第7話 ラファエル視線
子供の頃は、自分が皇帝の孫だなんてあまり気にしたことがなかった。祖父も祖母も優しかったが、隣の屋敷に住むレティシアと遊んだり、父と母と屋敷で遊ぶことが多く、自分が特別だと思ったことはなかった。
でも、13歳になった時、ある日母が血相を変えて外から帰宅した。父と母が低い声で書斎で話し合う声が聞こえて、母が泣き出す声も聞こえた。
翌日には母に連れられて、旅行かばん一つ持って叔父のオットー陛下に会いに行くと説明されて旅に出た。従兄弟のウィリアムとケネスと久しぶりに会えると思い、俺は嬉しかった。
従兄弟のウィリアムやケネスと兄弟のようにオットー陛下は接して育ててくれた。オットー陛下は母の兄だ。
自然豊かで牧歌的な雰囲気のフランリヨンドは、僕が生まれ育ったジークベインリードハルトとは違って、のびのび野山を駆け回ったりすることができた。ジークベインリードハルトでは、隣の屋敷のレティシアは自由に駆け回れるのに、俺はいつも両親に外では行動を制限されていたのだ。
数日遊びに来たつもりが、気づけば10年もフランリヨンドで過ごし、2年前にはリシェール伯爵となった。コンラート地方はジークベインリードハルトの国境沿いにある地域で、戦略上は重要な位置にある。
最近、ウィリアムが婚約したロザーラ嬢は、美しく妖艶な若い女性だった。彼女は周囲の口さがない噂を物ともせず、凛とした佇まいで周りに惑わされずに常に真っ直ぐに前を向いているような、不思議な女性だった。
ウィリアムのことが好きなのかと思いきや、そうでもなさそうだった。だからといって、婚約してからはウィリアムに媚を売ることもせず、対等に接していた。俺は陛下が何かを企んでいると思っただけで、美しい彼女のことを深く考えたことはなかった。
彼女のことを見直したのは、彼女が派手に婚約破棄を持ちかけた舞踏会の時だ。俺も出席していて退屈していると、見事に彼女と彼女の姉であるマリアンヌ嬢とウィリアムが面白い演出をしてくれて、俺の眠気は吹っ飛んだ。
俺の目には、計画的な演出に見えた。陛下が満足そうにロザーラ嬢に小さくうなずくのを俺は見ていたからだ。ウィリアムは何も知らない様子だったので、俺は黙って見ていた。
――陛下とロザーラ嬢とマリアンヌ嬢は、一体、何を企んでいるんだ?
清々しいほどの見事な婚約破棄っぷりだった。俺は美しいロザーラ嬢が今後誰の嫁にもなれないのではないかと、密かに心配したくらいだ。
だが、二週間ほど経った頃に俺は陛下に呼び出された。
「ラファエル、お前の花嫁をついに見つけた」
「えっ!?」
俺は驚いたが、ロザーラ嬢の名前を出した時、思わず顔が赤くなった。
――彼女が俺の花嫁になる!?
体がカッと熱くなり、今までの人生で経験したこともないような熱を身体中に感じてしまい、頭がくらっとした。
「良いな?」
「はい、陛下」
俺は即座に了承した。よく考える時間などなかった。本能で陛下の提案を受けたのだ。
「この手紙をエヴルー家に届けるように。ロザーラ嬢に私からの申し出だと伝えなさい」
俺は騎士たちを連れて、エヴルー家に赴いた。これは正式な結婚の申し込みだ。彼女の父親が他界しているのは周知の事実だ。リシェール伯の騎士全員を連れて行った。コンラート地方に残している騎士以外の全員を連れて、俺は物々しい装備をつけて都を行進し、エヴルー家に赴いたのだ。
エヴルー家に着くと、公爵家の紋章の着いた馬車が出発するところだった。中に評判の悪い公爵家の次男の姿と、青ざめたロザーラ嬢の姿が見えた。
「陛下の手紙だ」
俺は胸の奥が何だか分からない嫉妬と怒りで燃えるように熱くなり、すぐさま公爵家の紋章の着いた馬車を止めるよう命じた。
その時、馬車の中で不自然に腕を後ろに回していた彼女が、そっと縛られた腕を俺に見せた。
怒りの感情が俺の全身を貫いた。
――俺の純真無垢で美しい花嫁に何をする!
俺は有無を言わさず、馬車のドアをこじ開けて、ロザーラ嬢の体を抱き下ろした。
「な、なんだ君は!」
「私はリシャール伯だ。陛下の甥に当たる。陛下の手紙をロザーラ・アリーシャ・エヴルー嬢に預かった。陛下からの申し出がある」
公爵家次男は口から唾を飛ばすほど慌てふためいたが、ジェラールを横目で冷たく見つめながら、ロザーラ嬢が素早く答えた。
「陛下の申し出をお受けします!」
――結婚の申し出を彼女が受けてくれた!
俺は喜びで全身が震える思いだったが、とにかく今は公爵家の次男を撃退せねばならない。俺は奴の体をつかんで馬車から引きずり下ろした。
「どうやらこの状況では、誘拐の罪であなたを捕らえなければならないようだ」
俺は連れてきた騎士団に合図をして、公爵家次男を縛り上げた。代わりにロザーラ嬢の縄を急いで解いた。
「いいのですか?陛下の提案を確認せずに受けても?」
俺はロザーラ嬢にそっと確認した。
「受けますわ。私は陛下に全幅の信頼を寄せておりますから、確認など要らないですわ」
ロザーラ嬢は清々しいほどキッパリと俺に答えた。
――彼女が花嫁になってくれる。
俺は嬉しさと恥ずかしさで、どうしたら良いのかわからないほど動悸が激しくなり、顔が熱くなった。
俺は彼女の美しい顔を凝視した。彼女と俺は見つめあった。時間が止まったかのような静寂が訪れて、我を忘れた。
「なんだよっ!」
公爵家次男が俺の騎士団に連れて行かれる声でハッとして我に返った。
「行くわよ。歯を食いしばりなさいっ!」
ロザーラ嬢は公爵家次男に容赦なかった。2回も奴の頬を引っ叩いた。さらに奴の胸ぐらをぐっと掴んで、目を見据えて言った
「あなたを本気で絶対に許さないわよ。私を甘く見ないで」
そして、間髪入れずに踵で彼のつま先を死ぬほど勢いよく踏みつけた。
うぅっ!
公爵家次男は情けない声を出して涙を流していたが、大人しく騎士団に連れて行かれた。
俺は惚れ惚れと美しいロザーラ嬢を見つめた。陛下がなぜ俺の花嫁に選んだのか、その時分かったような気がした。
「午後過ぎから今日は天候が急変して大雪が降りますわ」
ロザーラ嬢は天気に詳しいのか、そう告げた。俺と騎士たちは、捕えられていた執事と侍女と料理番を探すのを手伝った。
その後、暖炉の火が焚かれてとても暖かい部屋で俺はロザーラ嬢に手紙を読むように促した。陛下の申し出が、俺との結婚であることを彼女に理解してもらう必要がある。
俺はドキドキする心臓の音が漏れ出ているのではないかと不安になりながら、彼女に伝えた。
「陛下の手紙を確認してくれないか」
彼女は大方の騎士たちが帰宅の途に着いたのを確認すると、陛下の手紙を読み始めた。
手紙には王家の紋章が入っていて、王冠の蜜蝋で封がしてあった。手紙を読んだ彼女はひどく驚いた顔で俺の顔を見つめた。
俺は彼女の表情を伺った。
――拒否はしていないようだ。嫌悪感も見えない。驚いているだけだ。
俺はほっとした。
彼女の姉と母の帰ってきた弾むような声が遠くに聞こえる中で、ロザーラ嬢は俺の顔を穴が開くほど見つめていた。
その後、彼女は俺のことを「私の夫になる人だそうです」と彼女の母君と姉に紹介して、結婚するつもりである意志を明確にしてくれた。
その後のことは無我夢中で正直覚えていない。
「二人並ぶとあなたたちはお似合いに見えるわ」
そう言われて信じられないほど嬉しかったのを覚えている。昨晩は大雪になったが、とても賑やかで素敵な夜だった。10年前、ジークベインリードハルトの実家を離れてから初めて家族というものをしみじみ感じた夜だった。
陛下とウィリアムとケネスも俺の家族だ。だが、ロザーラ嬢とその家族は、俺のもっと深い部分に訴えかける何か熱い感情を呼び覚ます人たちだったのだ。
これを恋というものだという人がいれば、きっとそうなのだと思う。
俺の初恋は、ロザーラ嬢だ。その人と結婚するのだ。
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