第19話 わたしのけねん




「……貴官の積極性は評価しますが、直近で出撃予定はありません。次の作戦行動も、今のところ未定です」


「え…………えっ?」


「優先的攻略目標は、前回の遠征で軒並み片付けています。中央軍の奴らも、我々の脅威度を算定し直していることでしょう。迂闊な派兵は控える筈です」


「そ……そん、な…………だ、だって、たたかわないと! もっと、てき、ころ…………たおさない、と……」


「…………貴官は、既に充分過ぎる戦果を上げています。今は身体をいたわッ、…………休養を取り、自身の最適化に務めなさい」


「………………で、でも、わたし、は……」


「これは命令です、ノール・ネルファムト特務大尉。……貴官は、働き過ぎです。休養を取りなさい。良いですね」


「……………………わかりま、した」





 ここまで大佐が読みきっていたかは、今となってはさすがにわからないけれど……イードクア帝国を取り巻く時勢の流れは、概ねこちらの都合の良いように動いていた。

 わたしたちの連戦連勝に呼応する形で、帝国内の各地で反乱が勃発。かつての戦争で無理やり併合された地域のひとびとが、立て続けに蜂起したのだ。


 帝国中央軍は、わたしたちだけに構っているわけにはいかなくなった。おまけに南方戦線における帝国中央軍がわの拠点は、大佐の指揮によって盛大に削られており、侵攻拠点の設営さえままならなくなっている。

 南方征伐の足掛かりとなるはずだったチカヴァ前哨基地も、基地機能が喪失するくらいの打撃を与えたばかりである。戦力や軍需物資をため込む場所がなければ、軍を動かすのはとても面倒であろう。


 一方で、大佐たちはなにも戦闘ばっか行っていたわけじゃなかったらしい。

 国内外の商会を誘致したり、旧トラレッタ領の関係者らしき人々を受け容れたり、よくわからないけど法律てきなやつを公布したり、テオドシアさんから色々と買い付けたり、警戒監視網とやらをつくってみたり。

 そんな、多方面の頑張りの成果あってだろうか。まだまだ軍用の天幕や、仮設のものばかりだけど、レッセーノ基地の外側には集落のようなものも形成されつつある。

 つまりは、多くの人に『このあたりは安全である』と、そう判断してもらえたのだろう。


 レッセーノ基地を中心とした帝国南方地域、旧称トラレッタ近郊は……今や帝国の政治中枢から分離し、実質的な独立領として機能するまでになっていた。

 じわじわと流入を続ける人々と物資により、着々と力を蓄えていく南方トラレッタ地域。未だ征伐の足掛かりさえ得られない帝国中央軍との間では、睨み合いが続いているところだった。



 つまるところ、正面きっての武力衝突は、ここ最近は全く起こっていないというわけで。

 そういう意味では……これはある意味では『つかの間の平和』というやつなのかもしれないのだけど。



 それは……にとっては、ちょっとした『悩みの種』というやつなのだ。



 へいわなのは、いいことだ。……それは間違いない、だれだってケガしたくないし、死にたくはないだろう。

 戦いが無ければ、へいわであるならば、大佐が危険に晒されることは無い。大佐の安全がおびやかされることも、無い。



 ……しかし、それでは。

 平和ならば。戦いが無ければ。


 わたしは、……あいつらを殺すことが、出来ないではないか。




「どうした、考え事か? ネルファムト特務大尉」


「………………ぅ、え?」



 格納庫の中、整備中の愛機【パンタスマ】を眺めながら思考に沈んでいたところ、思ってもみなかった声が掛けられた。

 人に似たヒトでないモノ、おぞましく不気味な特務制御体であるわたしに、好き好んで声を掛ける人なんて……大佐を除けば、まあ彼以外には居ないだろう。


 ジークムント・シュローモ大尉。大佐の昔馴染であるという彼は……なんというか、こわいもの知らずと言うか、好き嫌いが無いのだろうか。

 ……わたしの、この醜く歪められた身体を見て……気分悪く、ならないのだろうか。



「身体の方は大丈夫なのか? ユーラから『休め』と言われているのだろう」


「えっ、えっ、と…………あの、えっと……」


「眉間のシワを深めるユーラは、そりゃあ見飽きる程に見慣れたモンだが……あまり見ていて楽しいモノでも無い。これ以上心配させてやるな」


「っ、……しん、ぱ…………わたし、を?」


「当たり前だろう? 貴官は……俺達にとって無くてはならない、超が三つ付く程度には重要人物だ。……ソレで無くとも、短い付き合いじゃ無いんだろう?」


「………………はい。……たくさん、です」


「ユーラの奴は、性格は悪いし態度も悪いし偉そうだし他人は見下すし信用しないし口煩いし、まぁまぁなかなかに嫌なヤツではあるが…………アイツが他人のコトを心配するなど、滅多に無いことだからな。……汲んでやってくれると、俺としても助かる」


「……………………ぅー」




 大尉の言っていることも……大佐の指示も、もちろんわからないわけじゃ無い。

 大前提として、現在は手の届く範囲に敵軍が居ないのだ。良くも悪くも小康状態、敵対中ではあるものの戦闘行為は生じていない。

 ただちに戦闘が起こるわけではないのだから、戦うことしか能が無いわたしにできることなど無い。ならば今後動くべきタイミングで動けるよう、今のうちに休んでおくべき。



 それは、正しい。誰だってそう考えるだろうし、わたしもそれが正しいことだって、きちんと理解できている。


 わかっては、いるのだが……しかし、どうにも落ち着かない。



 だって、わたしはから。

 わたしはもうのだから。


 わたしが『戦う力』をもらう代わりに、の『お願い』を叶えること。

 それがわたしと、との間で交わした、魂の契約なのだから。



 だからわたしは、の願いを叶えるために、ひとりでも多く殺さなきゃならない。

 いや、願いうんぬんは置いておくとしても……わたし自身がひとりでも多く、あいつらを殺してやりたいのだ。




 ……だけど、そんなことを口に出すわけにはいかない。大佐の『命令』に背くわけにはいかないし、心配をかけるわけにはいかないのだ。

 幸いというか、は話が通じるというか、聞き分けの良い子ではある。わたしの置かれた状況を理解してくれているようだし、わたしに行動を強制することも無い。

 とはいえ、いつまでもで誤魔化すわけにもいかない。戦闘行為が生じれば問題ないんだけど、今の状況では次の出撃がいつになるか不明なのだ。




「…………てき、ほんと、に……こない、です、か?」


「ん? …………まぁ、絶対とは言えんだろうが……仮に向かって来たとしても、警戒網に引っ掛かるだろう。報告を受けてから、準備を整える時間は取れる筈だ。心配は要らんさ」


「うー…………えっと、ちがう、くて……」


「違う? ……何か懸念があるのか?」


「えっと、えっと……わたし、もっと…………たたかいたい、てきを、たおしたい……です」


「…………戦いたい?」


「はいっ。……わたし、は……たたかう、ため、つくられた、から…………わたしが、やくに、たつ、たたかう、しか、なくて……たたかう、しか……わからない、から……」


「なるほど、理解した。……難儀なもんだな」



 まあ、真意はちょっとだけ違うのだけど……でもでも、あながち嘘じゃないはずだ。


 わたしこと特務制御体【N‐9Ptノール・ネルファムト】は、もとより戦うために造られた存在だ。

 戦うため……もっというと専用エメトクレイル【9Ptネルファムト】とその機能をより効率的に扱うため、それ以外の身体の機能を切り捨ててまで、極端な調整がなされた個体。

 更に身も蓋もない言い方をするならば、わたしの立場は『人間』というよりも『機体【9Pt】の附属物』と表現するほうが近いだろう。生体CPUとか、つまりはそういうやつなのだ。


 そんな存在が、他人の役に立とうと考えるならば……取れる手段など、最初から決まっている。

 道具が持ち主に貢献できるとするならば、想定された用途でもって『使ってもらう』しかないわけで。

 つまり【N‐9Pt】という『敵を倒すための道具』に当てはめていうならば……そりゃ単純に『敵を倒す』ことでしか、持ち主大佐の役に立てないのだ。



 わたしの身体に、ほかにも機能が遺されていれば……たとえば資材を運搬したり、物資輸送のお手伝いをしたり、掃除や食事の準備とかでも役に立てただろう。

 わたしがもっと頭が良ければ、いろんな知識や情勢なんかの情報に明るければ、大佐や大尉のように作戦や方針の立案でもお役に立てただろう。


 しかしながら、現実は非情である。たしかにこの身体は頑丈に造られているが、それはいわゆる筋力がつよいというわけじゃない。ただ壊れにくいだけだ。

 わたしの両手も、迅速かつ精密な挙動をとることは不可能だ。本来の機体にも両腕が存在していないし、両腕の機能は退化する一方。日常生活にはギリギリ支障は無いが、急いでの身支度なんかは苦手である。

 また、かつての世界のように『各個人で自由に使えて世界と繋がる情報端末』なんかがあれば、わたしでも情勢に明るくなれたのだろうが……この世界で他所と繋がるためには、専用の魔法てきな何かが必要らしいので、わたしには無理だ。



 そんなわたしが、大佐の役に立とうと思うなら……とにかく敵を倒す、それしか手段は残されていない。

 にもかかわらず、直近で出撃の予定は無い。大佐の役に立ちたいわたしが、しかし役に立てる機会が無い。


 だからこそ、ここでこうして……呆けたように、あるいは不貞腐れたかのように、漫然と時間を潰しているのだと。……大尉どのは、そう解釈してくれたらしい。




 実際にはそれに加えて、単純に『殺したいから』という理由も強いのだが……よりかは先の理由のほうが、遥かに説得力があるだろう。

 要するに、わたしとしては戦うことさえできれば……敵をたくさんころせるならば、それでいいわけだ。




「…………わかった。俺からもユーラに進言してみよう」


「えっ?」


「幸いというか、トラレッタは安定しつつある。他所の独立運動に顔を出して……恩を売っておくのも、悪くは無い筈だ」


「そ、そんっ…………できる、です、か?」


ぐには無理かもしれんが、幸いにも『アシ』はある。ユーラが乗らんというのなら尚更、遠征に借りても文句は言われ…………言いそうだなぁアイツの場合」


「で、でも…………きち、はなれ、て……きけん、で、は?」


「レッセーノの近くには敵勢力も無いし、ユーラの『秘策』も成就しそうだからな。エメトクレイルも中隊規模が残せるだろうし、余程のことが無きゃ大丈夫だろう。遠征部隊に関しては俺と……何よりも、貴官が居る。コッチこそ不安要素は在るまいよ」


「は、はう」




 ふてくされていたところに、降って湧いた実戦の気配。まだ実際に決まったわけじゃないが、大尉の申し出はわたしとしても非常にありがたいものだ。

 大佐の役に立ちながら、わたしたちの欲求も充たせる。これはぜひとも、前向きに検討していただかなくては。


 わたしは、大佐がこの提案を受け容れてくれることを祈りながら――



「だからこそ、取り敢えず休め。命令に従順な所を、ユーラに見せ付けとくんだ」


「…………はいっ」



 とりあえずは大佐の命令どおり、おとなしく体を休めることにした。








 …………そんなことがあって、後日。


 大佐から正式に、わたしたちへと『遠征』の指示がくだることとなった。



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