21、依頼文:「ムクドリ」が含まれる五行の詩を書いてください
「次のお題はどうしようか。また、れんくんが鳥の名前を見つけて、ゆうとが別のお題を考える?」
「そうしよう! せっかく鳥の図鑑があるんだもん。れんくん、何がいい?」
お父さんの提案にゆうとはぴょんと立ち上がり、テーブルの端に置かれた鳥のポケット図鑑をれんくんに手渡しました。れんくんは再び、図鑑を開いてぱらぱらとめくっています。
「ぼくたちが知っている鳥だと……ムクドリとかは? ほら、公園とかで見たことあるよ」
「あっほんとだ。いつもいっぱい集まっているよね。で、近づくと電線の上に逃げていくんだ」
れんくんとゆうとは、ムクドリのページを開いています。お父さんが横からちらりと見やると、オレンジ色のくちばしと、鋭い目をした鳥の写真が載っていました。確かに、最近お父さんの周りでもよく見かける鳥です。
(お父さんが小さいころ、いつも家の近くにたくさん集まっているのはスズメかカラスだったなぁ。時代によって人の近くに寄ってくる鳥も変わるんだな)
お父さんがそんなことを考えている間にも、ゆうととれんくんは話を続けています。
「じゃあ、鳥のお題は『ムクドリ』にしようか。ゆうとくんが考えるお題はどうする?」
「うーん。やっぱりあんまり似たお題じゃないほうが面白そうだよね。何があるかな……ヒトデ、は生き物だからやめておこうかな」
おそらく、先ほどまで『鳥が星になる』という話をしていたから、星の形をしたヒトデを思い浮かべたのでしょう。ゆうとの思考回路を想像してお父さんがほほえましく思っていると、ゆうとはぱん、と両手を叩きました。
「だとしたら、『海』はどうかな。ムクドリってあんまり海にいるイメージがないし、宇宙ほどじゃないけどけっこう遠いんじゃない?」
「確かに。ムクドリは町中でよく見られるって書いてあるから、海にはいないみたいだね」
図鑑を見ていたれんくんがそう告げると、ゆうとは顔を上げてお父さんと視線を合わせます。だいたい話の予想がついたお父さんは、もうタブレット端末に生成AIの入力画面を表示させて待っていました。
「お父さん! お題は『ムクドリ』と『海』で作ってみて!」
「わかった。今AIに作ってもらうな」
お父さんが慣れた手つきで指示文章を打ち込みます。ほどなくして、生成AIから返事が返ってきました。タブレット端末を顔の前に掲げて、お父さんはなるべくはっきりと言葉を区切って読み上げます。
“海の公園、木の上で
ムクドリの群れ、おしゃべり
春の日差し、キラキラと
羽根も輝き、歌声も
みんなで遊ぶ、楽しい時間”
「海が見える公園に、ムクドリがいっぱいいる感じなのかな」
「そうだね。でもれんくん、ムクドリってあんまり海の近くにいる鳥じゃないんだよね? だったら、特別に遊びに来ているのかな?」
真っ先に口を開いたのはれんくんでした。それに対して、ゆうとが話を膨らませます。
「確かに、図鑑には海の近くに住むとは書いてなかった。だから、遠足なんじゃないかな、たぶん。みんなでおしゃべりして遊ぶ、楽しい時間っていってるから、遠足っぽくない?」
「きっとそうだよ! ぼくたちが五月に、森林公園に遠足に行ったみたいな感じで、ムクドリたちも海の近くの公園に遊びに行ったんだ」
ゆうとたちの小学校では、二年生の五月に遠足の行事があります。バスに乗って、同じ市内にある大きな森林公園まで行き、芝生広場まで少し歩いてお弁当を食べて、アスレチックで遊んで帰ってくるという日程でした。アスレチックはもちろん、小学校低学年向けの初心者コースで遊ぶように先生に言われていたようですが、ゆうとは中級者コースで遊びたくて仕方がなかったという話を、お父さんは聞かされていました。
『だってさ、初心者コースって本当にかんたんなんだもん。絶対もう一個上でも遊べたよ。怖い先生が見張ってたからやめておいたけど』
『そうなんだな。だけど、先生はいっぺんに何十人もの子を見ないといけないから、もしゆうとが落っこちてけがをしても、すぐには助けられないかもしれない。だからちょっとでも危なさそうなことは、避けようとするんだろうな。ちょっと難しいアスレチックは、今度お父さんとお母さんと一緒に森林公園に行ったときに、みんなで挑戦してみようか』
『わかった! ぜったいに行こう!』
そんな会話をゆうととしたことを思い出しながら、お父さんはゆうととれんくんの会話に耳を傾けます。
「春って書いてあるけど、ふつうぼくたちって海に行くのは夏じゃない? だから、きっとムクドリたちが行った海の公園には人がいなくて、自由におしゃべりできたんじゃないかな」
「そうかもしれないね。ぼくが家に帰る途中、ムクドリの群れを見ることがあるけど大体誰かが追い払ったりしてるから」
追い払っている様子を思い出したのか、れんくんが少しだけ顔をしかめています。
「ムクドリの鳴き声ってけっこう大きいよね」
「そうそう。だから、お父さんはうるさいって言って嫌がってる」
「ムクドリもさ、わかってるんじゃないかな。人が多いところでおしゃべりしたら、うるさいって嫌がられるんだって。だから、人がいない海の公園に行って、好きなだけおしゃべりして、楽しい時間を過ごしたんだよ」
ゆうとの言葉に、れんくんは少しだけ驚いたような表情をつくっています。
「そっか。遠足みたいに、ムクドリの中の誰かが『行こう』っていってみんなを連れて行ったのかと思ったけど、そうじゃなくて、ぼくたちにうるさいって言われたから、逃げて行ったのかもしれないのか」
「それはどうだろう」
やや悲観的なれんくんの見方に、ゆうとは異議を唱えました。
「たしかに、うるさいって言われて嫌な気持ちになってるムクドリもたくさんいると思う。でも、逃げたっていうよりは『ちょっと遊びに出かけた』だけなんじゃない? だって、ムクドリっていなくなったりはしなくて、いつもいるもん。逃げたんだったら、もうぼくたちのところには戻ってこない気がする」
「そっか。そうだよね。『海の公園』には遊びに行っているだけで、戻ってくるのかもしれない。だったらムクドリは、本当にぼくたちのことが嫌になっちゃったわけじゃないのかな」
れんくんの言葉からはムクドリへの優しさを感じて、お父さんは思わず口をはさみました。
「たぶんそうだよ。……れんくんは、ムクドリのことが好きなのかな?」
お父さんの問いかけに、れんくんはこくりと頷きます。横からゆうとが口をはさみました。
「れんくん、空を飛ぶ生き物が好きなんだって! 鳥とか、コウモリとか、えーっと何だっけ、ふっくらしたリスみたいなの」
「ムササビ」
「そうそれ! だから、いくらうるさくても、鳥を追い払うのは嫌だよね」
優しく問いかけるゆうとに、れんくんは再び首を縦に振りました。生き物が好きなゆうとの友だちなだけあって、れんくんもとても動物が好きなようです。
「ああ、そうだよね。ちょっと人間にとって嫌なことがあったって、同じ場所に生きている仲間だものな。もっと大切にしていきたいな」
「うん。今度からムクドリを見かけたら、ちゃんとあいさつする! おはようって。ぼくたちは怖い存在じゃないからいなくならないでねって」
「ぼくも、そうしようかな」
お父さんが自分に言い聞かせるように告げた言葉に、ゆうとも賛成します。そしてれんくんも、小さな声で同意を示しました。
もしかしたら、れんくんは自分のお父さんと違う意見――ムクドリを大事にしたいという考え――を持っていることが不安なのかもしれません。でも、親子で違ったっていいというのがゆうとのお父さんの考えです。他の家の方針に口出しするつもりはありませんが、少なくともわが家では、れんくんがどんな考えを持ってもいいんだと伝わればいいなと思うお父さんなのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます