アクトマジック
4N2
聖女転生編
天才女優 上瀬ユイ
上瀬ユイは、日本の歴史上天才という言葉が最も似合う女優であった。
15歳の時に学生ドラマのヒロイン役でデビューした上瀬ユイは、すぐにスターダムへとのし上がった。
ある時は、圧倒的な美しさを誇るヒロイン役。
ある時は、誰もが恐れるサスペンス映画の犯人役。
ある時は、狂気じみながら大暴れするコメディ映画の主役。
ある時は、壮大な冒険の旅に出るSF映画の冒険者役
彼女が芝居で見せる変幻自在の圧倒的な表現力と、どれだけ酷い脚本でもひとたび彼女が演じればそれだけで映画として成立するほどの存在感から、付いた異名は『異世界から来た魔法使い』。
20歳を超える頃には、日本国内での賞をほぼ全て獲得。しかし、表彰式の場に彼女が立ったことは一度も無い。
数少ないインタビュー動画にしか出演したことの無い彼女は素性が知れず、それゆえに数多くの信者を作り出し、カルト的な人気を生み出した。
そんな、若くして役者の全てを手に入れた上瀬ユイは、25歳になった誕生日に突然の引退を発表した。
理由などが記載されていない簡素な引退文のみでのキャリアの終わりは、様々な憶測やファンの暴動を生みだしたが、時代の流れと共に鎮静化していった。
不思議なのは、このSNS全盛の時代に、引退後上瀬ユイを見かけたものは一人もいない事。そしてそれが、彼女が引退後15年たった今でも伝説的な女優として語られる原因の一つでもある。かつてテレビや映画に出ずっぱりであった女優にとっては皮肉なものだ。
この物語の主人公南 渚が生まれたのは、上瀬ユイが引退して数日後。
初めて上瀬ユイの演技を目にしたのは、彼女が引退して三年後。
きっかけは、たまたま家の本棚に置かれていた一本の映画が収録されたDVD。
母親と二人暮らしだったこともあり、家で一人で過ごす時間が多かった渚は、すぐに上瀬ユイに夢中になった。
全ての作品で全く別の人物になりきり、現実か空想かの判別を付かなくさせる上瀬ユイの演技は、まだ幼かった渚にこう思わせるには充分であった。
『演技は魔法』だと。
♦
「来なきゃよかった」
南 渚は、目の前にある『宇田川演技スクール』と書かれた錆び付いたボロボロの看板を見て、ショートカットの黒髪が膝に付くぐらい頭をがっくりとさせながら、ため息を吐いた。
スクールという響きに似合わないトタン屋根。
廃墟と言われても納得できる程の禿げたペンキ。
古臭いドアノブは接着剤で固められたかのようにビクともしない。
渚は全身の力を使い、思いっきりドアノブを回した。
すると、ドア自体は意外にもスムーズに動き、勢い余った渚は、「ぐわっ!」と声を上げながら、放り出される様に室内に飛び込んだ。
中は薄暗い明かりがいくつか光っていて、所謂ダンススタジオにあるような大きなミラーが備え付けられている。
倒れたまま辺りを見回す渚。
しかし、人の気配はどこにも無い。
あるのは一枚の『ニュースター発掘オーディション』と書かれたポスターの張り紙。
渚は少し安堵した表情を浮かべた。
「よし、ママに『ここには誰も居なかった』って言おう。そりゃそうよ。こんなボロッちい場所で演技の先生なんているはずないんだから」
「ボロッちくて悪かったな」
「えっ?」
突然聞こえてきたその声に、渚は再度辺りを見回す。
だが、当然の様に誰も居ない。
(まさか…)
そう思った渚は、恐る恐る頭上を見上げた。
渚の目に映ったのは、一人の男。
年齢は、顔に刻まれているしわの数から察するに、四十代前半。
180cmはありそうな身長に合わさった細身の体。全く整えられていないもじゃもじゃの白髪交じりの黒髪。ぎょろりとこちらを覗く大きな目、その下には大きな隈。青白い肌は、生気を全く感じさせない。
「ぎぃぃぃいいいい1!!!出たぁぁああああ!!!」
渚は大声で叫びながら、逆向きになったアリの様に這いずりながら男と距離を取った。
男は「くくく」と笑いながら、ゆっくりと渚へ向かって近づいてくる。
「ああ、お前、俺の事見えてんだ。だったら、生きたまま帰してはやれねえな」
男の周囲から漂う冬の真夜中の様な鋭く冷たい空気。
一歩一歩渚へと迫る足は、タイルの床だというのに全くの音を出さない。
点いているはずの明かりが暗く見える。
一般の人が放つ雰囲気とは全く異なる男を目の前に、渚は壁に全身を縫い付けられたかのように身動きが取れない。
渚は既に、恐怖の限界に達していた。
「あわわわわわわわ」
言葉にならない言葉を発する渚。
男はもう渚に手が届くところまで来ている。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
渚は必死に両手を擦り合わせて祈る。
男は舌を大きく垂らしながら、首を傾げる。
「どっから食べちゃおっかな~!」
「ひっ…ひぇぇえええ…」
限界の向こう側へと行った渚は、泡を吹きながら倒れた。
それを見た男は、苦笑いを浮かべながら一言呟く。
「あっ、悪い。やりすぎちまった」
薄れゆく意識の中、渚は走馬灯の様に今日の出来事を思い出していた。
それは、そもそも渚がこんな目に遭っている根本的な理由であり、渚にとって大きな事件である。
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