第7話、それは嘘ではなく

「高咲セオ、そいつを離せ。痛いというのは【嘘】だ」

 玄関のほうか声がして、全員がそちらを見た。割って入ってきたのはミツキだった。彼はセオに銃を向けながらゆっくりとにじりよる。セオが近くに来たソウタを抱き寄せて盾のようにした。セオの手には折りたたみナイフがある。それを見てミツキが小さく舌打ちをした。セオはやれやれとばかりに頭を振る。

「えー……こいつにも色目使ったの? 困ったなあ。僕のことが好きなのに素直になれないなんて」

「……【嘘】を言え」

「嘘じゃないよ。ソウタさんは【痛く】ても僕を助けてくれたんだ、それって愛だろ?」

 おどけるようにセオが肩をすくめた。やはりあの時、ソウタが助けたのがセオだったということか。それで一方的に好かれて拐われたと。「痛い」と言う言葉を聞いて、ソウタがびくりと体を震わせた。ミツキの奇言カタラでは、推定レベル4であるセオの奇言カタラを全部ひっくり返すことはできない。

「それがおまえの愛なのか」

「好きな人といると【痛く】ないからね。気持ちよかったってことはお互い愛してるからだろ?」

「……一応聞く、どうしてここが?」

「リツさんの後つけてたら、まあ、分かるよね」

 ミツキはそっと唇を噛む。うかつだった。

「そうか。ソウタさんを離せ」

「嫌だと言ったら?」

「それは【嘘】だ」

「嘘じゃないよ。嘘をつくと【痛い】ぞ」

「……わかった。お互い【嘘】はやめよう」

 どちらも奇言カタラにより嘘をつけないと知ったセオは、気づいちゃったとばかりに可笑しそうに笑った。

「そうだ。ね、おまえ、ソウタさんのこと好きなの? 横恋慕はみっともないぞ」

 ミツキはじろりとセオを睨みつける。そんなこと言うまでもなく。

「答えないの? 答えられないの?」

「……ああ、好きだよ。好きだとも」

 リツの腕の中で、ソウタがはっと顔を上げた。




「はは、そうかあ。やっぱりなあ! でも残念、失恋だ」

 セオは光るナイフをソウタに向ける。おそらく彼は、ソウタを傷つけることにためらわないだろう。彼にとってはそれが「愛している」ということなのだ。ソウタは顔をしかめて手を握りしめた。自分がセオに目をつけられたばかりに、こんな異常な愛にミツキもリツも巻き込んでしまった。

「愛してるからソウタさんは【痛み】だって平気なんだ。そうだろう? 僕たちの愛が【痛み】なんかに邪魔されることはない」

 ナイフがソウタの首に薄く傷をつける。

「ソウタさん、一緒にいてください。僕の手に一生、【痛み】の感触を残して。僕の【痛み】として生きてくれ」

 その瞬間、後ろから気配を「捨て」たヒナギがセオの手を掴み、静かに命じた。

「そのナイフを【捨てろ】」

 ナイフが手から滑り落ちて床に転がる。一瞬、セオが目を見開き、聞いた言葉を理解してはあ……とため息をついた。

奇言カタラ持ちかあ……」

「脅しで人を動かすのはやめろ」

「キミだって思ったことあるだろ? この力は好きに使うべきだって」

「……オレは、もう、そういうのはやらない」

「へえ、もう、やったんだね。気持ちよかっただろ? なら、僕だって許されるよね? これからはこんなことしないよ。こう言えば見逃してもらえるかな?」

 ヒナギがすこし動揺を見せたので、ミツキが声を上げる。

「バカなことを。聞き【捨て】ならないな。ソウタさんを【捨て】置け」

「そんな脅し、【痛く】もかゆくもないよ」

「それは【嘘】だ!」

 二人の奇言カタラでセオの力がすこしだけ弱まる。その隙にヒナギがソウタを思い切りつき飛ばし、セオの首にがっちりと腕を回した。よろめきながらセオから離れたソウタはミツキに受け止められ、抱えられる。ヒナギがセオを後ろから蹴って床に押さえつけた。ミツキはソウタを抱えたままセオから離れる。

「ソウタさん、無事か」

「俺は【大丈夫】……だから……」

 なるほど、セオの奇言カタラにもかかわらず、ソウタに強い痛みがある様子はない。とりあえずほっとして、セオを見返す。

「どうして僕たちの邪魔をするんだ!」

「……なあ、セオ。おまえは間違えたんだ。それは好きだからやることじゃない」

「そんなはずないよねえ、ソウタさん。僕のこと好きって言ってくれたもんね。【痛く】なくて気持ちいいもんねえ?」

 にっこりと笑うセオ。こう言って四年間ずっと縛り付けていたわけだ。ミツキの横に座りながら、ソウタはまっすぐセオを見返した。ミツキといれば痛くないことに気づいた。そうか、それならもう、痛みに怯えて嘘を言うこともない。彼には、ちゃんと本当のことを伝えないと。

「嫌だ」

「へえ? 僕とそいつ、どっちを取るの?」

「セオ、俺は君のものじゃない」

 それははっきりとした、拒絶だった。セオが叫んだ。

「そんな嘘をつくなら【痛み】にうめいて死んでくれ! そんなことを言うソウタさんなんか、嫌いだ! 大嫌いだ!」




 その言葉通り、痛みにうめいたのはソウタではなかった。ヒナギに押さえつけられていたセオのほうだ。

「……ひっ……ぐぁ……【痛い】、【痛い】!」

 ヒナギの手の下で身を捩って痛みに暴れている。それは思わずヒナギが手を離してしまうほどの力の強さだった。けれどもセオは逃げなかった。逃げられるような状況ではなさそうだ。「【痛い】」と叫びながら床をのたうちまわる。

「痛い?」

 どういうことだ? ミツキとヒナギが顔を見合わせる。その間も、セオはうめいてもがき苦しんでいる。

「【痛い】!」

 セオはのたうちまわって痛がっている。ミツキが何かの罠ではないかと警戒しながら近づいて、声をかけた。

「どうした。落ち着け、痛いのは【嘘】じゃないか?」

「嘘なものか、こんなに【痛い】のに。ああ、【痛い】、【痛い】んだ」

「その奇言カタラを使うな、おまえがそう思い込むとよけい痛くなる。それは【嘘】だ」

 ヒナギに視線を送る。どうも、なんらかの策略ではないらしい。自分の奇言カタラにより痛みが起こり、「痛い」と叫ぶことでなお痛みが増幅されている……ということのようだ。いや、だとしたら発端は彼の「嘘」なのだろう。

「おい、痛みを【捨てろ】。それは、おまえの奇言カタラのせいだ」

 ところがセオはそれを聞いて目を見開き、必死の形相で拒否した。

「嫌だ、【痛い】のは僕のものだ。僕だけのものだ。僕の愛が本物だから【痛い】んだ。捨ててやるものか」

 セオは胸を掻きむしる格好のまま、びくりと跳ねて、動かなくなった。

「【痛い】、死ぬほど【痛い】よ……」

 それっきり、セオは動かなくなる。手を取ったミツキがその死を確認した後、眉間に深い皺を刻んだ。

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