日本人だね。だから日本語で喋っているんだろう。安心してくれ。アルケーでは英語を採用している。彼女たちもあっちに着いたら英語で喋るだろう」

「良かった。安心したよ。錬金術師の使う言語がまったく知らない言語だったらどうしようかと思ってたところだ」

「安心したなら足を動かしてくれ。この駅で乗り換えだ。次の“特急錬成とっきゅうれんせい”で学校の最寄り駅に着く」

「特急錬成?」

「体を一度分解し、マーキングした場所に飛ばして再構築する錬金術のことさ。今、君が体験したやつだよ」


 どうやら俺の仮説は当たっていたらしい。


「……もう一回今のやつやるのか」


 体が再構築されるのはあまり気持ちのいいものではない。何度もやるのは気が萎えるな。


「ところで、今って国で言うとどこなんだ? もしかしてもうアルケーには入ってるのか?」

「否だ。いま居る場所は日本の東京という場所の地下だよ」

「うわぁ、山も海も国境も越えちゃってるよ」

「赤い窯に入ればアルケーまで行けるんだけど……ふぅむ。この前と窯の配置が変わってるな」


 ヴィヴィは首に掛けたゴーグルを装着する。


「そのゴーグル、眼鏡代わりか?」


 赤い窯は距離こそあるが正面の方向にある。普通の視力を持っていれば見つけられるはずだ。


「眼鏡とはちょっと違うかな。このゴーグルを掛けると色を教えてくれるんだ。赤の物にはREDって字が浮かんで、青にはBLUEって出る」

「色……? そんなの見りゃわか――」 


 そこで俺は以前に彼女が言っていた言葉を思い出した。俺が自分のことを色彩能力者だと紹介した時、『面白いなぁ。私と真逆じゃないか』……と、彼女は確かに言っていた。

 俺の色彩能力と逆、つまり、


「色がわからないのか」

「そう、生まれつきね。私の瞳に映る世界はセピア色だ。濃い茶色か薄い茶色でしか見えない。赤も青も白も黒も、私は知らない。けどね」


 ヴィヴィは首に掛けたゴーグルを撫でる。


「この子が私に色を教えてくれる。生活に支障はゼロではないけど、変に気を使われるほどでもない。それに私には、君の色彩能力とは別の特殊感覚がある」

「嗅覚か」


 俺がズバリと言うと、ヴィヴィは「驚いた……」と俺の顔を見上げた。


「窯の中を見ずに錬成したり、手記の色鉛筆が油性だとわかったり、鼻が良いとすれば納得がいく。窯から香る匂いから窯の中の状況を把握して、投入する素材の量とか調整していたんだろ。色鉛筆の種類も匂いから判断したわけだ」

「ご名答」

「最初に会った時、俺がコーヒーを出さないよう牽制したのも、俺の家からコーヒーの香りがしたからか」

「へぇ。頭が回るね。今ので君が虹の筆を作成した張本人だと確信したよ。錬金術師に推理力は必須だ」

「信じてなかったのか」

「ちょっとだけさ。数字にして70%ほどだよ」

「半分以上疑ってたんじゃねぇか!」


 ヴィヴィと一緒に赤の壺の前へ歩いていく。


「ちなみにだけど、このゴーグルは君の養父……アゲハさんが作ったものだ」

「そうなのか」

「直接貰ったわけじゃないけどね。これを貰って以来、私はあの人に頭が上がらないんだよ」


 だから最も尊敬する錬金術師が爺さんなのか。


「……直接お礼を言いたかったな」


 ヴィヴィは寂し気にそう呟いた後、すぐに顔を上げた。


「ここだね」


 赤の壺の前に着く。

 壺の前には俺やヴィヴィと同じ制服を身に着けた同年代の人間が多く見えた。同じ新入生だろう。まだ制服に汚れがない。洗濯を繰り返せば制服は痛み、一見綺麗に見えても俺のような色彩能力者には僅かな黒みが見える。だがどいつもそれが制服に見えない。まだピカピカの新品って感じだ。

 ヴィヴィは切符を駅員に渡す。するとまた地面が浮き上がり、俺たちは窯の上まで飛んだ。


「さて、もう一回か」

「行くよ」

「せーのっ!」


 俺とヴィヴィは同時に壺の中へと飛び込んだ。

 そしてまた、体の分解が始まった。





――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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