012:銃火?砲火?


 重汚染地帯のど真ん中に聳える一本の時計塔。

 一世紀以上前の金融恐慌直前に建造された高さ180mの巨大なビルは、過去の繁栄と現行の退廃の象徴である。


 その頂上に一機のNAWが止まっていた。

 パイポッドを降ろした物々しいライフルを構え、スコープを覗きこんでいた、


 その機体は紛う事なき軍事正規NAW。


 GA900。


 崩壊前の最新モデル。

 それも亡合衆国軍にて正式採用が決定されていた傑作だ。崩壊により、その生産台数は著しく少ないままに終わり、実質的価値は計り知れない。


 そのサイズはHA−88より一回り小さい。


 鋭い鏃型やじりがたの胴体に逆関節型の脚部。

 生物の筋肉を模したサスペンションは油剤の詰まったワイアが何百本も絡み合うことで構成されている。全身はスモークブラックの塗装に覆われ、カトラスのエンブレムが胸の上に鈍く光っている。


 背部には、双翼が如く張り出す二本の排気管。

 そこから噴出するガスは独自のソフトウェアによって調整され、姿勢制御の一助を果たす。最新モデルらしい独自の機構だ。


 その威容は強健なハシブトガラスを彷彿とさせる。

 戦神オーディンに仕える鴉の如く、獲物を仕留める術について思考しているように見えた。


 構える銃は120mmの対NAW野砲。


 銃と形容すべきか悩ましいその武器は、ややこしい変遷を辿った結果、今に至っている。防空陣地の構築を目的として設計された高射砲を高精度な野戦砲として転用し、挙げ句の果てにNAW用の兵装として利用したのである。


 兵器として陳腐化していき、現状の運用に収まっているのだ。


 とはいえ、その威力はNAW用兵装としては規格外だ。

 並のNAWの装甲ならクラッカーのように砕け散る。ただ、パイポッド前提のイかれた反動に加え、開発時期が古い為に照準装置もアナログ気味。


 GA900とは対極的なスペックだ。

 

 スコープの向こうに光るモノアイの更に向こう。GA900の操縦手は標的の姿を仔細に観察していた。


 初弾は確実に命中した。着弾を観測し、確かな感触を得た。

 

 だが、致命傷を与えたとは到底思えない。


 工業用NAWとは隔絶した想像以上の装甲。完璧なダメージコントロール機構。


 上空2000mの重爆を叩き落とす為に設計された元高射砲を撃ち下ろしたにも関わらず、あの工業用NAWは瓦礫の裏へとまんまと逃れた。その場に崩れ落ちる事なく平然と。


 完璧な不意打ちは、その右腕を吹き飛ばすだけに終わった。


 間違いなく、警戒すべき相手だ。


 コーザ=アストラの連中は、三体のT―96で構成された斥候が第六複合体のM90と相打ちしたと考えている。奴はその残骸からデータの詰まったメモリやCPUを剥ぎ取っただけだと。


 連中の予想は的外れだ。


「世界が終わっても、馬鹿の在庫は消えんらしいな」


 GA900の操縦者であるヤタはそう嘯いた。


 彼女は用心深い女だった。


 いや、偏執的と言うべきかもしれない。


 雇い主も、瓦礫の向こうの敵も、そして自分自身すらも彼女は見下していた。


 よりマシな選択は幾らでもあったはずだと常に後悔し続けている。 


 だからこそ、フリーランスという立場でコーザ=アストラという閉鎖的な民兵集団相手に取引を重ねてこれたのである。


 それは今回の作戦であっても何も変わらない


 相手は第四世代、それも工業用NAW。


 GA900の機体スペックで捻り潰しても構わないにも関わらず、怪物じみた得物を抱え、時計塔をよじ登った。


 貴重なAPC弾を弾倉に込めた。念入りに三度、弾道予測の演算を繰り返した。


 此処までは全てが予定調和に思われた。

 

 だが、あのふざけたスマイリーペイントが、揃いかけたパズルピースを破壊した。


 あれを吹き飛ばすまで、息をつく事はできない。

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