詐欺師が異世界美女にTS転生したので悪意MAXで知識チートしたいと思います(大災害)~旧題:愚者の歌

乾茸なめこ

第1話 カス

 男はキレていた。

 それはもう、怒髪天をくどころじゃない。ストレスで髪は抜け散らかし、丸く晒された頭皮が真っ赤になっている。


 金糸が織りこまれた華美な服、肩から掛けられた白い帯状の飾り布。王城の門前で帯剣が許されていること。

 それらから、男の身分がよほど高いことがみえる。


 威厳溢れる口ひげの端から泡を飛ばし、偉丈夫がブチ切れる。


「鉄道計画はどうなったと訊いている! 先々月まで順調に配当が振り込まれていたというのに、ぴたりと音沙汰無し! 調べてみれば線路の一つも引いていないというではないか!」


 それを面白そうに、鮮やかな赤のドレスを纏う美女が眺めていた。男の怒りの矛先で、まるで他人事のように。


「ええ、ええ。それで?」

「鉄道はどうなった!? どうなる!? 私の金は!? それより、そもそも配当はどこから出ていた!?」


 ダリアの花を思わせる、派手で匂い立つような美女は面白がるような声色で訊く。


「それで、閣下はどうお思いで?」

「訊いているのは私だ!」


 青筋を立てる男に、女は微笑んだ。


「そう怒らないでくださる? 聡明な閣下のこと。すべてお分かりでしょう」


 口の端が吊り上がる。半分開いた大きな門から、逆光が差した。

 光を通す真っ赤なレース。表情は影に消え、三日月に白い歯だけが浮かび上がる。


 ――怪人。男の脳裏に浮かんだ言葉だ。


「鉄道なんて最初からない。閣下の金は前線で剣とパンになり。配当は閣下が投資した大金の切れ端」


 悪びれもせず、開き直ったような言葉が紡ぎ出された。

 怒りで血が上っていた男の顔が、段々と青くなる。


「う、嘘だ……」

「ウソです。最初から最後まで、徹頭徹尾ウソ。私がしたこと、閣下が受けた仕打ち。これを世間では――」


 爽やかな朝だった。門の影から見上げる空は、秋らしく透き通りどこまでも高い。

 女の声は軽やかで、小鳥のさえずりのよう。


「『詐欺』と申します」


 女はくるりときびすを返し、門の内側へするりと身を潜らせた。

 巨大な扉は無慈悲に閉ざされる。

 騙された者の慟哭どうこくが響いた。



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 令和、日本。

 カスみたいな悪人がいた。

 同情すべき過去もなく、考慮すべき事情もない。

 ただ努力したくないが為に詐欺に手を染め、他者への想像力に欠けているから好き放題に生きていた。


 カスらしく終わりもカスだ。

 酒に酔い、マンションのベランダ柵から大通りに立小便をしようとし、足を滑らせて転落死。


 救いようのない魂を見て、神は考えた。本当に自分の世界に要らないな、と。

 神は尋ねた。


「世の為に、誠実に生きる気はないのか?」


 魂は答えた。


「ある。大いに悔い改めている。生き様で証明して見せる。どうか今一度の慈悲を」


 神は頷き、魂を外なる世界に捨てた。



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 石灰石の巨大な凱旋門が立つ広場。

 その端で、背もたれのないベンチに腰かけていた女が目を開いた。

 いつからそこにいたのか、本人もわかっていない。


 グレーのワンピース様の服こそ地味だが、その上から羽織るローブのウルトラマリンが鮮やかだ。

 何よりも目を引くのは、高い位置にまとめ上げられた美しい金髪。


 女はしばらく周囲を見回し、それから自分の体をまじまじと観察してから呟いた。


「女かー、女になったかー」


 しばらく周囲をふらつきながら、様々な人に話しかけて回る女。1時間もしないうちに推論を立てた。

 ここはファンタジー的な剣と魔法の世界であり、自分がいるのはグリーズデン王国という国の王都。言葉はなぜか通じる。


 それに、それが良いことなのかは別として。女は美人であり、服装も含めて高貴な人物のお忍びに見える、ということがわかった。


 ヒールの高い靴で数歩、大股で歩いてみてから、立ち止まる。

 女はローブの袖で口元を隠すと、今度は打って変わって優美に歩き始めた。


「うん、うん、こんな感じか」


 街を1ブロック歩くごとに仕草が変わり、表情が変わる。

 やがて高級住宅が立ち並ぶ場所についたころには、すっかり「お忍びの貴族女性」が仕上がっていた。


「ふふ、こういうのも悪くないかしら?」


 口調も変わる。男だったときの面影は、もうない。

 すれ違った男が見惚れ、石畳につまずいて転んだ。


 街の会話に耳をそばだて、世界を知りパズルのピースを当てはめていく。

 女は大きな屋敷の門前で話す、少女と職人風の男の会話に興味を示した。


「――確かに先日の風はすごかったですからね」

「ええ。向かいの建物から見たので、まだしっかりと確認は出来ていないのです。なにかあっては大変だから、金はいいから確認だけさせてもらえと親方が。建物の管理人の方はいらっしゃいますか?」

「あ、私です」


 やけに丁寧な物腰の職人に、少女がおずおずと手を挙げる。


「ああ、それは良かった。本当にお金とかは大丈夫なんで、ちょっとばかり屋根に登ってもかまいませんかね?」

「え、ええ」


 大げさな仕草で振る舞う男の背後に、女がゆっくりと歩み寄る。


 少女の目が見開かれた。

 すり寄ってきた女の、煮詰めた甘い蜜に、猛毒を一滴混ぜたような美。そして、表情に浮かぶ好戦的な笑みに。


「その話、私も混ぜてくれるかしら?」

「お、え、あ、ええと……」


 男はまず急に話しかけられたことに驚き、次に女の顔を見てしどろもどろな返事をした。


「えー……どちら様で?」


 女の目が細められる。


「そうね。名乗らないのは失礼ね。アントワネット=イニャス・ギヨタン。ご存じかしら?」

「いえ、浅学にてすみませんね」


 知るはずもない。今この瞬間、女が適当に考えたのだから。

 アントワネットは不安そうな表情を作りながら、少女が管理するという屋敷の屋根を見上げる。


「それにしても、屋根が壊れているというお話でしたね。恐ろしいですわ。屋根が通りに落ちてきたりなんかしたら大変ね」

「そうなのですよ、ご婦人。建物の破損で周囲に被害を与えれば、管理者が罰を受けることもありますので」


 職人風の男は、アントワネットが邪魔するつもりがないと判断したのか、それらしいことを述べた。


「まあ、それは大変! ねえあなた、ぜひこの親切な職人さんに見てもらった方がいいわ!」


 アントワネットが少女に勧めたことが決定打となり、男は近くの現場から梯子はしごを取って来ると言い、一度去った。

 二人きりになる。


「ありゃ詐欺だろうね~」

「え?」


 がらりと口調の変わったアントワネットに、少女が目を丸くした。


「つい口を挟んじゃったけど、ありゃリフォーム詐欺だよ。ありもしない家の傷を言うなり作るなりして、高額な修理費を請求する詐欺」

「ええっ、そうなのですか? それならどうして……」

「どうして勧めたかって?」


 アントワネットは指で円を作り、いやらしく笑った。


「詐欺っていうのは、相手に利益を確信させたときが、一番引っかけやすいからさ」

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