だがしのかいじん

雑貨屋少女が店じまいで在庫のチェックをしていた時だった。

背後からめ回すような視線を感じる。

思わず彼女は後ろを振り向いた。


奇妙な生物……いや、生物なのかわからない。そんな存在がそこにはいた。

クラゲのように、にょきにょきした触覚の上にまん丸い頭部が乗っている。

目は3つで、白いギザギザの歯が光っていた。


「あ……あなたは、だがしのかいじん!!」


シエリアはまことしやかにささやかれている都市伝説を思い出した。

なんでも在庫チェックをしている時にそれは現れ、駄菓子だがしクイズを出してくる。

クイズバトルに負けるとお菓子を根こそぎ食べられてしまうという。


それが"だがしのかいじん"だ。


シエリアは初遭遇に身構えた。話によると抵抗は意味をなさないらしいが。

とりあえず正面から問いにぶつかっていくしかない。


「グゲッ!! グゲグゲ!!」


怪人は不気味に笑った。


「グゲゲゲ!! シッツモーン!! マグロクッキーニ、ツカワレテイルマグロノシュルイハ?」


少女は即答した。


「魚雷マグロ!!」


謎の存在は触手でマルをかたどった。

一問目からかなりコアな問題である。

シエリアは額をしたたる汗を拭った。思わず表情が固くなる。


「グシシ。オマエ、ミコミアル。ワタクシ、ソウイウヤツニハ、テカゲンシナイ……」


得体の知れない"圧"のようなものに押された。


「シッツモーン!! メロ・メロンパンミニノ、ヤキメノカズハナンボン?」


駄菓子屋だがしやは頭を抱えた。

人気でしょっちゅう目にするが、焼き目の数までは把握していない。

言われてみればどれも統一されていた気もする。


「ハイジカンギレー!! セイカイハ6ホン!! ミジュク、ミジュクナリー!!」


あたりはまばゆい閃光に包まれた。

シエリアが意識を取り戻すと駄菓子だがしの棚は空っぽになっていた。

彼女は駄菓子だがしにおいてかなりの自信を持っていたが、この一件で打ち砕かれてしまった。


この分野に誇りを持っていた祖父ボンモールに合わせる顔がない。

少女は再び菓子を補充した。

いつも通り、子どもたちが買っていくのを眺めていたが、完全に上の空だった。


噂によると"だがしのかいじん"は菓子を味わうだけでなく、クイズバトル自体も楽しんでいるらしい。

怪人に負けた店主は屈辱的な思いをする。


ゆえに人によっては駄菓子だがしの取り扱いを止めてしまうこともあるという。

これは泥棒や嫌がらせというよりは試練に近い。そう言う人さえいる。


今まで怪人に勝ったという話は聞くことが出来なかった。

無気力状態のシエリアだったが、だんだん腹が立ってきた。

いくらクイズに負けたからといって、駄菓子だがしを奪っていい理由にはならない。

それに人を試すようなマネをして一体何様のつもりなのか。


なにより全ての駄菓子だがしファンの楽しみを踏みにじる行為は許せなかった。

こうして駄菓子屋は怪人に勝てるように猛勉強を始めた。

勉強とは言っても教科書や参考書があるわけでもない。


少女はしらみつぶしに駄菓子だがしの味、見た目、形状、生産方法、豆知識などを頭に叩き込んでいった。

目隠ししての効き菓子なども行い、五感をぎ澄ませていく。

彼女の意気込みに賛同した駄菓子屋連中が、代わる代わるやってきて、難問を出題してくれるようになった。


こうしてめきめきとシエリアは極まっていき、不意の際どい問題もさばけるようになっていた。

あとは努力を続けつつ、だがしのかいじんが現れるのを待つばかりだった。


夕日が綺麗な黄昏時たそがれどき、在庫チェックをしていると独特の"圧"を感じた。

これは間違いなく"ヤツ"だ。

振り向くとそこには怪人が居た。


「グゲッ!! グゲゲゲ!! ウデヲアゲタヨウダナ。コンドハ、サイショカラホンキダ。ワタクシヲ、シツボウサセルナヨ!!」


相手は多数の触覚をウネウネさせて3つの目をチカチカと赤く点滅させた。


「シッツモーン!! プチ・ヨーグルグルットニツカワレテイル、タネキンノブランドハ?」


シエリアは迷うこと無く即答した。


「パパタ海の恵み!!」


怪人はピッと触手で少女を指さした。


「グッド!! マダマダジョノクチダゾ!!」


不気味にニタニタ笑っている。本当に正体不明だ。


「シッツモーン!! マッハ・グミノキャッチコピーハ?」


すぐに答えが浮かんできて雑貨屋はすぐに答えた。


「噛むと秒速42.195キロ!!」


押されているというのに出題者はなんだか満足げだ。


「ソウダ。ソウコナクテハナ。サイシューシッツモーン!! テッパンチョコデ、ハヲカクトモラエル、ケイヒンハ?」


これは実際もらった人にしかわからない難問だった。

だが、雑貨屋連中の知識がここで役に立った。


「はい!! 女神の差し歯がもらえます!!」


緊張の瞬間。

その直後、だがしやのかいじんは触覚でマルを作った。


「ミゴト……。ジツニミゴト。オマエハ、"ダガシノカイジン"ヲ、ツグケンリガアル。ソウ、オマエガツギノカイジントナルノダ!!」


シエリアは耳を疑った。

どうやらクイズバトルの勝者は怪人の跡継あとつぎにさせられてしまうらしい。

道理どうりで怪人に勝ったという話が出てこないわけである。

勝ったものは人知れず"だがしのかいじん"になってしまうのだから。


きっと彼も元は腕利きの駄菓子屋だがしやだったに違いない。

だが、それがわかったところでどうこうできるわけでもなかった。

少女は衝撃の事実にたじろぐしかなかった。


かいじんは3つの目を激しく点滅させてきた。

シエリアは逃げ出そうとしたが、身体が動かない。

そして無慈悲むじひなビーム光線が発射された。


(きゃぁぁぁ〜!!)


だが、悲鳴を上げたのはシエリアではなく、相手のほうだった。


「ギィヤアアアァァァ!!!!」


雑貨屋は何が起こったのかわからなかったが、しばらくすると状況が理解できてきた。

自分の胸につけていたペティット・エリキシーゼに当たったときの景品バッジが輝いている。

猛勉強中に当たり、死ぬほど嬉しくて肌身離さずつけていた物だった。


駄菓子のおまけの中でもトップクラスの希少価値がある。

それが怪人の光線を弾き返していたのだ。

かつて、だがしのかいじんは純粋に駄菓子が好きだった。

だからこそ、このバッジは苦しいほどまばゆく見えたのだ。


ビームを反射されて彼はもがいた。

だが、すぐに塩を塗られたナメクジのように小さくなってしまった。


「ダガシ……フォーエヴァー……」


気づくと化け物は爆散していった。

こうしてだがしのかいじんがそれ以降、現れることはなくなった。


めでたしめでたし……とはいかなかった。

シエリアを護った金バッジは光線のせいか、粉々に砕け散ってしまったのである。


「ああ、うわああぁん!!! 金バッジ、金バッジがぁ!!」


駄菓子屋少女だがしやしょうじょはその調子で数日間泣き続けた。

これが後に"シエリアの涙"というアメの名の由来になったとか、ならないとか。


……ヤケクソで駄菓子の怪人になりそうです!!

負け無しなら永久に怪人として生きることになるのかなぁ。

タダでお菓子食べ放題は悪くないかも……というお話でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る