29 マイナの申し出

「此れは魔法、転移」


 エリックを連れて、先程まで子供たちに魔法を教えていた森まで移動。

 更に、情報封鎖をかける。


「なんだ、いきなりだな」


「子供たちに聞かれたくないだけよ。さて、あの3人はどういう処遇になっているのかしら。最初に聞いた話とは、ずいぶんと違うようだけれど」


「もう気づいたか」


 エリックは悪びれた様子もなく、ストレの質問に答える。


「あの3人は、さっきの建物の2階で寝泊まりしている。普段は朝8の鐘から12の鐘まではメルクリン地区にある新設の義務教育施設に通って、昼食を食べた後は基本的に自由時間だ。ストリアが来る日は昼3の鐘までに此処に戻るし、それ以外なら夕6の鐘までに戻ってくるよう言ってある」


「あそこで生活させる理由は、何かしら」


「搾取を防ぐ為だ。親だの育った場所に巣くっている連中だのってのは、一番の搾取先になる。そんな連中にこっちが渡した生活費が流れたりしたら、国費の無駄遣いだ」


「なるほどね」


 確かにその通りだろう。 


「だから自由時間でも、生まれ育った地区、あの3人の場合はペルセトリス地区には行くなと言ってある。更に言うと、あの3人の生育環境については調査報告も出ている。過去視の魔法を併用しているらしいから、そう間違っちゃいないだろう。これだ。今回の試行教育の実施要領についての資料も入っている」


 ストレはエリックから封筒入りの書類を受け取りつつ、溜め息をついた。


「私の行動は、全て予測済みだったって事ね」

 

「未来視の魔法でも使っているんだろう。その辺は俺よりストリアの方が詳しいんじゃないか?」


「空属性は得意じゃないのよ。それでもし、今貰った書類の内容を確認したいと思った場合、子供を連れて当の親と面談なんて事をしてもいいかしら」


「ストリアが同行する分には問題無い。生徒を辞めさせようと、増やそうと、特例措置を作ろうとも問題なしだ。上から言われているからな。ストリアには逆らうなとさ」


 書類を読んだ後、アルカと同行して親について確認する必要があるだろう。

 そうストレは判断する。

 あとは親の状態や真意を見て、アルカがどう判断するかだ。


「わかったわ。この件については、資料を見た後に対処を考える事にするから。ところで昼前までは新設の義務教育施設に通っていると聞いたけれど、それって3人だけかしら。それとも、もっと多くの11歳の子供を、同じような体制で教えているのかしら」


「そっちも気づいたか」


 エリックは苦笑を浮かべ、そして続ける。


「その通りだ。ストリアと同様に他の国から来た魔法使い、そしてこの国の魔法使いに依頼して、同じように3人ずつ面倒を見させている。新たな教育方法の為の対照実験、って奴だそうだ。

 ついでにいうと、ストリア以外の魔法使いには対照実験である事を伝えているし、報酬も、効果が認められた際のインセンティブもつけている」


 そこまでやっていたという訳か。

 流石ルクスというべきだろうか、それともルクスの部下がそこまで考えて手配したのだろうか。


「なら私も、もう少し報酬をふっかけてやれば良かったかしらね」


「残念ながらストリアには、お気持ち以上の報酬は無しの方針だった。あくまでストリアが自発的にやるように仕向けろ。それが上からの指示だったからな。まったく下っ端としては胃が痛くなる思いだぜ、毎回」


 確かにエリックにしてみれば、そうかもしれない。

 そうストレは思う。

 ストレの正体をどこまで知っているかは、わからない。

 それでも下りてくる命令から、通常の中級魔法使いでない事くらいは察知しているだろう。


「何なら治療魔法をかけてもいいわよ。得意な系統じゃないけれど、中級程度なら問題無く使えるわ、これでも」


「やめておくよ。それがまた、別の胃痛の原因になっちゃいけねえからな」


 ◇◇◇


「……って事があったのよ。何というか、何重にも先回りされた気分よ、本当に」


 夕食の時間。

 いつものようにマイナに今日起きた事について話したストレは、溜め息をひとつつく。


「ストレは明日にでも、アルカの親を確認するつもり。違う?」


「ええ、そうよ。資料は貰ったし、多分資料に嘘はないとは思うけれど、それでも私自身で確認する必要があると思うから」


「なら、私も同行する」


 ストレは食べようとした白身魚フライから視線を上げ、マイナを見る。


「いいの?」


「ストレは時に甘い。利点でもあるけれど、愚か者には通じない。それに私の方が思考の読み取りは得意。記憶の確認も、私なら気づかれずに可能」


 確かにストレは、記憶読解や表層思考把握といった魔法を得意としていない。

 使えない訳ではないが、相手に大ダメージを与えてしまう。


 一方で『生の魔女』であるマイナなら、相手に気づかれない程度の負荷でこれらの魔法を起動可能だ。

 そしてマイナの魔法なら、ストレは絶対的に信用出来る。

 誰が書いたかわからない資料や、他人の口から出てきた言葉よりも、ずっと。


「わかったわ。お願いしていいかしら」


「勿論」


 マイナは満足そうに頷いた。

 そして骨付きステーキチョップに手を伸ばそうとして、ふと思い出したかのようにストレに視線を向け、口を開く。

 

「あと連絡事項。エリアとアニスが、この街に来ている」


 いきなり話題が変わった。

 なのでストレはその名前とどういう事態かを把握するのに、1エス程度要してしまう。


「それって、私達の捜索の為かしら、やっぱり」


「王命。捜索及び抹殺。まだ、こちらを発見出来ていない」


 マイナがその気なら、ある程度の範囲にいる人間の思考を、本人に気づかれずに読む事が可能だ。

 この情報もそうやって得たのだろう。

 そうストレは理解する。


「面倒ね。やられるとは思わないけれど」


「魔力の偽装は必要」


 確かにその通りだろう。

 だからストレは頷いた。


「そうね、気をつけるわ」

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