第23話
「お久しぶりね、イタズラ坊や」
「いやだなぁ、そんな風に言うのは止めてくださいよ。僕だってもう90ですよ?」
「私にとったら、いつまでたってもあなたは半人前の小僧さんだわ、ルカス。ところで、話は聞いたのだけど」
穏やかな話し口調だった。優しげな微笑みも、どこからどう見ても上品でたおやかな老婦人だ。……それなのに、どうして彼女の後ろに般若が見える様な気がするんだろう。横にいた男性はいつの間にかいなくなっていた。
「あなた、まだ危ないことをしているのですって?」
「いやいや、今回は代理で、どうしても、しょうがなくて、引き受けただけですから。もうこんなことはないですよ……たぶん」
「怒っているのではないのよ。少しだけ、ええ、ほんの少しだけ呆れているの。……あなた、私に何と言ったか、覚えていないわけではないわよね?」
「それはもちろん。ちゃんと覚えていますとも、ルカ」
「えっ」
思わず声を出してしまって、私は慌てて口を塞いだ。振り返ったルカさんが「あ、そう言えば」みたいな顔をしてるの、ちょっと止めて欲しいしそんな顔をするくらいならちゃんと説明ください。事前に。
「……あなた、ひょっとして、まだ使っているの」
「えーっと、そのぉ、まぁ……はい……」
「呆れた子。名前くらい自分のものを使いなさいな」
「いやぁ、ルカスだと男性名ですし、咄嗟の時にも反応出来ないとバレやすいというか」
「ど、どっちでも良いとは言われましたけど、やっぱり、ルカスさん、のが、真でした……?」
ホントのホントはルカスさん……だ、そうだ。偽名として元の名前を元にした偽名を作ったらこの人の名前と同じになっちゃって――? 意図的だろって目で、女性のルカさんがルカスさん? にため息をついた。
その後、私の方を向いて、今度はにっこりと笑ってくれた。これは怖くない笑顔だ。
「初めまして、私はルカ。この神殿の長の1人よ」
「は、はじめ、まして! えっと……私はツムギ・マk――ツムギ! です! ルカさ――る、ルカス、さんのお家に引き取られ? て――」
「一応うちの子でほぼ確定ですが、他の保護者候補にも顔つなぎをと思ってて。ツムギ、こちらはルカ。僕の番、アリスの養母でレイのことも育ててくれた人だよ」
「え、と。レイさんのお祖母さん?」
「ううん。氏族的には赤の他人」
「言い方……!」
「本当ですよ。ルカス、あなたはもう少し多方面に配慮をなさいな」
ルカさんがため息をもう1つ。……ルカさん、この人の前だとなんだか子供みたいだ。いや、違うよ。ルカスさんだルカスさん。紛らわしいよ! ルカスさん!
以降はもうずっとルカスさん!
「ルカス、あなた本当に大丈夫なの? 新しい子を引き取るなんて……レイとだって結局住まいを別にしているし」
「それはレイが成人して、一人暮らししたいって言ったからですよ。別に仲違いしたわけじゃないし、ご飯はたまに一緒に食べてるし」
「家族とはそういうものではないでしょう」
「そういう形の家族があったって良いじゃないですか。もうお互い大人なんです」
ルカさんは「処置なし」とでも言うように小さく頭を振ってから、もう一度こちらを向いた。
「ごめんなさいね。格好悪い所を見せてしまったわ」
「いえ、その、えと……」
「さ、それでは改めまして。神殿長らしく、格好良いところも見せなくてはね」
そうルカさんが言うと、横からさーっと出て来た男の人が、彼女に錫杖を手渡した。銀色の杖は不思議な曲線を幾重にも絡めたような不思議な形の杖だった。錫杖らしく、頭部にはいくつもの輪が重なり合って揺れる度にシャラシャラと綺麗な音を奏でていた。
彼女はすっとまぶたを閉じて、錫杖で床を突いた。動きに合わせて音が揺れる。
「これより語るは、この世の成り立ち」
朗々とした声が響く。シャン、と錫杖が床を打つ。
「七柱の女神による、天地創造の物語」
音と共に、声と共に、その場を照らしていた光が、空気が、――空間が、揺れた。
「えっ」
「静かに。ルカの神話語りだよ」
思わず声が出てしまったら、ルカスさんから制された。
瞬きする度に目の前の色が変わる、変わる。どこからともなく吹き込んだ風がルカさんの服をはためかせ、私の頬も撫でていった。これが、神話語り? 神話を語るだけでこんな風になるの?
室内、なのに?
目の前の女神の像が、妙に大きく見えた。6体ある像は右に3つ、左に3つ、規則正しく並んでいた――はず、なのに。どうしてか今は、その像が円になって私たちを取り囲んでいた。
――久しいなぁ、久しいなぁ
――久しいなぁ、久しいなぁ
――久しいなぁ、久しいなぁ
――久しいなぁ、久しいなぁ
――久しいなぁ、久しいなぁ
――久しいなぁ、久しいがなぁ
6つの声が重なり合い、木霊しあう。耳の奥から入り込んで頭の奥でぶつかり合って、お互いを打ち消し合おうとでも言うように反響して、頭の芯がぐらぐら揺れた。
……ひさしい、って? 何が、久しいのだろうか。
久しいからなんだというのか。
――まだだなぁ
――まだまだだがなぁ
――けれどあれでまたひとかけ
――そうだあれもまたひとかけ
――ひとまずは、戻ってきた
――ひとまずは、おまえもまた戻った
ひとかけ? なにが、ひとかけ? 戻った? 『おまえも』? ……私?
遠くから声が聞こえる。これは……ルカスさんの、声だ。私の名前を……呼んでいる?
――覚えておいて
――覚えていて
――思い出して
――大切なことを
――忘れてはいけない
――おまえは
身体が揺れる。揺すられている。首ががくがく……?
「ツムギ!」
「……ルカさ、あ、じゃなかった、えと、ルカスさん……」
「そんなのどっちでもいいよ! 大丈夫かい、ツムギ! 見えてる? 聞こえてる? ツムギ!」
「落ち着きなさい、ルカス。もう大丈夫だから」
「でも!」
「見えてますし……聞こえて、ます……だいじょうぶ……痛い……」
「ごめんなさいね、ツムギ。ルカス、こんな小さな子をあんなゆすり方したら危ないでしょう」
「……だって、ツムギが突然白目を剥いて倒れるから」
……わぁ。倒れた、んだ?
錫杖の音を聞いてからなんか変だった……何かを聞いたような……女神の像が変だったような……?
「やぁやぁ何やら楽しそうなことをしているじゃないか。この
「……アヴァロン、あなた一体どこからやってきたのです」
「どこってことはないだろう、ルカ。ここは
ぼんやりする頭を抱えていると、声は突然上から降ってきた。見上げればそこには、男の人が一人浮いていた。……浮いている!?!?
女神の像の丁度中心にふわりと降り立ったのは、壮年の男性だった。……ルカスさんよりは少しだけ年上? いやでもしかし、この世界の人の年齢ってよく分からないから、この人も100歳くらいだったりするんだろうか?
長く伸ばした黒髪を後ろで一つに結わえている。整った顔立ちはレイさんに少しだけ似ているような気がした。
ところで今この人、なんて呼ばれてた? ――アヴァロン?
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