第2話、昔の話をしたい

 ソウタと初めて会ったのは今から六年前のことだ。

 その少し前、ミツキは新入りも新入りで、先輩にどつかれて走り回っていた。中学の頃の同級生、リツから久しぶりに会わないかと連絡があって、落ち着いたらなと返したところだったと思う。ともかく、いくつも事件があって、忙しかった。 

「強盗ですか?」

奇言カタラ持ちらしい。犯人の顔を覚えてないんだと」

 新人のミツキに声がかかるということは、やはり奇言カタラの事件だ。

「カメラも帽子被っててはっきりしない。今、周辺のカメラ探して追っている」

「わかりました」

 最初の通報も内容が具体的ではなく、はっきりしないものだったという。先輩の刑事と強盗にあったという店に来てみたが、出てきた店主も首を傾げるばかりだ。ナイフを出されて金を渡したと言うのは覚えているのだがと申し訳なさそうに口籠る。

「ナイフというのは覚えてるのですが、どんな人かと言われると……」

「ああ、かまいませんよ。【嘘】ではないでしょう?」

「そうですね……持って行かれたお金や物はもう仕方ないのですが、ケガした従業員が怖がってまして。まるで幽霊の通り魔にでもあったようです」

 ふむと先輩が頷く。

「忘れさせる奇言カタラか?」

 奇言カタラになる言葉は様々であり、その強制力も人によって違う。そして時間経過で効力は弱まることがよく知られている。忘れさせたとして、レベル2ならちょっとしたきっかけで記憶を取り戻せる。事件の翌日とはいえ、詳しく聞かれてピンときていないということは、レベル3以上だろうとあたりをつけた。

 その時、先輩の携帯電話が鳴った。いくらか話した後、立ち上がってミツキを促す。

「カメラから不審者を見つけた。行くぞ」




 ナイフが光る。店員たちが怯えて物陰に隠れようとする。

「抵抗を【捨てろ】!」

 店の中央で若い男が叫んだ。フードを被った男は、小柄な女の従業員を捕まえてナイフを向けている。ミツキたちが追ってきたのに気づかないまま、その男は強盗をおっ始めた。一緒にきた先輩は、その言葉を聞くなりぼうっとして動かなくなった。

「金を出せ! いいか、オレのことは【捨て】おけ! 記憶も【捨て】るんだ!」

「……【嘘】だ」

 彼が全部言い終わる前に、ミツキは自分の奇言カタラで反論する。……それで店員から記憶が消えていたわけか。先輩がはっとして通報を始める。銃は……人質に当たりそうだな。それならと用意した特殊警棒を構える。

「そこまでだ、おとなしくしろ」

「警察か……武器を【捨てろ】! いいか、動くんじゃないぞ!」

 男が叫ぶと、警棒がするりと手から離れて落ちた。なるほど、「捨てる」か。「それは【嘘】だ」。警棒を蹴って遠くに飛ばし、同時に男に飛びかかる。動揺した男がとっさに店員を盾にしようとしたが、こちらのほうが早い。ミツキは素手で組みついてナイフを持った男の手を固めた。先輩が引き離された店員を保護するように抱えて奥に移動させる。

「離せ! オレを【捨てろ】!」

 男はミツキの手を振り解こうとする。どうせ「捨て」るのであれば逆らえないのだから、逆に遠くに投げ「捨て」てやった。床に強く打ち付けられ、男は痛みにうめきながら立ち上がる。この強制力、レベル4かもな、こいつ。この街の奇言カタラ持ちの中にはいなかった。登録漏れか? それとも他から来たか。落ちたナイフの位置を確認しながら、ミツキは男のほうを見やった。

「オレは本気だ……遊びは【捨て】てやる……!」

「本気を出そうがおれのほうが強い。【嘘】じゃない」

 彼がレベル4だとすると、奇言カタラではレベル3のミツキが単純に押し負ける。そもそもの腕っぷしでは奴に負けることはないとはいえだ。ミツキはじっと相手の出方を伺った。このままなりふり構わず身を捨てて襲ってくるようなら、だいぶ難しくなる。

「……やめたほうがいいぞ、【嘘】ではなく」

 思わずと男の足が動く。「オレのことは【捨て】ろ!」「ああ、聞き捨てるとも。【嘘】は言わないさ」。出口へ逃げようとするその男の腰に、ミツキは体当たりをして飛び付いた。男がぐらつく。ミツキが掴もうと伸ばした手が、大きく振り払われた。

 その手をかわすように一度離れ、右の拳を真っ直ぐに叩き込んだ。男はとっさに避けたがいっぱいで、よろめいた瞬間、ミツキはすばやく短い左フックを顎に叩き込む。男はうめき声さえあげず、そのまま床に崩れ落ちた。膝で押さえつけたまま男の左手をとると、皮膚を切ってチップを抜いた痕があった。




 それから二月ほどたったある夕方のこと。街の焼肉屋に入ると油の匂いの向こうで手を振る男がいる。

「あ、ミツキ。久しぶり、お疲れー。あんまり変わってないねー」

 ミツキは中学の同級生、リツと久々に会うことになった。地元に帰ってきたとは聞いたし、一度は会いたいと思っていたが、リツがどうしても会いたいと言う理由がよくわからなかった。こちらにも事情があり、やんわりと断りのつもりでそれを言えばそれでもいいと返ってきてしまい、まあそれならと会うことになってしまった。

 事情とは、以前、強盗をして捕まった小路ヒナギも一緒だと言うことだ。彼は奇言カタラ持ちと言うこともあり、刑罰の代わりに警察の協力員となることを義務づけられた。その教育係がなぜかミツキに回ってきた。なぜかも何もないか、ヒナギの奇言カタラを抑えられるのは今のところミツキしかいない。

「こっち、今、付き合ってるソウタさん。ミツキに紹介しようと思って」

 隣にいた男が軽く手を挙げた。そう言えば会わせたい人がいると言ってたな。中学時代は恋愛に奥手だと思っていた男だが、「いい人」を見つけたのか。彼は人の良さそうな顔をして手を差し出してきた。こちらもその手をとる。

「野毛子ミツキです。いつもリツが世話になってます」

「それ、親御さんみたいですねえ。秦田ソウタです。リッちゃんの同級生ですって?」

「まあ、腐れ縁で。……リツ、ちゃんと食べてるみたいでよかった」

「ソウタさんに面倒見てもらってます……」

 中学の頃から、平気で食事を抜かす奴だった。ソウタがちゃんと食べさせてやってるのだろう。おかげで心配していたより痩せていなかった。ちゃんと生活の世話してくれる人を見つけたようでよかった。

「だろうな。こっちは小路ヒナギ。うちの協力員で……おれが目付けなんで、離れるわけにいかなくて」

「へえ。よろしく、ええと、ヒナギくん、でいいかな」

「ヒナくん、まず何飲む?」

 すでに親しげにそう呼ぶと、ソウタはアルコールのメニューをよこしてきた。

「ソウタさん、こいつ、まだ十八なんで……」

「そっかあ」




「で、どうした。おまえが『どうしても』って言うのはよっぽどだぞ」

 ビールが三つとウーロン茶が来て、肉を焼き始める。リツは食べてからじゃないと酒が飲めないと言って、せっせと肉を網に乗せていた。ソウタが「野菜も焼いて、もー」と言っててきぱきと野菜を乗せる。ソウタはリツやおれより六つほど年上だと言っていた。ふうん、年上の気のいい頼れる男か。

「んん……それが、フォトグラファーの仕事できるようになってさ」

「へえ、カメラやってたんだ」

「中学のとき、写真係だったの覚えてる?」

「覚えてる」

 リツとミツキは写真係で、クラスのイベントがあるたびにカメラを手に歩き回った。修学旅行の時も文化祭の時も。ミツキが適当に撮ればいいだろと思っていた時でも、どうすればもっと上手く撮れるのかとリツは写真の雑誌や本を読んで勉強していたのだ。そうしてリツが撮った写真は、学年で一番きれいに撮れていたとミツキは思う。

「その時、ミツキが『よく撮れてる』って言ってくれたから写真を続けられた。だから、お礼を言いたかったんだ」

 そんなことでと思ったが、ミツキだってリツの一言で今の職にいる。リツはたいそうなことじゃないと言うだろうけど、ミツキにとっては自分の人生を変えた大事な思い出だ。ミツキは不思議なもんだなとビールをあおり、安心したように笑ってやった。

「そうか。頑張ったんだな」

「うん。最初は持ち込んだり賞に出してみても上手くいかなくて……風景とか色々撮ってみたんだけど。なんかどこをどう撮りたいかさっぱりわからないって言われて……悩んでたんだよ」

 リツは、メニューをヒナギに渡してこれが美味しいだの好みは何かだのと話しているソウタをちらりと見た。

「そんな時、ソウタさんに会って。ソウタさん、グラフィックデザイナーなんだけどさ、ぼくの写真は人のさりげない表情を切り取るのが上手いって言ってくれた。逆に風景はありきたりだって。カメラを意識していない人相手だとためらいなくシャッター押せるよねって言われて……そっちは正直考えてなかったんだけど、自分でも良いなって思えるのが撮れるようになった。それで、イベントの会社に入って……今は、楽しいよ」

「よかったな」

「うん。……ヒナギくんとは仲良いんだね?」

 ソウタが手を挙げて店員を呼び、ビールのおかわりを注文した。肉とご飯も追加で。

「はあ?」

「だって仕事外でもこうしているわけでしょ?」

 強盗犯とそうそう仲良くなっては困る。有用だから協力員としたが、あくまで奇言カタラ持ち犯罪者の見張りだ。ここに連れてきたのだって、自由な時間を与えれば絶対ろくなことをしないと思ったからだ。ミツキは泥棒に鍵を預けるような真似は好きではない。好きではないが、上がそう決めたからには仕方がない。

「……おれは信用していないけどな」

「そうなの? ……あっつ! うわー……」

「どうした?」

 ヒナギを話していたソウタが振り返ってリツの腕を見た。熱い焼き網に触れてしまったらしい。

「火傷しちゃった」

「あー……【大丈夫】、ちょっと冷やそか」

 ソウタはグラスに氷を持ってくると、当てて冷やそうとした。汗をかいたグラスが熱をとっていく。

「ありがとう。そうだ、ミツキ、ソウタさんも奇言カタラ持ちでさ、レベル2だっけ?」

「うん」

「そうなのか」

 レベル2だと簡単な暗示程度だ。ちょっと強い思い込みにすぎない。単純にいえば、レベル3で事実ではないことを疑いにくくなり、レベル4で信じ込む強さになる。もっとも物理法則を変えることはできない。あくまで人の思う範囲内での話である。

「ミツキも奇言カタラ持ちなんだよ。レベル3だっけ」

「へえ。そんで警察にですか? すごいなあ」

 素直に尊敬の目を向けられる。それが少し気恥ずかしくて、思わず視線を逸らしてしまった。初対面の人の前で奇言カタラ持ちと広められるのは好きではない。しかしソウタは気にしていないようだった。同じ奇言カタラ持ちで、かつ、そういう人だからリツも話す気になったのだろう。

「まあ……そんなところです」

 レベル3以上と、危険な奇言カタラを持つレベル2は登録され、録音機つきのチップを入れられ、奇言カタラを使うことを制限される。「大丈夫だ」と奇言カタラを簡単に使える彼が少しうらやましい。ミツキは自分の奇言カタラがわかって、警察に入って奇言カタラ犯罪担当になるしか道はないと思った。彼の奇言カタラが他の奇言カタラを抑えやすい言葉だったのもあるが、ミツキは自分の力が怖かったのだ。

「もしかして、ヒナギくんも?」

「まあ、そうだな。それで協力してもらっている。……おまえ、調子良く食い過ぎだ」

 ミツキは伝票を取って、自分とヒナギがいくら食べたか計算する。自分たちの食べた分はきっちり払わなければならない。

「公務員は大変だねえ」

 食後のアイスが来るのを待ちながら、のんびりとリツが言った。

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