p.05 不意打ちはどきどきします

(……そろそろこちらから送ってみるか)

 まだ魔女からのメッセージは届いていない。これまでの傾向からして今日も夕方頃に送るつもりなのだろうと予想し、魔術師はメッセージカードを開いた。

 本来であれば自身の力が強くなる夜に言葉を紡ぐほうが望ましく、また道を固めるという作戦を悟られぬよう、これまでは魔女への返事という体でメッセージを送っていた。

 しかし、契約時には慎重なそぶりを見せていた魔女だったが、メッセージカードを手にしてからは毎日、楽しそうにその日の報告や質問をしてくる。余裕の表れなのか、作戦のうちなのか、魔術師にはわからない。それでも負の要因とはなるまいと、ここは攻めの姿勢を崩さずにいく予定だ。

(予想より早く道が固まったからな。……さて、あの魔女はどう出るか)

 自身の領域である森、そこに悪影響を与える可能性があるというただ一点において、魔女は魔術師の行いに口を出した。他の、非人道的で享楽的な遊びのほうがよほど咎められようというのに、まるで気にしていないようであった。

 やはりあれは魔女なのだと、魔術師は嬉しく思う。それでこそ壊しがいがあると。


 冬の昼下がりに濃い影が落ちる。魔術師が口の端で笑えば、空間は艶かしい夜の雰囲気をまとった。

 すらりとしつつも骨ばった手が弄ぶようにペンを走らせる。

『準備は進んでいるか? まさか遊んでばかりではないだろうな? 全力を出してもらわないと張り合いがないからな、真剣にやれよ』

 何気ない言葉を紡ぎ、強くっていく。こうしてできる魔術の糸は切れにくくなる。

 魔女たちの使う魔法は自然そのものであり、時に優しく包み込み、時に奔流のような傲慢さを見せる力だ。たったひとりのちっぽけな人間が立ち向かえるものではない。

 しかしそれゆえに、魔女は小さな綻びを見逃しやすい。しなやかに調整された魔術がその隙をつくことは不可能ではないと魔術師は考えている。

(そういう意味で、あいつの提案は都合がいい)

 相対する状況で、じっくり魔術を練り上げられる機会などそうそうない。歓楽街での遊びのような、その場かぎりの悦楽に浸るのも好みだが、気配に敏感な野生動物の前で息を潜め、高潔無比な獲物を狩ることもまた、魔術師の好みであった。

「ご主人サマ。メッセージ、届いタ」

「……早いな」

 ほんのわずかな時間で灯りをつけたメッセージカードに、魔術師はやや呆れた目を向ける。あの魔女はもしかすると純粋にこのやり取りを楽しんでいるのではないかと錯覚しそうになり、すぐに「あり得ない」と甘い考えを追い払った。

 が、そんな自嘲めいた思考は、あっという間に吹き飛ばされる。

『まさか魔術師さんのほうからメッセージが送られてくるとは思っていなかったので、驚きました。不意打ちはどきどきします……! それにしても、お返事を待っているあいだも楽しいものでしたが、意識していないときにふわりと灯る火に気づくのも、いいものですね。またこうして送ってくれたら嬉しいです。

 祝祭の準備はしっかり進んでいますよ。内容は勿論、秘密ですけれど。全力で楽しんでいただきますから、ご安心ください!』

 望んでいた答えではなかったことに、魔術師は小さく舌打ちを漏らす。

(……ったく、余裕に構えやがって。ただまあ、収穫がなかったわけでもない)

 ねだられたのだから、また仕掛ければいい話だ。そう考えれば魔術師の気分は少なからず上向いた。

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