朱雀門で笛を奏でし者(2)
空が光っていた。しばらくすると遠くの方から雷鳴が聞こえてくる。
雷、特に落雷は人々に恐れられていた。
まだ晴明が子どもの頃に、
このように理由の説明ができないような出来事が起こると、人々は怨霊やあやかし、
「晴明殿、ちょっとお話があるのですが」
やることがなく、陰陽寮の中をぶらぶらと歩き回っていた晴明のことを呼び止める者がいた。それは同僚の陰陽師であり、歳は晴明よりも二〇は若かった。
「どうかしたのか」
「ちょっと奇妙な話を耳にしまして」
「奇妙な話?」
「ええ。
若い陰陽師がそう口にすると、晴明はあからさまに嫌悪感のある顔をして見せた。
それは、お前も鬼やあやかし、物怪といった
「それがどうかしたのか」
「古くは、
「その話は知っている。しかし、それは
「でも、それが御伽噺では無いとしたら」
「馬鹿も休み休み言え」
晴明は笑いながら吐き捨てるように言った。
「最近のことでございますが、夜な夜な朱雀門より笛の
「どこぞの笛の名手が朱雀門に昇って吹いているのだろう。なぜ、そこで鬼と結びつくのだ」
晴明がそう言うと、若い陰陽師は一度あたりを見回すようにしてから声を潜め、晴明にだけ聞こえるような小声で囁いた。
「見た者がいるのです」
「ほう」
先ほどまで興味無さげにしていたはずの晴明が、ここで始めてその話に食いついた。
「どのようなモノを見たというのだ」
「背丈の大きく、顔全体は髭で覆われたような鬼だったと聞いております」
「ほう。その話を誰から聞かれた」
「それが……」
若い陰陽師は急に口が重くなる。
あまり口に出したくない名なのだろうか。晴明は若い陰陽師のことを見ながら考えた。
「
「なんと……」
若い陰陽師の口から出てきたのは、晴明が思っていたよりも位の高い人の名前だった。
源博雅といえば、
「博雅様といえば、
「そうであるな……。して、その奇妙な話をなぜ私に話されるのだ」
「それは、晴明殿に確かめていただきたいからです」
「朱雀門の鬼をか」
「はい」
「なぜ私なんだ。私よりももっと鬼退治に向いている陰陽師たちは沢山いるだろう」
「博雅様からのご指名なのです」
「なんと……」
これは参ったぞ。晴明は苦虫を嚙み潰したような顔つきになりそうになったが、それを隠した。
まさに蒔いておいた種が予想外なところで芽を出そうとしているではないか。誰が好き好んで鬼退治などしたいと思うものか。天文と
しかし、考え方を変えてみれば源博雅のような上級貴族との繋がりが出来るのも悪くはないことだった。博雅もいまは武官ではあるが、将来は公卿となる可能性も無くはない。
この繋がりを逃すのは勿体ない。晴明は頭の中で色々な算段を重ねていた。
「わかった。私が何とかしよう。明日の朝にでも、博雅様を訪ねてみる」
「そうですか。ありがとうございます」
「ところで、貴殿と博雅様の繋がりは、どのようなものなのだ」
「実は母方の叔父が……」
こうして、晴明は源博雅との繋がりを作ることとなったのだった。
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