ユーリカの栞

p.01 決着をつけましょう

「決着をつけましょう」

 魔女が溢した小さな呟きは、レースカーテンのごとく空から垂れ下がる淡い霧を伝い、確かに魔術師の鼓膜を揺らした。

 魔術師はその静かな言葉をゆっくりと味わうように飲み込む。口に合わない清廉さに一瞬だけ眉をひそめ、さらに時間をかけて酷薄な、それでいて愉悦の滲む笑みを浮かべた。

「……は、この状況で?」

 ゆらりと呆れたふうに手を振って、魔術師は周囲に目を向ける。

 無残なほどくしゃりと潰され形の崩れた落ち葉。

 新たな季節を知らせるだけに留まらない、凍てついた刃のような風。

 怯えきり、太い枝に掴まってぶるぶると震えている妖精。

 そのどれもが、眠りの季節にありながらも豊かさを失わないはずのこの森が、魔法と魔術の激しいぶつかり合いによって今まさに損なわれようとしている証であった。

 そしてなにより、対峙する二人が疲弊しきっているという事実。決してそれを表に出すことはないのだが、実のところ、二人はこれまでの戦いでかなりを消耗していた。互いがそれを理解しているからこそ、魔術師の言葉は現実味を帯びる。

「ですが、これ以上森が荒れてしまうのは、好ましくありません……」

 悲しげに目を伏せる魔女。造形に鮮やかな色彩を持ちながらも、表情ひとつで、彼女は儚いものなのだと認識させる手腕にはさすがだと思わざるを得ない。

 これでは自分が苛めているみたいではないかと反論するように魔術師は首を振った。しかしその評価が己の価値を損なうものではなく、むしろ正当なものだと、他ならぬ彼自身が知っているのだ。

「方法は」

「もうすぐ祝祭があるでしょう? より素晴らしいおもてなしをしたほうが、勝ちです!」

 こっくりとした葡萄酒色の瞳に星を散りばめたような光が浮かぶのを見て、そういえばこいつはこんな奴だったかと魔術師はため息をついた。


 わずかに頬を引きつらせたように見えた魔術師であったが、他人との会話に慣れた彼は立ち直りも早い。大仰に息を吐いたと思えば、次の瞬間には唇に愉悦を乗せている。

「夜だろ? 配分はどうする」

「人間は、祝祭の前夜にも特別な意味を持たせると聞きました。ですので、祝祭前夜と祝祭当日、それぞれが受け持つというのはいかがですか?」

「……まあ、いいだろう。日は俺が選ぶぞ」

 ええ、と咄嗟に答えかけて、魔女は少しためらった。その一瞬の迷いに気づいたように魔術師は片方の眉を持ち上げる。

「慎重なことだな」

 これはもう手遅れか、それともただの戯れか。魔女には判断することができない。なにしろ相手は息をするように言葉に悪意を潜ませる魔術師なのだ。考えても仕方ないことだと割りきることにして、できるだけ自然に見えるよう微笑みを浮かべた。

「わたくしが方法を提示したのです。魔術師さんが選ぶので、構いません」

「なら俺があとだ。後悔するなよ?」

 そう言って細められた魔術師の瞳には、磨かれた黒檀の、艶やかな鋭さが浮かんだ。捕食者じみたその笑みに、魔女はもう一度ためらい、それからこくりと頷く。


 かくして、およそひと月後の祝祭日、魔女と魔術師はともに過ごすことが決定した。

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