恩田、サッペンス偽装旅に出る。
翌朝、アマンダとザックと一緒にトーストと昨日のカレーの残りを食べた後、ザックは畑に、アマンダは市場に店に出す食材の仕入れに出かけて行った。
昨日のプレゼントの効果なのか、行く場所がないなら数日ゆっくりしていけと言われた。
ホテルもないようだし、寝泊まり出来る場所があるのはとても助かる。
そんなに呑気にしている場合ではないのだが、玄関横のポーチに置いてある椅子に座り、遠くで働くザックを見ながらお茶を飲んでまったりしていた。
いや、実は意外とのんびりしてるように見えて脳内はフル回転しているのである。
俺が今一番気にしている問題は、トランクだ。
海外旅行で使いそうな大きなトランクは、自分が営業しやすいよう、フリーになってから買ったものだが、今の状況を思えばこの商品たちに助けられている。商品も実際沢山入っている。
だがいくらでかいといっても、トラックとかコンテナばりにでかいわけじゃない。
何が言いたいのかというと、
「商品がなくならないのを知っているのは俺だけで、お客さんはそうじゃない」
ってことだ。
要は、バザーのようにちょこっと商品を売るぐらいならごまかせても、トランクからぽんぽん途絶えることなく商品が出てくるのは、容量的におかしいと不審に思われてしまうのである。
何かのきっかけでトランクの秘密がバレてしまい、万が一盗まれでもしたらこの世界で俺は本当に詰んでしまう。ということは、あくまでも現状はトランクに容量的に入るであろう程度の商品しか売れないし、そうしないと違和感を持たれるということだ。
しかもそれすら何日もは出来ない。倉庫もないのに、毎日どうやって売れた商品を補充しているんだ? となるのは明らかだ。
ここでしばらくお金を稼ぐにも、まずその問題をクリアしなくてはならない。
(俺は強盗に遭って金を盗まれたという設定だから、資金繰りも兼ねてサッペンスに借りている倉庫から商品を取りに行く、一緒に来た同僚が心配して探しているだろうから、事情を説明に行くという流れにするのが一番自然だろう)
いつもメモ代わりにしているスケジュール帳を取り出すと、俺は細かい文字でちまちまと書き連ねる。確かサッペンスは馬車で丸一日の距離にあると二人が言っていた。
そうなるとこっちで荷馬車をレンタルするとして、往復で移動だけで二日か。
道中のトラブルや向こうでの事情説明などに割くであろう時間、しばらく倉庫に行くという言い訳をしなくてもいいように、トランクからある程度商品を取り出し、荷馬車に在庫を積み上げて確保しておく必要もある。まあ何事も順調なら、多分四日か五日で戻れるだろう。
俺は手元の財布(といってもこちらで買った皮袋の方だが)を見る。
昨日のバザーでの売り上げが十万ガル少々。昨日ザックに服の代金も受け取ってもらってないので丸々残っている。荷馬車のレンタル代はかかるだろうが、荷馬車で寝泊まりするつもりなら、五日ぐらいはこのお金で何とかなるだろう。
だがこの国で大きな町ならば、ホラールに持ち帰って売りたいような商品があるかも知れない。その仕入れも考えると不安が残る。
──結局、俺は常に営業マンでいたいのである。
自分で目利きし、いいと思った商品だけをお客様に売る。そして相手が気に入ってくれたら、それに対する達成感と見合った収入があるのが嬉しいのだ。
トランクにある商品は素晴らしい商品だが、反面、扱い慣れた商品でもある。
良さを伝えるのは簡単だが、同じ商品を扱っていたら刺激も薄れてしまう。
固定された商品しか売れないために、ストレスからフリーの営業マンになった頃と同じになりそうで怖いのだ。
逆にいつまでもトランクの中が常に補充されると安心していたら、急にそのメリットが消え失せてしまうかも知れない。
そのリスクを回避する意味合いでも、向こうで何か商品を仕入れたいとは思っている。
(そうなると、もう一日だけ稼いでから出発するか……)
そう決めると、まず荷馬車を借りれるところを探さねばと思い、アマンダが戻って来たら尋ねてみるかと考えていると、ちょうどいいタイミングでアマンダが荷物を抱えて戻ってきた。
だが、なぜか五歳ぐらいの女の子を連れた若い女性と一緒だ。
「オンダ、あんたにお客さんだよ」
「お客さん?」
よく見ると、昨日バザーでバウムクーヘンとホコリトレール三世を買ってくれた女性である。
「ああ良かった! やっぱりこちらにいらしたんですね。昨日アマンダさんと歩いて行ったって聞いたので、もしかしたらと思ったんですが」
自分たち夫婦もだが、特に子供がすごくバウムクーヘンを気に入ってしまって、また食べるまた食べるって騒いだらしい。確かに美味しいもんなあアレ。
「ちょうど良かったです。明日か明後日にはサッペンスまで在庫を取りに行こうとしていたので、入れ違いになるところでした。お一つでよろしいでしょうか?」
「あら、しばらくご不在なんですね。じゃあ義父母のところにも持って行くので三ついただけますか?」
「はい、少々お待ち下さいね」
俺は客室のトランクからバウムクーヘンを三つ取り出し、ちょっと考えてからジッパー付きの保存袋も二つ追加した。
「お待たせしました。四千五百ガルです。あとこちらサービスですのでどうぞ」
お金を払って品物を受け取った女性が、袋を見て首を捻る。
「こちらは何ですか?」
「食品の保存袋です。ほら、ここにスライドバーがついてましてね」
俺は簡単に使い方を説明した。
「バウムクーヘンは開封したら早めに食べないと表面がパサパサになってしまうんですが、これに入れておけば大分もつと思いますよ」
沢山買ってくれるお客様には適度にサービスしないと。今後の常連さん(予定)だし。
「まあ! ありがとうございます!」
嬉しそうに頭を下げる女性に、俺はついでにお願いをする。
「それで、残っている在庫をさばきたいので明日一日だけ、アマンダさんさえ良ければこちらの庭先をお借りして、色々商品を売りたいと思っています。十時から売り切れるまでの予定なんですが、よければ周りの方に宣伝しておいていただけると助かるんですが」
「分かりました!」
はしゃいでいる子供と帰って行くお客様を見送り、頭を下げた。
アマンダには事後報告みたいになってしまったので後で詫びたが、彼女は好きに使っとくれ、とニコニコしている。
「今夜、ウチの店でも宣伝しとくから」
何かいいことでもあったんですか? と尋ねると、
「これを見ておくれよ」
と髪に巻いていたほこりよけのスカーフを外す。
昨日に比べて格段に艶もあり、健康そうな髪の毛に見えた。
「ああ、あのシャンプーとトリートメント、使ってみたんですね。いいでしょう、あれ」
「朝起きてからのブラシ通りが全然違うんだよ。びっくりしちゃってさあ。なんか触り心地がいいと、ちょいちょい触りたくなっちまうね」
なるほど、それでご機嫌だったのか。良かった良かった。
「それで、報告が遅れましたが、恐らく港の周辺で仕事仲間が探しているだろうと思うので、荷物を取りに行くついでに安否報告をして来ようと思います」
「そうかいそうかい。それじゃ、帰って来たら、しばらくこっちにはいるんだね?」
「そうですね。まだまだ知名度が低い会社なので、あちこちの町で手分けして商品の良さを広めないといけないもので、あははは」
俺は荷馬車を借りれるところや、道中の注意事項などを聞き、準備を始める。
翌日はあのお客様が本当に宣伝をしてくれたようで、お客様がかなり来てくれ、先日と同じぐらいの売り上げになった。
これ以上でも売ろうと思えば売れたのだが、やはり商品の出し過ぎは良くない。
品切れ、と出して販売を終える方がいいだろうと早めに終わらせた。
よし、これでサッペンスに向かう準備はできた。
翌日、一週間の予定で借りて来た荷馬車にトランクと着替えを載せると、レインボーの花畑を眺めながら俺はサッペンスに向かって出発した。
さあ大きな町だっていうし、楽しみだ。いい商品もあるといいなあ。
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