第33話 きょうのわんこ ④

私は、とりあえず西の方へ向かうこととした。


先輩と交わした会話は全て覚えているから分かるが、あの人は実家にあまり帰りたがらない。


年末年始も、実家には戻らずに私と一緒に飲み屋に行くなどしていた。


聞けば、実家は北海道らしく、戻るのが面倒な上に帰っても田舎過ぎて何もないから、帰りたくないらしい。


その田舎と言うのは、普通の日本人が思い浮かぶような「隠居後に住みたい片田舎」と言うような趣ではなく、「試される大地」なのだとか。


具体的には、小さな道は道路に舗装されておらず土のまま。


娯楽施設はほぼなく、基本的には田んぼと小さな商店くらい。


インターネット回線もほぼ未通で、携帯電話の電波もあまり届いていない。それどころか電気がない家も。


郵便物は頼んでから届くまで一週間かかる。


テレビもアニメなんてほぼ流さず、狂ったように時代劇を垂れ流し。


その上で熊や鹿がよく湧いて出る。


バスは一日二本だけ。


まあ、うん。


一般人には厳しい土地だな。


しかしその辺を考えると、陸の孤島であるからして、ゾンビから避難する為には最適であるように思える……。


……恐らく、最後の最後。本当に最終的な目的地は彼の実家『湯越村(ゆごしむら)』だろう。


全てが終わればそこに腰を落ち着けるはずだ。


だが、真っ直ぐそこへ向かうとは思えない。


彼のことだから、仲間を集めたり、家畜を確保したり、その上で船なども確保して、十全な準備をしてから移動するだろう。


そもそも、船で移動するにしてもどこから?


東京湾や横浜は無理だろう。あそこは人口密集地だ。船の確保どころではない。


であれば、他に船がありそうなイメージといえば……、大阪や神戸とかだろうか?


名古屋や四日市なんかもあり得そうだ。


そうだな……、東京からスタートするなら、名古屋経由で神戸なんかに行くんじゃないだろうか?


そうでなくとも、公道を走っていればいずれかち合うはずだ。


スマホもGPSも死んでいる今、確実に通れる道路は、物理的な地図にも描かれているような大きな公道のみだからな。


カーナビとかそう言うのはもう使えないから、公道以外の小さな道は地元民でもない限り分からない訳だな。


北から青森経由で……とも考えたが、船の劣化や燃料が腐る(ガソリン等は実は腐るのだ)ことなどを考えると、陸路でダラダラ移動するより、安全な近場の港を探すはず……。


様々な物資を満載できるほどの船ならば、整備するにもそれなりの時間がかかりそうだからな。何をやるにしても、まず船を確保してからだろう。


もし当てが外れたとしても、海の近くにいるのは確実だろうな。


あの人のことだから、「メタクソに魚が食いてえ」とか言って堤防で釣りとかしているはず……。


津軽海峡をバタフライで数時間で泳ぎ切るマジキチなのだから、海辺にいても死ぬ心配はないだろうし、というか潜水してなんか獲ってくるぞあの人は。


これからそろそろ夏になるし、「しばらくはバカンスするっかぁ〜!」とでも言っているんだろうな、あの人の考えはなんとなく分かる。




とりあえず、浜松まで来た。


先輩の痕跡は見つからないが、まあ、想定内だ。まだ焦るような時間じゃない。


ざっと見たところ、めぼしい船はない、な。


ここに先輩が留まる可能性は低いだろう。


しかしそれでも、私には用事がある……。


まず、物資の補給だな。


ガソリンはどうにかなったが、それよりも食料だ。


「うおっ!あんた何もんだ?!」


「人間っす!」


「い、いや、なんか犬の耳が生えてるぞ?!」


「コスプレです!」


港の近くで徒党を組んでいるコミュニティに、私はコンタクトをとった。


港では、魚を保存する為の大型倉庫があり、そこを拠点にしているようだ。


自分達で釣りなどをして魚を得て、それで生活しているとのこと。


私は、拾った焼き鳥の缶詰や、お菓子などを提供する代わりに、多くの魚の干物をもらう。


「魚なんざいくらでもとれるからな、魚以外をくれるんなら、その倍の魚を渡しても惜しくないよ」


とのことだ。


「いやあ、あんたデカいね。格闘家か何かかい?」


「いえ、自衛官でしたよ」


「はえー、そうなのか。道理でそんなに強そうなんだな。……それでその、頼みがあるんだが」


「タダではちょっと……」


「いやいや!もちろん、タダじゃない!ちゃんと、対価は渡すよ!」


「具体的に、何を?」


「車だ。しかも、大型トラック!」


大型トラック……。


確かに、稼働する大型トラックは欲しい。


しかし、そんな貴重なものを何故……?


「実は、移住する予定があってな。俺達は、家族と仲間を連れて、遠くに行こうと思っているんだ」


「なるほど。移住の時に持っていけないトラックを譲渡する、と?」


「そうだ。野菜の種や鶏なんかの手土産とかそういうのは、近所で仲間達が集めて持ち寄ったから、移住してもなんとかなりそうな見通しなんだが……」


「ふむふむ」


「だが、燃料がどうしても足りねえんだ」


「燃料?」


「ああ、そうだ。船を動かすのに必要な燃料はガソリンスタンドにあるようなガソリンとは違う。専門の会社が売る、『C重油』っていう重油が山ほど必要なんだよ」


話が見えてきたな。


「つまり、危険な街に行って、その燃料会社から重油を取ってこい、と?」


「そう言うことになる」


……理解した。


これは、受けるべきだな。

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