恐怖!! 水玉模様の惨劇!!

シエリアの店は今日もぼちぼちの客入りだ。

とくに目立ったトラブルもなく、平穏な一時が続いていた。

だが、一見して普通のお客さんに見える人物がウワサの店として依頼してくることもある。

これはその一例だった。


雑貨屋には道具だけでなく、肉や魚、野菜も取り揃えている。

店主が調理法も教えてくれるし、まさに主婦の味方である。

そんな中、小さな少年がカウンターに小銭を置いた。


「ねえちゃん、水玉ザリガニを売ってくれ」


それは名前のまんまで水玉模様のザリガニである。

雨が降るたびに甲殻こうかくに玉が増えていく。

あちこちの沼に生息していて、子供が釣って遊んだりする。


念入りに泥抜きすると非常に美味であるが、仕込みをしないと臭くて食べられたものではない。

この雑貨店でもそれを取り扱っていた。


店主はニコニコしながら尋たずねた。


「はいはい。キミ、お母さんのおつかいかな?」


そう聞くと少年が不機嫌そうな顔をした。


「よ、余計なお世話だろ!! さっさと見せてくれよ!!」


いきなり声を荒らげたので、ちょっとだけシエリアは驚いた。

そして、すぐに店の奥からタライを取り出してきた。


「はい。これね。しっかり泥抜きしてあるからそのまま料理しても大丈夫だよ〜」


店主はニコニコ顔にもどって少年の顔を覗き込んだ。


「こんなんじゃ……こんなんじゃダメなんだよ!! もっとドブ臭いやつは居ないのかよ〜〜!!」


少年はいきなり泣き始めてしまった。店に客がいないのが幸いだった。

彼が泣き止むまで店主は優しくなだめた。

やがて、その少年は事情を話し始めた。


「毎回毎回、水玉ザリガニ釣り対決でちっとも釣れないんだ。それで毎回バカにされて……。他のヤツは3匹とか5匹も釣ってんだぜ⁉」


少年は名をトリポンと言った。

どうやらザリガニ釣りに勝つため、ズルして買いに来たらしい。

しかし、泥臭くないザリガニでは買ったのがバレてしまう。

おおかた、そんなところだろう。


大人からすると鼻で笑って終わりの極めて些末さまつな問題だ。

しかし少年時代を全力で生きる彼にとってはこの上ないトラブルである。

"トラブル・ブレイカー"としてはこれを見過ごす訳にはいかない。


シエリアはそんな少年を諭さとした。


「勝負は自分の力で勝ち取らないと面白くないんじゃないかな。釣れるように特訓しようよ!!」


トリポンは涙を拭うと首を縦にコクリコクリと振った。

つい安請け合いしてしまったシエリアは心のなかで叫んだ。


(あ〜〜!! またやっちゃったぁ!! どうしよう。ザリガニなんて釣ったこと無いよ〜〜!!)


ボロが出る前に彼女は取り繕った。


「今日はもう日が暮れるから特訓は後でやろう。そうだな〜、お姉さんちょっと忙しくてね。4日後にしよう!!」


少年の顔がパァっと明るくなった。


「うん!!わかった!!約束だぞ!!」


そう言いながら彼は帰っていった。


4日という中途半端な日数はシエリアがなんとかできるか判断する微妙なラインだった。

これ以上、時間をとってもトラブル・ブレイクできない。

それは彼女の直感だった。


案の定、すぐにはいい解決法が見つからなかった。

泥臭いザリガニを取り寄せるのも反則であるし。

となればやはり釣るところからのスタートだろう。


「う〜ん。竿はどれでも変わらないっと。エサで決まるかな? 匂いも味も濃いマジカル練餌ねりえとかあるけど、これはまた卑怯だなぁ。それはガチの大人のやることだし。成金イカとか、森林ソーセージあたりで釣らないとまずいね」


なにか手がかりがないかと彼女は考え込んだが、何も浮かんでこない。


「おやつにしよっと」


シエリアは駄菓子の棚からチッブスを取り出した。

つまみ食いするのはオーナーの特権である。


「じゃーん!! 水玉ザリガニせんべい〜!! これがまたおいしいんだ。エビみたいな味で、なんとも香ばしい。水玉模様もオシャレだし、アクセントの塩ペッパーがクセになるね!!」


せんべいをパリッとかじった直後、彼女はひらめいた。


「あーっ!! そうだ。新しい図鑑なら何か載ってるかもしれない!!」


書籍しょせきから情報を引き出すのはシエリアの十八番おはこである。


彼女は売り物の水棲生物すいせいせいぶつの図鑑を読み始めた。


"水玉ザリガニは視力がほとんど無い。移動、エサの捕食、危機回避などはすべて頭から生えている触覚で行う。しかも上から見て右側のヒゲには神経が通っていない。実質、左の触覚だけを頼りに活動している"


それを見た店主はしばらく黙り込んだ。そしてじわりと感嘆かんたんの声を上げた。


「おぉ〜。これ、ホント? 全然知らなかったよ!!」


早速、ザリガニのタライに捕獲用のフォークをつっこんだ。

狙いを定めて甲殻類のヒゲを右側から突付く。

普通なら飛び退いてにげるはずだが、そのザリガニはびくともしなかった。


「うわぁ。本当だぁ!! 右側はぜんぜん見えてないんだ!! これを知らないと釣れるわけ無いよ」


少女はびくともしないザリガニをまた突付いた。


「きっとカンの良い子がこうやって釣ってるんだ。そりゃあテクニックがわかってもバラしたくないもんね……」


それを知ったシエリアはギュウっと拳を握った。


「よしッ!! この勝負、もらったよ!!」


4日後、シエリアとトリポンの猛特訓がはじまった。


「いいね? 水玉ザリガニは左の触覚しか使ってないの。だから、必ず餌は上から見て左側に投げるんだよ」


それからというもの、少年は何度も雑貨店に通った。

そして着実にザリガニを釣りの腕を上げていった。


「ねえちゃ……いや、師匠!! 俺、やれる気がしてきました!!」


たくましくなったトリポンを見て店主は感慨かんがい深く思った。


「子供同士の対決だから私は行けないけど、自分の努力を信じて勝負すれば結果は必ずついてくるよ!!」


決戦の場はカップァの沼である。

対決の日、師匠は弟子の帰還を待っていた。


「そろそろかな……」


すると、夕日を背にトリポンが走ってきた。


「や、やったよ師匠〜〜!! 数え切れないほど釣れたよ!! ヒャホウ!やったぜ〜!!」


少年がバケツ片手にこちらへ走ってくるのが見えた。

シエリアはガラにもなくガッツポーズをした。

そんなアツい空気が漂っていたのだ。

苦労した甲斐があったと言うものだ。これだからこの仕事はやめられない。


トラブル・ブレイカーの少女はそんな充足感を得ていた。


だが、次の瞬間……。


「あッ!!」


トリポンは盛大にコケた。そして彼の持っていたバケツは宙を舞った。


――どぷぅッ!!―――


ドブ臭いザリガニがわらわら入った容器をシエリアは頭からかぶった。


「きゃ……きゃああああ〜〜〜!!!! う、ウソでしょ〜〜〜⁉」


これ以来、シエリアが店でザリガニを取り扱うことは二度となかった。




……1日3回お風呂に入っても1週間はずっと体中がドブ臭かったです。

ザリガニなんてもう二度と見たくもないです……というお話でした。

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