見たね、雀

higoro

雨、太った雀

 網戸と、降り続ける雨粒を隔てて見える隣の家の軒樋に居座る、茶と白の毛羽立った塊。雨水を屋根から地面へと伝わらせる道を塞ぐその塊は、一羽の太った雀。樋のへりから、白く毛の生えた腹がはみ出ている。彼女は窓の下枠に肘をつき、掌に柔らかい頬を乗せてそれを見ていた。ガラス窓は開け、網戸から外の風が入り込む。雀の瞳は黒く大きく、光っていて、時々まばたきをするけれど、彼女を見てはいない。彼女が雀を見ていないとき、雀は彼女を見ているかもしれない、いや、きっと見ている、と彼女は思った。その窓は鏡のようだった。鏡に額をつけ、そこに映る自分の目を覗き込むと、二人の目は合っているように見えるが、実際は合っていない。決して合うことはない。掌から溢れる彼女の頬と、樋からこぼれそうな雀の腹は、同じ。破られることのない網戸。網戸の先の空間に入ることはできない。

 そんなはずはない、と彼女は思い直した。とりとめもない考えが自ずと、意識しないままに湧き出してくる、いつものこと。この網戸だって、簡単に開けられるんだし。と、縁の金属の部分に指を当て、力を込める。が、開かない。何度も力を入れるけれど、上の方がカタカタと音を立てて僅かに動くのみで、下はかたくなでびくともしない。建て付けが悪いのだ、と彼女と彼女は早々に諦めた。

 軒樋の雀を見ると、それは頭だけを左右にかくかくと回し、辺りを確認していた。それが終わると、頭を右に傾け、斜め上に向かって甲高く伸びる鳴き声を発した。数秒すると、下からもう一羽の雀が飛んで来て、もとからいた雀の隣に留まった。後から来た雀は、黄緑の、まだぴくぴく動いている芋虫をくわえていて、その嘴をもとからいた雀に向けた。その雀は口を開けて芋虫を受け取り、黙って飲み込んだ。

「閉めなさい、窓」

後ろから声が聞こえたけれど、彼女は振り返らなかった。

「早く閉めて」

「雨入ってくるから」

「いい加減にして」

「早く」

まくしたてられても動じず、返事はしなかった。無言の間があった後、溜め息が聞こえ、足音が去っていった。

 彼女はまだ雀を見ていた。

「何を見てるの?」

と問う声は、今度は窓の外から聞こえた。さっき聞いた声と一緒だった。声は、あの軒樋の方から聞こえるようだった。

「あれ」

「あれ?」

「うん」

「ああ、すずめね」

「ちゅんちゅん」

応えている声は、まぎれもなく自分のそれだった。

「そうだね、ちゅんちゅんだね」

「かわいい、ふわふわ」

「うん」

「ぶくぶく」

「ふふふ」

「〇〇みたい」

「〇〇みたいに、かわいいね」

「…」

雨は勢いを増した。雀は飛び去った。雨粒が部屋の中まで入ってきたので、彼女はガラス窓を閉め、鍵をかけた。そしてまた彼女は窓枠に頬杖をつき、外を見続けた。

「何を見てるの?」

と、後ろから。

「あれ」

と指差しながら振り向いて見た顔、その目に、白い部分はなく、黒く大きく光っていた。

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