第18話 スケルトン農業
昨日更新できなかったので少し長め
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ファリーラ王国王都ファルト。
王城を構えるその都市は、王国で最も栄えている都市だ。
路上には露店が立ち並び、街道を歩く住民たちの表情は活気に溢れている。
そんな王都のメインストリートを、ハインリヒはエルヴィーラと共に歩いていた。
「う、うぅ……。人がたくさんです……怖いです……」
「大丈夫だ。こいつらは俺たちの顔を知らない。だから堂々としていろ」
ハインリヒとエルヴィーラは特に変装などしていない。
それはこの国の住民のほとんどが王族の顔を知らないからだ。
写真やインターネットなどがある現代とは違い、この世界の人々が王族の顔を直接見る機会は極端に少ない。
それが第三王子であればなおさらだろう。
そして、エルヴィーラにもメイド服ではなく普通の服を着せている。
ハインリヒとエルヴィーラは完璧に王都の住民として映っているだろう。
「さて、それでは物価の確認をしよう」
「物価……ですか?」
「そうだ。俺は今からここに並ぶ露店と同じようにじゃがいもを使って商売をしようとしているが……物価を知らないことには値段のつけようがないからな」
「なるほど……」
「とはいえ、今回は儲けを出すことが目的ではない」
「そうなんですか?」
「ああ。まずはこの国の人間の舌がじゃがいもを受け付けるかどうかの確認をしたい。そうじゃないとじゃがいもを使って金稼ぎ作戦がパァだからな」
「は、はぁ……私は好きでしたけどね、じゃがいも。えへ、えへへ……」
ここへ来る前、ハインリヒはエルヴィーラにじゃがいもを食べさせた。
食べさせたとは言っても蒸かして適当に塩と胡椒をかけただけだが、意外に好評だった。
とはいえ、サンプル数が1だけだと心もとない。
「と、いう訳で平均より少し安めで今回は売ろうと思っている。……さて、王都の野菜の物価は……」
ハインリヒは王都の住民を装い、露店に並ぶ商品を見定める。
にんじんのような野菜……5銅貨。
きゃべつのような野菜……7銅貨。
定食屋の看板メニュー……30銅貨。
高級料亭のディナー……3銀貨。
「うん……分からん」
銀貨とか銅貨ってなんだよ。
それがハインリヒの抱いた感想であった。
「困ったな……。エルヴィーラ、お前はどう思う?」
「え? わ、私ですか? そ、そうですね……お、王都とはいえ高い、とは思います」
「そうなのか?」
「は、はい。私の地元……サラキア伯爵領だとお野菜はここの半分くらいで買えるかなと言った印象ですね……。は! わ、私なんかが意見を述べるなんておこがましいですよね! す、すみませんすみません……!」
「いや、俺が聞いたんだから……」
何度も頭を上げ下げするエルヴィーラを宥めながらハインリヒは周囲を見る。
よく見れば、メインストリートに歩く平民たちは、小綺麗な服装に身を包んでおり、誰も彼もがいかにも幸福ですと言った顔をしていた。
「もしかすると、ここにいるやつって結構裕福なのか?」
「そ、そうかもしれないですね……。王都は王国で一番栄えていますから……。そ、それと同時に王国で最も巨大なスラム街もあると言われていますが……」
「そうなのか?」
「は、はい。私は行ったことありませんが、少し路地裏に入るとそこはもうスラム街って聞いたことがあります……。へ、へへ……」
「なるほどな……」
どうやら、王都は貧富の差が激しい街らしい。
そしてここはその中でも特に富寄りの区間のようだ。
「……まぁいいか。とりあえずじゃがいもは1銅貨で売ってみよう」
「え、えぇ!? それだと儲けはほとんどないんじゃないですか!?」
「元々このじゃがいもはスケルトンに作らせてるからな。労働力に金を払わなくていい分安くて構わんさ。さて、お前ら組み立てを始めろ」
ハインリヒはメインストリートに並ぶ露店の列の端で立ち止まる。
ハインリヒの後ろにはローブを着た人物が木材を積んだ荷車を引いていた。
しかし、それは人ではない。
ローブを着せたただのスケルトンだった。
スケルトンをそのまま王都に連れていけばパニック必至ということで、ハインリヒの考えた苦肉の策だった。
荷車に乗っていたスケルトンを足して総勢五人のスケルトンがテキパキと木材を組み立てる。
一分足らずで、綺麗な店構えが完成していた。
「さて、値札を用意してと。じゃあ客が来るまで待つか」
「あ、あの、ハインリヒ様?」
「どうした?」
王城からくすねた鍋でじゃがいもを蒸かし始めたハインリヒに、エルヴィーラは眉を下げていた。
「あの……一ヶ月後にグレンデル殿下とテオドール殿下との決闘を控えているのに、こんなことをしていて大丈夫なんですか? そ、その鍛錬とかをなさった方が……。ハッ! す、すいません! つい差し出がましい口を……!」
「いや、そんな卑屈にならなくていいから。お前の言葉も分かるし」
「は、はぁ……そうなんですか?」
ハインリヒは腕を組んで考える。
思い返すのはグレンデルとの決闘だ。
「正直、俺一人でもあいつら二人との決闘は勝算は五分五分だと考えている」
「ひ、一人でもですか? い、意外と高い勝率ですね……」
「まぁな」
グレンデル相手にはリッチを出せば以前と変わらず簡単に勝てるだろう。
そして、テオドールは戦闘員と言うよりは参謀タイプで、直接の戦闘行為は得意ではないはずだ。
「だが、テオドールがそんなこと分からないはずはないんだよな。腐っても【軍師】の
「は、はぁ……」
「でも、あいつらは次の決闘で俺を必ず殺す気だ」
「こ、殺す!?」
「前回の決闘で俺が勝ってしまった結果、王宮での俺の影響力が少し大きくなってしまったらしい。今の王……つまり俺の父親が病に伏せている今、王位争いは熾烈になっている。そんな状況で台頭してしまっているのが今の俺だ。あの二人にとっては俺はまさに目の上のたんこぶだろうさ」
「ま、まずいじゃないですか! いよいよこんなところで油を売ってる場合じゃ……!」
「いや、だからこそさ」
「はえ……?」
目を点にして何を言っているのか分からないと言いたげなエルヴィーラに、ハインリヒはじゃがいもの蒸かし具合を確認しながら答える。
「一ヶ月後の決闘。俺に勝ち目がなくなったら逃げようと思ってな」
「逃げる……ですか?」
「そう。その時は辺境の領主は諦めて、辺境でただの一般人として生きるさ」
「な、なるほど……?」
「だが、そうなると問題は金だ。今の俺は一文無し。元々、辺境の領主になりたかったのもそれが理由だからな」
この世界に転生したハインリヒはその時点で一文無しであり、その状況では王城を出ると言う選択肢が取れなかった。
「しかし、今の俺にはこれがある!」
「はぁ。じゃ、じゃがいもですね……?」
ハインリヒが掲げたちょうどよい蒸かし具合のじゃがいもを、エルヴィーラはぼんやりとした瞳で見つめる。
「そう、このじゃがいもを売り金を稼ぎ、そしてその金で手に入れた種をスケルトンに植えさせ収穫させ売る。……これが俺流の『スケルトン農作』だ!」
スケルトンに農作業の全てを任せ、自分が売る。
いや、最悪スケルトンを店頭に立たせてもいい。
そうすれば自分は働かずに金が入ることになる。
なんてすばらしい手法だろう。
人と話す必要がないと言う点が一番いい。
「と、いう訳でじゃがいもを売って売って売りまくるぞ。今回は市場調査だから少し安めに売るが、これを元手に貯え、夢の一人暮らしを……」
「あ、ハ、ハインリヒ様……。お客様がいらっしゃいましたよ……」
「ん……。す、すまない。一人で勝手に盛り上がってしまって」
ハインリヒは一つ咳ばらいをすると、正面を見る。
そこには、真っ黒いコートに身を包んだ人影があった。
フードを深くかぶっており、顔すら見えない。
背丈からすると、恐らく女性だろうか。
肩の下まで伸びた銀色の髪がコートから見え隠れする。
「失礼。こちらでは何を売っているのですか?」
コートから放たれるのは、上品な雰囲気を帯びた女性の声だった。
「ああ。ここではじゃがいもを蒸したものを売ってる」
「じゃがいも……。聞いたことはありませんが、なにやら芳醇な匂いがしますわね」
「そ、そうか?」
「ええ。とっても気になりますわ。いくらでお譲りいただけるのですか?」
「1銅貨だ」
「まぁ! お安いですわね! しかし、ここでそんな商いをしても大丈夫なのですか?」
「ん? まぁ、別にいいんじゃないか? この通りは自由な商売が国から認められてるからな」
ハインリヒはここで商売をするうえで、王国の法を少し調べた。
それによると、王都のこの通りは誰でも自由に何を売ってもいい、織田信長を思わせるシステムとなっているらしい。
「いえ、そういうことではなく」
「ん? どういうことだ?」
ハインリヒは片眉を上げる。
「……いえ。なんでもないです。それでは一ついただけますか?」
「ああ。どうぞ」
ハインリヒは露店越しにじゃがいもを渡した。
「それでは、早速頂きますわ」
じゃがいもを受け取った女性は即、じゃがいもを口に入れた。
女性は口をあまり動かさずに、何度も咀嚼する。
「お、美味しいですわ!」
そして、明るい声でそう叫んだ。
フードのせいで表情は分からないが、きっと満面の笑みを浮かべていることだろう。
「そうか。それはよかった」
ハインリヒは胸を撫で下ろす。
しかし、まだ安心はできない。
もっと多くの人間に買ってもらわなければ。
「ふむふむ……。これは中々腹持ちのよさそうな食物ですわね」
女性はじゃがいもをまじまじと見つめている。
「ん? まぁ、そうだな。遠い国では飢餓を救ったとも聞くしな」
(ま、これのせいで半壊した国もあるが……。わざわざ言う必要はないな)
「なるほど。これは皆様にも紹介しませんと」
「みなさま?」
しかし、女性はハインリヒの言葉に答えることなく一歩後ろに下がった。
「それでは、御機嫌よう。ご馳走になりましたわ」
そう言って、女性はメインストリートではなく路地裏に消えていった。
「皆様……って誰のことなんでしょうね?」
「さぁな……」
◇
ハインリヒが露店を構えて一時間が経った。
「意外と、売れたな」
「そ、そうですね。ほぼ売り切れちゃいました」
あの女性が訪れた後、急に客足が増えたのだ。
おそらく50人はじゃがいもを買ってくれただろう。
(しかし、大体のヤツが体格のいいヤツばかりだった。じゃがいもはマッチョに人気なんだろうか?)
「……まぁ、いいか。もうじゃがいもが売れることは確認できた。今日はそろそろ――」
「おい、ガキ」
帰ろう、そう言いかけたハインリヒに大きな影がかかった。
ハインリヒが正面を見ると、そこには大男が立っていた。
大男は険しい目つきでハインリヒを見下していた。
「……客か? 悪いが今日は店じまいだ。他を当たってくれ」
「ちげぇよ。気持ち悪いモン売りやがって」
大男はそう言うと、並んでいた最後のじゃがいもを取り上げ、地面に投げつけた。
「……なんだ? お前」
「ハッ。俺はアックス商会を束ねるゴレインってもんだけどよぉ」
「はぁ?」
ハインリヒは大男の言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
こんな筋骨隆々の人間が商人?
……いや、商人といえばこの体型というものがある訳ではないが。
「お前、随分あくどい商売してるな」
「いや、どこがだよ。周りと比べてお手頃価格で提供してただろ」
ハインリヒには、むしろ自分たちがこの通りで最もお客に寄り添った商売をしていたという自覚すらあった。
「うるせえよ。それが悪いって言ってんだ?」
「は? 何言ってんだ?」
「お前たちがそんな値段でモノ売ってたら、こっちは商売あがったりだって言ってんだ」
大男がそう言うと、他の露店に立っていた者たちも一斉にハインリヒを睨んだ。
その目はまるで犯罪者を見るようなものだった。
(はぁ……なるほどな)
ハインリヒはその瞬間、全てを察した。
この大男が何を言いたいのかも。
そもそも、ハインリヒたちはじゃがいもしか売っていない。
そんな店が一つ増えたところで、他の露店に影響があるとは到底考えられないのだ。
「そんな売れたんなら、懐も大分厚いだろ? 少し俺たちに恵んでくれよ」
「……エルヴィーラ。さっさと引き揚げるぞ」
「え?」
「この通りの奴ら、全員グルなんだよ。協力して値段吊り上げて、俺たちみたいな新参者が来たらこうやって金巻き上げてんだよ。……もはやヤクザじゃないか」
「あ? なにグチグチ言ってんだ? 文句なんか……ねえよな!?」
大男はそう言って、作業をしていたスケルトンを殴りつけた。
彼からすれば脅しのつもりだったのだろうが、それによってスケルトンが来ていたローブがはがれ、丸出しとなってしまう。
「なっ! ス、スケルトン!?」
大男の叫び声で、その場にいた者の全ての視線がスケルトンに集まってしまう。
「ちっ……めんどくさいことに……」
「そうか! お前、ハインリヒだな! 第三王子の!」
(バレんの早! ……いや、それくらいハインリヒの【死霊魔術師】は有名ってことだな……)
「はぁ……俺は平穏に、一人で生きるために行動していたはずなのに……。なんでこうなるんだ……」
「ぶつくさ言ってんじゃねえ! お前をぶっ殺してテオドール殿下に渡してやらァ!」
「……ん? テオドール?」
なぜこんな商人崩れのヤクザの口からテオドールの名が出るのだろうか。
そんな疑問が沸くが今のハインリヒにそれについて考える余裕はない。
「さっさとずらかるぞ、エルヴィーラ」
「え、え? 逃げるんですか?」
「当たり前だろ。こんな場所で騒ぎを起こしたらもっとめんどくさいことになるからな。衛兵でも飛んで来れば最悪だ。グレンデルやらテオドールになんの嫌味を言われるか分かったものではない。ほら、行くぞ!」
「わ、わわ!? ハインリヒ様!?」
ハインリヒは残っていたスケルトンを大男の盾にして、路地裏へと逃げ込んだ。
ちらりと後ろを振り返ると、そこには大男だけではなく見るからに荒っぽい男たちが怒りの形相でハインリヒを追いかけていた。
「はぁ……めんどうなことになりそうだ……」
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