第3話 完全なる死の5分前で待って
私は雪の中で力無く倒れている自分を見つめている。声が出ない。薄着の私は憐れな姿でぴくりとも動かない。輝くようなブロンドの髪が雪に埋もれていく。
――お願い立って!
叫ぶけれども、私の声は出ない。あとからあとから真っ白い雪がはらはらと降り積もり、私の体は半分も見えていない。眠っているかのように瞳は閉じられたままだ。
私はパニックを起こした。このままで死んでしまう。時計台の鐘が遥か遠くで鳴っているのがかすかに聞こえる。美貌と妖艶な体だけが自慢の没落令嬢の私は、こんなところであっけなく死んでしまうのだろうか。
その時だ。
ふと、雪の中からどこからともなく私の目の前に一人の男性が姿を現した。真冬で寒い日なのに彼は非常に居心地の良さそうな様子だった。仕立ての良さそうなゆったりとした絹の服を身に纏い、スラリとしたズボンのポケットに両手を入れて倒れている私を見つめている。金髪の髪を短く刈り込んでいて、目の色は青かった。このあたりでこれほど精気のない印象を与える美貌の人は見たことがなかった。彼の頬は薔薇色で美しいとさえ思えるほど整っているのに、どこか血の気が感じられなかった。
――助けて!
「さて、どうする?」
その男性は倒れている私をチラリと一瞥し、雪の中で倒れている私のそばに立って、慌てふためいている方の私に目を向けた。
「助けてください」
――やっと言葉が出た……
「世の中にはどうしようもないクズはいるものさ。君も気の毒だったね。今すぐに私と神のところに行くか、それとも君はこの私と契約して公爵家の次男に仕返しするか。今決めてくれるか?」
「……あなたはいったい誰なの?」
「君の目の前にいる僕のことを色んな人が死神と呼んだりするよ」
彼は私ににっこりと微笑んだ。
「あぁやっぱりですか……」
私は深い絶望を感じてうなずいた。私の短い人生はもう終わったのだと悟った。けれども、最後に気になることがある。
――契約って何かしら?
「あの、先ほどおっしゃっていた契約とはなんでしょうか?まだ神様のところに行かなくても良いという方法でしたら、ぜひにお聞かせいただきたいです。公爵家の次男に仕返しするというのも魅力的ですし」
私は死神に食い下がった。
「ほう、興味があるんだね?君をこれから連れ去る5分前で一旦時を止めよう。君がこの死を回避できる選択を過去に戻ってできれば、5分の間に結果が変わる。そうすれば君はここで死なない」
私は死神と名乗る男性の言葉に耳を傾けていたけれども、混乱した。
「よくわからないのですが、一つ教えてください。もしも私が死を回避できる選択ができなかった場合はどうなるのでしょう」
「当然、すぐにこの時間が訪れる。私が君を神のところに連れていくだけさ」
「つまり、私が選択を誤れば死ぬということですね?」
「そうだ」
私はやるしかないという気持ちだった。どのみち契約を交わさなくても死ぬのだ。死神が目の前まで来ているのだから。
「契約します」
「そうか。じゃあ、この証文に手をかざしてくれ」
私は死神がポケットから取り出した紙を見つめた。『死まで5分』と大きく書いてある。私はその紙に手をかざした。指が震えて手がかじかんで指が伸ばせない。つまり私はまだ生きいるのだ。そのことに私は少し勇気付けられた。
――私はまだ死んでない。つまり、あの人に仕返しをする機会を与えられたということよ。そしてお母様とお姉様を悲しませないで済むということだわ。
死神が差し出した『死まで5分』と書かれた紙に私が手をかざすと、紙は炎を出して燃え尽きた。
「契約成立だ。ロザーラ・アリーシャ・エヴルー、汝は死神と契約した。ここで私は5分だけ待つ。その間に過去に戻って過去を変えてこの時間に戻ってきなさい。ただし良いか?選択を間違えればこの5分は即座に終了だ!」
死神はそう言い放つと、私の瞳を見据えて右手から閃光を出して私を撃った。
私はまばゆい光線に体ごと飛ばされた。
気づくと、「陛下よりロザーラお嬢様にお手紙がございます」という声を聞いていた。
唯一、我がエヴルー伯爵家に残ってくれている年老いた執事が玄関で応対しているようだ。
私はハッとした。私は実家にいた。広いホールに一人佇み、執事が陛下からの使いの者に応対しているのを聞いていた。どうやら、初めて我がエヴルー伯爵家に陛下から使いがやって来た日のようだ。となると季節は初夏。私が死に至る約半年前だ。
――ここが選択の開始地点だわ。最初の時、私は妙なプライドが邪魔をして陛下の申し出を断った。その結果が凍死ということね。
「ピーター、私宛のお手紙ですね」
私は年老いた執事の元に急いで駆け寄った。
――この機会を決して逃さないわっ!1回目とは違う選択をするのよ。
「ロザーラお嬢様に陛下からお手紙だそうです」
「ご提案を受けますわ」
私は手紙を受け取ると即答した。
「え?まだお手紙の中身をご覧になってないのではないでしょうか」
「私にはこの手紙の内容が分かるの。陛下にお伝えください。心して陛下のご提案をお受けいたしますわ。ちょっと待ってくださる?急いでお返事を書いて戻ってきますわ」
私はそのまま書斎に走った。急がなければ5分経ってしまう。私は書斎で手をつけずに残しておいた上等な紙を出して、すぐに陛下へのお返事を書いた。また走って玄関まで戻る。
――5分経つ前に過去の選択を変えるのよっ
「こちらを陛下にお渡しいただけますでしょうか」
「かしこまりました」
私は時計を見た。従者が帰って10分経過したけれども、私はあの雪の中で死神が待っている時間に戻らなかった。今回は私は正しい選択をしたのだ。
褒賞金を得るために私は陛下の申し出を受けて、無事に第一王子ウィリアムの虫除けの役割を果たした。この件ではまるで役に立たないプライドは綺麗に捨てたのだ。
第一王子ウィリアムの婚約者になったので、公爵家の次男が私に近づいてくる機会は今まではなかった。どこかで必ず仕返しをしてやろうと思っていたけれども、舞踏会からの馬車の中では私はそんなことはすっかり忘れてしまっていた。心が浮き立ち、うきうきとした気分でお金の計算を続けていたのだ。
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