第36話 迷宮変異


 いったい、誰だろう?

 探宮部員の誰かが『迷宮変異』した姿なのだろうか。


 待てよ。いくら『迷宮変異』したとしても身長はそんなに変わらないって聞いたことがある。じゃあ、蒼ちゃんや他の探宮部員では無いってことか。

 なにしろ、部員の中で一番背が低いのは不本意ながらボクなのだ。目の前の女の子はボクとそんなに変わらない身長に見えた。

そもそもだ、このボクが蒼ちゃんを他の誰かと見誤るなんてことは絶対にあ

り得ない(根拠のない自信)。蘇芳さん達との身長差の件もある。なので、この娘と会うのは今日が初めてという確信に至った。


 そうなると初対面の美少女がいったいボクに何の用だろう。


「え……と、いいですけど、あなたは?」


「『キャナリー・ライム』よ。初めまして」


 うわっ、厨二病来た。と思ったけど、探宮者名か。異界迷宮では本名を名乗らないのが一般的なルールだ。


「『シロフェスネヴュラ』です。よろしくお願いします」


 ボクもそのルールに従って探宮者名で答える。


「シロフェ……『シロ』さんね。こちらこそ、よろしく」


 あ、省略された。まあ、長い名前は覚えづらいもんね。『シロ』はよく呼ばれる愛称だから、慣れてはいるけど。


 それにしても……と改めて『キャナリー』さんをこっそり観察する。


 髪は黄色と言うよりレモン色のミディアムで、容姿も整っている。うん、蒼ちゃんにはさすがに敵わないけど、かなりの美少女だ。これなら顔面偏差値が異様に高い我が探宮部に入部できるレベルと言っていい(謎の上から目線)

 

「ところで、シロ。あなたってどこの事務所に所属してるの?」


「へ?」


 いきなりの呼び捨てより、意味不明な質問に呆気にとられ、ボクは思わず間抜け顔を見せてしまう。


「……事務所というのは?」


「芸能事務所に決まってるでしょ……まさか、あなた無所属ってことは無いでしょうね?」


「えと、どこにも所属なんてしてません。強いて言えば高校の探宮部所属ですけど……」

 

「はあ? ホントなの、シロ? あなたって事務所期待の新人のこの檸檬ちゃんに匹敵するレベルの可愛さなのに?」


 見ず知らずの女の子に可愛いって言われた? なんか嬉しい。


「えへへ……ありがとうございます。可愛いって言われて凄く嬉しいです!」


「へ、変な娘ね、シロは」


 レモン髪美少女の檸檬(仮名)ちゃんは感動しているボクに若干引き気味だ。


「けど、シロだって配信始めたら、きっと(芸能事務所から)声がかかると思うわよ。覚悟しておいた方がいいわね」


 ありゃ、心配してくれてる。意外と良い娘なのかもしれない。


「そう言えば、シロ。あなた、クラスは何だったの? 檸檬はSRの『歌姫』を引き当てたんだから」


 『歌姫』は『吟遊詩人』(レア)の上位クラスだ。


 それより檸檬(仮名)ちゃん、先ほどから本名駄々洩れしてるけど、大丈夫なのだろうか? 個人情報漏洩もいいとこだと思う。でも、自分のこと名前呼びする娘って、ちょっと可愛らしくない?。


「えっ、あの娘。クラスが『歌姫』なんだ。すげえ――」

「ホント神引きだよな」

「いいなあ」


 ボク達二人を遠巻きに見ていたギャラリーからも感嘆の声が上がる。


 それを耳にした檸檬(仮名)ちゃんは、ふふんと得意げに胸を張った。


 その仕草も何か微笑ましい。


「で、シロのクラスは?」


「『商人』です、UCアンコモンの……」


「え?」


 ボクの答えに檸檬ちゃんは固まる。


「嘘……?」


「本当です、ステータス画面見ますか?」


「いえ、いいわ」


 何とも言えない表情になる。


「ぷっ、商人なんて一般人のクラスだろ」

「笑ってやるな、可哀そうに」

「俺なら探宮者やめるな」

「でも、あんだけ可愛いけりゃ、普通にMytubeとか配信やれば人気出るだろ」


 ギャラリーから心無い言葉と嘲る笑いが起きる。


 すると檸檬ちゃんが振り返って、言葉を発した連中をギロリと睨みつけた。


「ひっ!」

「怖っ」


 小さくて可愛い姿から想像できない威圧感を放つ。SRクラスの凄みか、はたまた『歌姫』のスキルなのか。どちらにしても凄い圧力を感じる。


「シロ、あんなの気にしなくて良いからね」


「あ、ありがと」


「それと人前でクラス聞いて悪かったわね。あとクラスガチャ、どんまい」


 ちょっとバツが悪そうな表情で謝罪する姿がとてもキュートだ。


「えと、ボクつくもって言います。ありがとう檸檬ちゃん、慰めてくれて。あ、檸檬ちゃんで合ってるよね?」


 ボクは檸檬ちゃんに近づき小声でお礼を述べる。


「え? なんで? 何故、バレた? それとも初めから知り合い?」


 本名を言い当てられて、わたわたする檸檬ちゃん。


「バレバレだって、檸檬ちゃん。けど、他の人にバラさないって約束するから安心して。ただ、異界迷宮では一人称、気を付けた方が良いと思うよ」


 本名バレした檸檬ちゃんが、ぐぬぬと唸っていると、係官に案内されて新たな一団がホールに入って来るのが見えた。

 その中の青い髪の女の子が不意に何かに気付いたようにこちらへと駆け寄って来る。そして檸檬ちゃんの横をすり抜けるとボクの前に立った。


「……つくも君」


 小さな声でボクに話しかけてくる彼女が誰か、もちろん、ボクにはすぐわかった。


「あおいちゃん?」


「うん、そうだよ。でも、ここでは本名禁止」


「先に言ったの、そっちじゃん」


「ふふっ」


「あ、笑って誤魔化した」


 お互いクスクス笑っていると後方の集団が、ようやく蒼ちゃんに追いついた。


「おい、ラピス。独断専行は止めろと言っただろう」


 先頭の赤髪ショートのイケメン風女子が蒼ちゃんに文句を言う。


「ごめんなさい、フレア。我慢できなくて」


「フレアさん、仕方ないですよ。ラピスさんはあの方に関しては自重という言葉を忘れますからね」


 蒼ちゃんが謝ると緑髪の清楚な感じの知的女子がニコニコしながら止めを刺す。


「リーフの言うことに全面的に同意だな。あの二人はバカップル認定していい」


 黒髪のスレンダー女子がさらに追い打ちをかける。


「み、みんなそれぐらいで許してあげてよ」


 ぐさぐさ刺されて涙目になっている蒼ちゃんに助け舟を出す。


「他人事のように言うがお前にも責任があるのだからな。少しは反省しろ……それにしても、つく……」


「『シロフェスネヴュラ』です!」


 本名を周囲にバラされる前に探宮者名を慌てて告げる。


「そ、そうか。シロフェ……『シロ』だったな。やはり『シロ』も名前の通りの姿になってるな」


 あ、また省略された。もう、『シロ』でいいよ。


 でも、フレア《蘇芳》さんの言いたいこともわかる。『名は体を表す』って言葉があるけど、『迷宮変異』したみんなの姿はまさに名前通りだった。


 青髪の『ラピス・ラズリ』こと『紺瑠璃 蒼』。


 赤髪の『フレア・カーマイン』こと『蘇芳朱音』。


 緑髪の『リーフ・エヴァグリーン』こと『常磐 翠』。


 黒髪の『クロウ・フェザー』こと『紫黒 玄』。


 そして、白髪の『シロフェスネヴュラ』こと『一色 白』。


 なんて安直なネーミングセンスと笑うなかれ。


 そもそも、探宮部の活動で自分の探宮者名を事前に考えておこうという企画があり、その際に考案したものが現在付けられている探宮者名だ。みんな自分の名前から連想して捻くりだした名前だが、まさか『迷宮変異』した姿に即したものになるとは想定もしていなかったのだ。まさに偶然の産物と言っていい。


 ちなみにみんなのクラスガチャは、ラピス蒼ちゃんが『聖騎士パラディン』、フレア蘇芳さんが『守護者ガーディアン』、リーフ常磐さんが『魔導士ソーサラー』、クロウ玄さんが『暗殺者アサシン』で全員SRと言う神引きであった。


 ボクのクラスが『商人』と聞いて、皆の目が同情の目に変わったのは言うまでもない。こんなことなら、ボクも商人のSRクラス『会頭チェアマン』にしてみんなに合わせれば良かったと思ったけど、後の祭りだ。


「ところでシロ、そちらの女の子は誰なんだ?」


 フレア《蘇芳さん》が、ボク達を見て目を丸くして固まっているキャナリー《檸檬ちゃん》に視線を向けた。


~~~~

 あとがき

  第36話をお読みいただきありがとうございました。

  探宮部のみんなも迷宮変異しましたね。

  認定試験が終われば、いよいよ迷宮探究が始まります。

  よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る