レシピ説明とナターリアのサプライズ
「この肉じゃがってのはライスとすごく合うんです。あと肉の質や好みにもよるんですが、牛肉よりは豚肉の脂が多い部分を使った方が、うまみもよく出て肉が柔らかいですね。経費も抑えられます」
「なるほど。牛肉は長時間煮込まないと固くなりがちですもんね」
「オンダ、ニンジンはあってもなくてもいい、ってのはどういう意味?」
「言葉通りです。入れる入れないでそこまで大きな味の違いはありません。野菜のうまみ追加と色合い的な映え要素が大きいです。ただタマネギは使うことで甘みが出ます。砂糖も控えられますし、個人的には入れた方が美味しいと思います」
ホラールにジェイミーが来てから、アマンダも加え、俺は料理の作り方やポイントを教えていた。
場所は、例のアマンダが借りることになったレストランである。
場所はエドヤからも徒歩で十五分かからないぐらいの位置だった。
もともと薄く埃が積もっているぐらいでとても綺麗だったし、軽く掃除しただけですぐ使える状態だったので、元から借りている夫婦の手入れが良いのだろう。
厨房が広くて調理がしやすい。コンロも五つあるので同時進行ができるのがいい。
ジルが言うには、経済的な負担が減るのはとても助かると感謝していたそうだ。
ナターリアも付きっきりでは店の仕事ができないので、三日間だけエドヤも休みにしている。
俺は料理人ではないので。大さじ小さじで計るような料理の仕方を今までしたことがない。
塩や砂糖など全てが目分量である。
一人暮らしが長かったので、味つけの感覚はもう慣れとしかいいようがない。
ナターリアが俺の横で目視して大体この位の分量、というようなメモを取ってくれているので、後で基本マニュアルとしてまとめてアマンダとジェイミーに渡すことになっているが、説明文だけだとどんなものなのか分かりにくいことも多々ある。味だって分かるまい。
そのため俺がこの国で受けが良さそうだな、と思うものをピックアップして作っているのだ。
「はい、どうぞ」
俺は出来上がった肉じゃがを皿に盛りつけると、取り分け用の大きなスプーンを添えてテーブルに載せる。
三人はそれぞれ小皿とフォークを持ち、おのおのポイントのメモをしながら味見をする、という流れである。
何としてもこの三日でそれなりのレシピを自分たちだけで作れるようになってもらう。
三日の休業は痛いが、今後のエドヤの知名度アップのためには必要なコストだと思えばいい。
「あ、美味しい。思ったより甘くはないんですね」
「優しい味わいで好きだね私は。うん、確かにタマネギが入った方がいいかも知れない」
「ジャガイモはマッシュポテトにして食べるのが一番美味しいと思ってましたけど、肉じゃがも美味しいですね。ニンジンがないと色合い的には確かに地味かも知れないです。自宅で食べるならいいでしょうが、売り物としては華やかな方がいいのでは?」
三人が色々と話し合いをしている様子を見ながら、味噌漬けにしていた豚肉を焼き、小麦粉をつけたサーモンをバターで焼く。
ついでにエビと鶏肉に衣をつけて揚げ、さらに別のコンロで野菜たっぷりのミソスープを作る。
「試食中すみません。今からやることは今後活用すると思いますので、注目お願いします」
俺はボウルに卵黄二つに塩を放り込み、ワインビネガーを酢の代用にして混ぜ始めた。
「ねえオンダ、これはなんだい?」
「今からタルタルソースというのを作ります。材料は基本四つだけで簡単なのですが、工程は覚えておいて下さい」
まったりしてきたベースに少しずつ菜種油を加えながら、白っぽく乳化するまでひたすら泡だて器で混ぜる。よし、そろそろかな。
軽く味見をして頷くと、先に用意しておいた刻みゆで卵をマヨネーズに混ぜる。
「家庭によって、これにピクルスなどを刻んで食感と酸味を加えるような場合もありますが、私がピクルスそんなに好きではないので今回は抜きますね」
出来上がったエビフライとサーモンのムニエルにタルタルソースをかけて一皿完成だ。
「さささ、どうぞ」
三人が食べている間にチキン南蛮用の甘酢タレも作る。まあモリーソースは魚醤なので少し魚っぽさがあるが、白ワインと火にかけて匂いを飛ばしてしまえば問題ない。ビネガーや砂糖なども加え、できた甘酢ダレをフライドチキンに絡ませ、こちらにもどーんとタルタルソースを、と。
「ささ、こちらもどうぞ。私の国ではとても人気があるメニューです」
ジェイミーたちは、馴染みのないタルタルソースの見た目に若干引き気味だったが、恐る恐る食べた瞬間、ぱああっと笑顔になった。
「オンダ、これとっても美味しいよ! 少し酸味があって、でも卵のまろやかさもあって……味の説明が難しいけど、これ色んなものにかけて食べたいぐらいだよ」
アマンダがそういうと、ジェイミーもナターリアも頷いた。
「このチキンのは私のお気に入りです! この甘酸っぱいタレとの相性が抜群ですよ」
「本当ですね! オーナーの国は本当に料理に対してこだわりがあるんですねえ」
「タルタルソースは少し手間はかかりますが、卵好きな人は多いですからね」
俺は笑顔で頷いた。食いしん坊の一人として、日本人の食へのこだわり、そして研究熱心で繊細な舌を心から敬愛している。
自分もちょこちょこと味見をさせてもらったりしつつ、ジェイミーに話しかけた。
「ジェイミーは、最初は特にアルバイトを雇ったりせず一人だけでやるんだよね?」
「そうですね。よっぽど忙しくなれば母に頼むこともあるでしょうが、人を雇うのは気を遣うので……とりあえずは一人でやってみようかと」
「それで私考えたんですが、ワンプレートで出すのはどうですか?」
「ワンプレート、ですか?」
俺はこの厨房にもあったワンプレートの皿を取り出した。
「この国ではベーコンや卵焼いて載せたり、トーストを載せたりって朝食メインで使われることが多いと思うんですが、日本は何種類ものおかずと一緒にライスを食べることが多いんですよ。ベントウっていって、テイクアウトの食事もそういう感じになっていたりします」
俺は四つに分かれたプレートを見ながら説明する。
「例えばここはライス、こっちにチキン南蛮、小さいところにサラダとかピクルスがあって、もう少し大きなところには肉じゃがとかね。一人でやれることには限りがありますしね。だからメニュー自体は全部ワンプレートで提供にしちゃって、メインのおかずだけ選べる形にする方が、楽じゃないかなと思うんですよ」
「……なるほど。作業工程が少なくて済むってことですね?」
「そうです。もちろん洗うお皿だって減るし、注文がバラバラでも混乱することもないですから」
「ああ、メインディッシュの変化だけなら、他が同じでいいですもんね!」
「そうそう。アマンダさんの方はテイクアウト専門の店にするから、最初から提案しようと思っていたんですが、ジェイミーのところも沢山のメニューを考えるより、サイドディッシュだけはもう固定にしてしまって、メインだけ毎日変更するような状態にすれば、まとめて作り置きも出来るんじゃないかなと思って。ずっと同じだとあれだから、たまにはサイドも変えたりして」
「そりゃあいいね!」
アマンダが手を叩いた。
「正直、テイクアウトのメニューをどうしようってずっと悩んでたけどさ、悩むところがメインディッシュだけならいいよね。月に数回サイドの方も変えたりすれば、お客さんだって飽きないだろうし」
「僕もその方法にしようと思います! オンダさん、気を遣っていただいて本当にありがとうございます」
ジェイミーが頭を下げるので慌てて止めた。
「私もモリーさんにはいつもお世話になってるし、この程度たいした話じゃないですよ。それに、メインとサイドの組み合わせはお二人のセンスですからね」
「うわあ、責任重大だ」
「私も責任重大じゃないか!」
皆で笑い合っていると、ナターリアが俺に近づいてきた。
「あの、オーナー」
「はい?」
「今日の講習が終わったら、少々お時間いただけますでしょうか? 実は私からちょっとお伝えしたいことがありまして」
「あ、はい、分かりました」
……なんだなんだ?
やはり転職か? 転職なのか?
でも長く勤めたいって言ってたし。いやでも。
不安で悶々としてしまい、他の料理を作り説明していても、気になってしょうがなかった。
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