ずっとあんさんの姉ちゃんやで

シエリアの店は営業を終えて閉店した。

自宅スペースに戻って食事や入浴などを済ませると彼女は眠りについた。

草木も眠る丑三時うしみつどき、何者かが屋根を突き破って墜落ついらくしてきた。


「ズガアアアァァン!!」


大きな音と衝撃で少女は飛び起きた。

慌ててライトをつけて落ちてきたモノを確認する。

翼を必死にバタつかせているが、鳥ではない。

それはしゃがれ声で救助をもとめてきた。


「あ〜。いつっ〜。翼も折れてもうたわ。お〜い。助けてや。はまってもうて抜けないんよ…」


よくよく観察すると、落ちてきたのはセイレーンだった。

セイレーンとは鳥の翼と脚を持っているが、頭と身体は人間の女性をした鳥女である。

噂では歌で海を行く旅人を魅了して、船を沈ませてしまうのだという。


海に住んでいるはずだが、ここセポールは国のど真ん中にあり、海はない。

セイレーンを引っ張り出すと、彼女は語り始めた。


「おおきに!! 全く、わては船なんぞ沈めたりせん!! ただ歌っているだけやで!! ほんま!!」


鳥人は酷いガラガラ声だ。


「ほんでな〜〜、セイレーン狩りとかいうてな、なんや煙玉みたいなもんで、ノドを焼き切られてしもうたんや。今はもう、歌えへん…。嬢ちゃん、なんとかならんかな? いや、ならへんな…」


シエリアは悩んだ。他人に害を与えそうなケースでは依頼を受けないことにしている。

本人に害意がなくとも、歌えるようになれば船を沈めてしまう可能性はゼロではない。

だが、店主は彼女を見捨てることが出来なかった。


「ちょっと見せてくださいね。はい、あ〜ん」


シエリアは彼女の口を開けてノドをのぞき込んだ。

ただれてはいるものの、完全につぶれたわけではなかった。

翼もかなりダメージを負っていたが、方向感覚は問題なさそうだった。


「これなら少し時間をかければ歌えるようになると思います」


「ほな、頼むでぇ!!」


「あっ…」


またもやシエリアは先行きの怪しい依頼を受けてし後悔した。


「名乗るのが遅れたわ。わてはアズミンや。あんさんの名は?」


頭を抱えて苦悩していた彼女は、振り向いて名乗り返した。


「シエリアです。アズミンさん、よろしくお願いしますね」


それを聞いたセイレーンは思いついたように言った。


「あんさん、わてより年下やろ? わての事、お姉ちゃんって呼んだったってええねんで!!」


雑貨屋少女は一人っ子で、お姉ちゃんとは完全に無縁だった。


「ほれ、ほれ、言うてみ?」


シエリアは顔を真っ赤にした。


「お、お…おねえ、ちゃん?」


それを聞くなりアズミンはシエリアの背中をバシバシと叩いた。

この日から奇妙な同居生活が始まった。


店主はノドと翼につける薬を日夜、調合した。

疲れて居住スペースに帰ると"お姉ちゃん"が料理を作ってくれていた。

意外とアズミンは器用で、家事全般を担当してくれた。


「お姉ちゃん!! このシチュー、とっても美味しいよ!!」


「な〜、シエリアの好物やしなー。たんとお食べや〜。あ、あと下着を脱ぎっぱなしにするのはやめぇ。女の子なんやから」


シエリアは顔が発火するほど恥ずかしがった。

時には桃色の髪をとかしてもらうこともあった。

徐々に鳥女に歌声が戻り始めた。透き通って綺麗な声色だ。

歌を教えてもらい、一緒に歌うこともあった。


雑貨屋少女はアズミンの歌を近距離で何度も聞いたが、特に異変はみられない。

この頃になると、誰かに危害を加えることはないだろうと確信できた。

やがて、翼が治ってくるとアズミンは天井の穴から飛び立って夜な夜な歌うようになった。


美しい歌、やさしい歌、癒やされる歌…。

それらはセポールの人たちの心をうるおわせた。

それなりに目立ってはいたが、シエリアは神経質にはならなかった。


もし彼女が海辺で見つかれば袋叩きにあうかもしれないが、ここは内陸だ。

ほとんどの人がセイレーンとハーピーの違いもわからない。


そんな夜が何度か過ぎた時、別れは突然にやってきた。

それは2人で夕食を食べている時だった。


「シエリアな、うち、海辺に帰ろうと思うねん」


思わず妹はテーブルを叩いた。


「ど、どうして? このままじゃダメなの⁉ 私がなにか悪いことした⁉」


アズミンはシエリアを正面から見つめた。


「そないやない。うちはシエリアが大好きや。だからこそ、誤魔化ごまかしちゃいけんことがあるんや。わてはセイレーン仲間におうて、人をまどわすのを止めるよう説得したいんや」


シエリアは黙ったまま手のひらを口に当てた。


「ここままじゃ、わてらも人間も幸せになれへんねんねや。そりゃいきなりノド焼かれたら人間なんてイヤになるわ。でもな、あんさんみたいな良い人間もおるってわかったんや」


思わず雑貨屋少女は涙した。


「本当はここにずっとおりたいねん。でもな、シエリアならわかってくれると思ったんや。かわええかわええ妹やさかいな」


「お姉ちゃ〜〜ん!!」


シエリアはアズミンに抱きついて夜通し泣き続けた。

アズミンも妹を強く抱きしめ返した。

翌日、セイレーンは旅支度を終えると天井の穴から飛び立っていた。


「シエリア〜〜!! 達者でなぁ〜〜!!」


別れの決断をした妹は満面の笑みでアズミンを見送った。


「お姉ちゃ〜〜ん!! 元気でね〜〜!!」


こうしてセポールの夜の歌声はパタリと止んだ。

まるで夢の中の出来事だったが、たしかに人々の心には美しい声が残った。

シエリアは感情的に動いたが、それは年相応としそうおうのものだった。


思えば幼い頃から一人暮らしで店を切り盛りしてきた。

疲れてジャンクフードしか食べないこともある。

時には洗濯物をほったらかすこともある。


そんな彼女にお姉ちゃんが出来たのだ。

最初は戸惑ったものの、徐々に嬉しくてしょうがなくなっていた。

彼女がアズミンに依存していったのは無理からぬ事であった。

17歳とは言っても、まだ幼さを残した少女なのだから。


シエリアは寂しくなると、お姉ちゃんと一緒に歌った夜を思い出した。

その時の鼻歌を歌うと心がリラックスしていく。

いつのまにか姉の残した歌は少女の力となった。


「私に〜歌〜と〜つばさ〜が〜あ〜れ〜ば〜♪」


少女が気分良く歌っているとなにやらバタバタと足音が聞こえてきた。


「しっ、シエリアさん!! 結婚してください!!」


「キャー!!!! シエリアちゃん、私をお嫁さんにして〜〜!!」


「結婚するのはわし――!!」


「あたしの結婚指輪を――――!!」


「僕だっておもちゃの指輪を――!!」


…お姉ちゃんとのお別れは身体を引きちぎられるほど辛かったです。

でも「わてはどこにいてもあんさんのお姉ちゃんやで」って言ってくれたので、私は1人じゃありません。


それに、お客さんたちも居ますから。もう寂しくありません。

でもみんながハーピーの歌で魅了チャームされてしまったようです。

自分でそういうのもなんかアレだなぁ。


…嬉しいような気もするけど、やっぱ困っちゃうなぁ…というお話でした。

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