第16話 絶望

 カインたちは突如として到来した激しい胸騒ぎに押し出されるように店の外へと飛び出した。そしてその原因が何なのかをすぐに知ることになる。

 強い雨が降りしきる闇夜の向こう、東の街外れの上空にその異様はあった。


「なん…だ……あれは……」

 同じように外へと出てきていた者と同じように呆然とそれを眺めるカイン。

 空には暗黒を斬り裂くかのように巨大な光の亀裂が縦に大きく描かれていた。


「サレン……もしかして、あれは……」

「……ええ、おそらく…悪魔デーモンよ」

 ハンスの問いかけにサレンが消え入りそうな小声で答えた。


「最後に悪魔族がこの世界に姿を現したのは十年以上前……。その時に滅ぼされた街は三つ。しかもそれをやったのはたった一体の悪魔。そして戦って犠牲になったのは王国の正規軍が二個師団……それでも追い返すしか出来なかったと言われているわ。少なくとも今のこの街の戦力でどうこう出来る相手じゃない」

「たった一体でそんな……」

「あれは敵とかそういうものじゃない。天災の類だと思わないといけないわ。人が決して抗う事の出来ないもの……。少なくとも私はそう教わって育ってきたわ」

「カイン、どうする?――おい、カイン」

「――え?」

 意識を空へと持っていかれていたカインは、ハンスの声で我に返った。


「しっかりしろ!どうする?今すぐ逃げるのか?それともギルドに一旦戻るか?」

「……逃げるわけにはいかない。あれが悪魔なんだとしたら、街の人たちを避難させなきゃ!」

「……そうだな。じゃあ、俺とカインで街の人たちを避難させるから、サレンはギルドに行って他の――」

「無理よ」

「……サレン?」

「もう遅いわ……」

 空を見つめていたサレンの身体は小刻みに震えていた。


 亀裂が少しずつ開くように大きくなっていく。

 そこから溢れ出てくる光が雨雲に覆われた空を照らし、周囲を徐々に明るくしていく。


「あんなのから逃げるなんて……」


 亀裂から一際強い光が放たれ、太陽のような眩しい光体が天空に出現する。

 その球体は光を弱めながら形を変えていく。

 薄っすらと浮かんでくる影。


 人の様な体格のすらりとした手足を持つ姿。

 しかしその背には大きく二対四枚の光翼を広げている。


 遥か上空から自分たちを見下ろす様に浮かぶその姿に絶望的なまでの恐怖を感じる街の住民たち。

 それは悪魔の見た目だけのことではない。

 戦闘を経験したことのない者ですら感じる圧倒的な力。

 種としての格の違い。

 見るだけで自然と体の力が抜けていき、その目からは涙が溢れ出す。

 本能が抗う事を放棄してしまう程の恐怖。


「出来るわけないじゃない……」


 その場の誰よりも魔力を扱う事に長けていたサレンには、その力の差が悲しい程に理解出来てしまった。






『あなたがその気になってくれて嬉しいのですが、どうやら時間が無いようです』

 女はそれまで浮かべていた笑みを消し、急に真剣な表情になった。


「時間が無い?」

『はい。今からあなたを外へと転送させます。本来なら「魔ギア」の使い方をこのダンジョンの中で練習してもらう予定だったのですが……まあ、実戦をこなしながら覚えてもらった方が早いかもしれませんね』

「ちょっと待て!何を言ってるんだ!?実践て――」

『街に天使が顕現しました』

「――街に!?」

『しかも恐れていた上位個体と思われます。これまでに現れた天使とは桁違いのエネルギーを感知しました。このまま放置しておけば、明日には国の大部分が消滅すると予測されます』

「国の大部分?街じゃなくて国の?」

 いくら何でもそれは大げさなんじゃ……。それにそれが本当なんだったら人間にどうにか出来るような相手じゃないだろう?


『奴らはここより遥かに科学文明の発達した地球を滅ぼしたのですよ?たとえ一体の天使であっても、この国を亡ぼすのに何日もかかると思いますか?』

「……だとしても、そんな奴のところに俺が行ってもどうにもならないだろう?その「魔ギア」というのがどれほどのものだったとしても、そんな国を亡ぼすような相手に俺一人で……」

 そもそも使い方も分からないのに。


『安心してください。「魔ギア」は対天使用兵器だと説明したでしょう?その力の全てを発揮することが出来れば、最大の敵である【熾天使セラフ】すら斃すことが出来るのですよ?上位個体とはいえ、それより格の落ちる天使程度に遅れは取りません。使いこなせれば、ですけど……』

「そこが一番重要だと思うがな……」

 俺だって街を、この世界を守ることが出来るのなら何だってやるが……。



『安心してください。そこもすでに解決策を見つけていますから』




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