22 提案
「この街やこの国について、ストレさんがどう感じたか。それを伺おうと思いまして」
ルクスは一息分の間を置いて、そして続ける。
「この国、そしてこの街は、新たな魔法、技術、思考体系を生み出す為にデザインしました。政治体制も社会構造も、人々の生活さえも。生存で精一杯ではなく、他の事を考える事が出来る余裕と豊かさがあるように。ですが現在のところ、企図した通りにはなっておりません」
この街の豊かさは、意図的なものだった訳か。
そうストレは理解する。
「そこで他国からいらしたストレさんに、率直な感想が聞きたいのです。何か改善すべき点はないか。それ以外にも気づいた点はないか。質問でも結構です。何故このようにしているのかというようなものでも」
欲しいのはきっと、ただの感想ではなく『新たな魔法、技術、思考体系を生み出す』事に繋がる方策だろう。
そしてストレは、改善して欲しい点を幾つか思いついている。
しかしそれが返答として適切なのか、ストレは確信を持てない。
だから確認の為に、まず軽い質問から行こう。
ストレはそう考え、こう尋ねてみる。
「50年前までこの国には、働かない国民を収容所に送り込んで、無理矢理働かせるという制度があったと聞いています。こちらを廃止した理由を伺ってもいいでしょうか」
「ええ。これには2つの理由があります。ひとつは費用的な理由。収容所をつくり、管理者を雇って、働かない者が働ける環境を作る費用の方が、それらの者を無理矢理働かせる費用よりかかるからです。
もうひとつは、社会心理的な理由。働かない者は落ちぶれて食っていけなくなる。それを目に見える形で提示した方が、真面目に働いてくれる者が増えるからです。つまり、働かない場合の、見せしめになってもらう為ですね」
見せしめ、という理由には気づけなかった。
ストレはそう思いつつ、次の質問を口にする。
「私にここに来るようにと伝えた人は、国の役人なのでしょうか。もしそうならどういう立場で、目的は何か教えていただけますでしょうか」
「ええ。内部では監視員と呼ばれている職務です。目的は、ああいった場所に独自の組織を作らせないこと。管理しない場所には、犯罪組織なり自警団なりといった組織が生まれがちです。そういった組織の芽を摘むことが、彼らの職務となります」
この返答はストレの予想の範囲内だった。
なら更なる質問だ。
「この街では外から働き手を集め、使えない者が淘汰され貧民街に追いやられる。今まで見聞きした限りでは、そういった構造のように見えます。ですがそれですと、貧民街の人口が一方的に増大していかないでしょうか」
「確かにここ十数年、貧民街とされる領域やそこに住まう人口は増えてきています。あと十年程度で管理しきれない人口になる見込みです。そうなる前、あと5~6年程度で、以前のような強制労働施設を復活させるか、新規の開拓団を作って強制移住をさせるかする必要があるでしょう」
この話には危険を感じる。
なのでストレは追加で質問する。
「そういった者で開拓団を作った場合、貴重な監督要員まで含めて全滅しませんか」
「同じような事は、今までにも何度か実施しています。7割が失敗しても村として成り立つ規模にすれば、概ね大丈夫です。その結果、万が一国に反抗するような組織が出来たとしても、街の外であれば鎮圧は容易ですから」
全滅しても損害とはならない。
そうストレは受け取った。
つまり現状では貧民街に墜ちた者は、人的資源として廃棄したという扱いになっているのだろうか。
一応確認をしておこう。
「貧民街にいる働かない者や働けない者は、保護の必要がない。そういう事でしょうか」
「『国民入門書』によって、誰もが最低限の収入を得られ、生活できるようになっている筈です。その状況下において、意識して働く事を忌避した者については、保護する必要性を感じません」
予想は正しかったようだ、そうストレは判断する。
それなら、このような切り口ではどうだろう。
「そういった保護されていない住民を、再利用するおつもりは無いのでしょうか。満足している者は、現状を変えようとしません。なら一般の市民より貧民街に墜ちた者の方が、現状に不満を持つ分、変化を望むだろうと思います」
「たしかに現状が苦しい者の方が、変化を望むでしょう。ですが貧民街の住民であっても、役所へ行きさえすれば、最低限の仕事の斡旋は受けられるようにしてあります。そういった地区の役所による斡旋は、居所の厳密な確認はしておりません。その分賃金は安いですが、働く事は可能な筈です。それすらしない者や出来ない者に、手を差し伸べる必要性を私は感じません」
ルクスの返答は、ストレの予想の範囲内だった。
ならという事で、ストレは次に用意した言葉を口にする。
「自分の選択でそうなった者については、その通りでしょう。ですが貧民街で生まれた子供らについてはどうでしょうか。義務教育も受けず、12歳まで違法労働で安くこき使われ、技能のないまま成人し、貧民街以外での生活を知らない者。これらの者の中には、何かを変えられる者がいる可能性はないでしょうか」
ルクスの返答は、自分の選択で貧民街を選んだ者に対するものだ。
なら選択出来なかった者に対しては、どう考えるだろう。
そうストレは考えたのだ。
「……なるほど。貧民街のような環境でも、人は子をつくるのですね」
ルクスの返答は、ストレにとって予想範囲外だった。
どうやら貧民街で生まれた者については、ルクスの考慮外らしい。
『光の魔女』ルクスは『闇の魔女』ポーと並び、『古の魔女』の中でも最も古い魔女と言われている。
だからこそ、人としての感覚がわからなくなっているのかもしれない。
そうストレは今の問答を判断した。
ならついでに一言、合理的な理由を補足しておこうとも。
「性交は相手さえいれば、最も安上がりに可能な快楽です。故に貧困であるからこそ、子が増えるというのは往々にしてあることかと思われます」
「なるほど、そういう事もあるのですね。確かにそういった子供というのは盲点でした。人はそのような環境でも子を為す程には、理性がない生き物なのですね」
やはりルクスは、人というものがわからなくなっているようだ。
もしくはそのような自律出来ない人間と、実際に接する事がない期間が長すぎたのか。
そしてそのことを直言できる部下が、彼女にはいない。
そうストレは感じつつ、次の言葉を口にする。
「そういう者もいるという事です。ただそういう者の子が全て、同じような者とは限らない。なら教育次第では、有用な者となる可能性は高いのではないか。場合によっては余所からあぶれてくる者より、よほど将来的な可能性がある。そう私は思うのですが、どうでしょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます