第36話 百花繚乱

「てか、あんたが出てこなくても、私だけでジンタくんは守りきれたけどね」


「やぁん、強がり言っちゃってぇ。カイリの下らない負け惜しみが心地良過ぎぃ」


「強がってなんかない、本当に私一人で守りきれた」


 大人げないと思いながらも、私はついつい張り合ってしまう。


「くくく、カイリって超々負けず嫌いなんだからぁ。て言うかさぁ、あたしも人のこと、全然言えないんだけどねぇ、アハハハ」


 あっけらかんと笑いながら、紫苑は銃弾を詰めたシリンダーを左手でクルクルと回転させていた。


 紫苑の持っている全長二十二センチほどのその拳銃は、シングルアクション式と呼ばれる代物で、海外の有名なガンスミスとやらが制作した特別製なんだと、彼女自身から聞いたことがある。


 とても高価で珍しい物なんだとか、聞いてもいないのに、それはもう鬱陶しいぐらい自慢げにベラベラと話してきた。


 さらに、撃ちだす弾も特別製で、中には特殊な種が埋め込まれてるとかなんとか。


 要するに、持ち主同様に、とてもけったいな代物なのだと言うことだ。


「ギギ……いやはや、驚いた」


「えへへ、綺麗でしょ? 由緒正しき天間家の人間にふさわしい、高貴なあたしにピッタリな華麗な技。お楽しみ頂けたかしら?」


「……それも鉄砲とか言う、人間の作りし道具か」


「ん? ああ、そっち? そうよ、回転式拳銃、俗にリボルバーって呼ばれる奴。なんとも言えない、このズシっとくる黒鉄くろがねの重みと、手に馴染む木製のグリップの艶と触り心地が、と~っても最高なの~♪」


 そう話しながら、彼女は自分の拳銃を恍惚な表情で見つめている。ホント、気持ち悪すぎでしょ……


「なになに? お猿さんも興味あんの? あたしの愛銃、速太郎はやたろうにさ?」


「いやいや、儂らはそれが大嫌いじゃ。猟師がそれよりも、おっきな鉄砲で儂らを追い回してくるからな。ずっと、ずっと、昔から。生まれた時から……ずっと、な」


 猿の異形は苦虫を潰したかの様な表情で、紫苑の手にするリボルバーを睨みつけていた。どことなく悲しそうな、辛そうな……そんな顔をしている。


「あらら、それは可哀そう。なら、もっとあたしの速太郎で、たぁくさんの心の傷を植え付けてあげないとね。トラウマって奴をさぁ~」


「ウキキキキ、可愛い顔して恐ろしい物言いをする娘だ。気に入った」


 猿の異形が再び手を大きく打ち鳴らすと、私の周りにいた猿たちが、全て紫苑に目掛けて飛びかかった。


「紫苑!」


「カイリィ。どれか三匹、撃ち漏らすからさぁ、よろしくぅ」


「勝手を言う!」


 紫苑の翡翠色の瞳が、鮮やかに輝きだした。


 そして、リボルバーを構える右肘を腰に当て、襲いかかる猿に向かって、流れる様にリボルバーの銃口を横移動させていく。


「あたしの銃弾、たっぷりと味わってね♡」


 ──ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダァン!


 瞬時にして、計六発の銃声が連続で鳴り響き、紫苑目掛けて飛び掛かった猿たちが絶叫を上げながら次々と地面に転がり倒れる。


 そんな彼女の流水が如き早業に、悔しいけど私は一瞬見惚れてしまっていた。


 引き金を引いたまま、添え手の平で撃鉄を起こす動作を瞬時に連続して行う『ファニングショット』と呼ばれる技。


 あれは速射に特化しているが、あまり実用的ではなく、命中精度も極端に落ちると言われている。だがしかし、紫苑は見事に全弾命中させていた。


 だが私も、彼女に負けじとしっかりと自分の仕事はこなした。


 紫苑の構えたリボルバーの銃口角度を確認して、発砲する方向と猿の位置を確認。そして、それらの位置から大きく外れた場所にいる三匹の猿たち目掛けてクナイを投げて動きを止めたのだ。


「百花繚乱!」


 言霊を込めた声で紫苑が叫ぶと、銃弾を受けた猿たちから植物の茎や枝が生え始めて、色とりどりの花が咲き乱れた。


 そして満開の花を咲かせたまま、猿たちは次々に地面に倒れたまま絶命していく。


「あれれぇ、もう終わりかな? 呆気ない、呆気ない。つまんないのぉ~」


 わざとらしく残念そうな声を出しながら、紫苑はすでにリボルバーのリロード作業を行っている。手慣れたもので、一連の動作をあっという間に終わらせていた。


「ウキキ、なんと鮮やかな。まずます気に入ったわ、小娘」


「はぁ~、お猿さんなんかに気に入られても、全然嬉しくないんですけど。出来れば背が高くてぇ、カッコ良くてぇ、ハイカラな男の子に褒められたいなぁ」


 猿の異形に向かって、そんな冗談めいた返事をした後、紫苑は翡翠の瞳を輝かせて、迷うことなくバレルの先を猿の異形へと向けた。


「待って!」


 私は銃口の向きを確認して、懐から取り出したクナイを投げつける。


 ──ダァン!


 と、渇いた銃声と共に、猿の異形の目の前には数人のお坊様が並んでいた。


「え?」


 予想外、と、紫苑は少し間抜けな声を発して目を見開いている。


 ──ギィン!


 次の瞬間。


 金属と金属が火花を散らしてぶつかり合う音が、辺りに鳴り響く。なんとか私の投げたクナイが、紫苑の発砲した銃弾に間に合ってくれたみたいだ。


「紫苑! お坊様達は攻撃しないで!」


「なんで? なんで、お坊さんたちの姿が見えなかったの?」


 紫苑は、こんな事あるはずがないと言わんばかりの口ぶりだった。


「おかしいな? ちゃんと、通りにあいつ目掛けて撃ったのに……そこにお坊さん達はいなかったはずなのに……なんで?」


「紫苑、あの猿の異形は心を読んでくるのよ」


「え、なに? 心?」


 私の進言に眉間にシワを寄せながら、紫苑は猿の異形へと視線を移した。


「ふぅ~ん、あ、そう。下等な猿如きが、そんなとんでもない芸当が出来るだなんて、ちょっと驚いちゃったなぁ」


「いやはや、お前さんほどではないよ、鉄砲の小娘。お前さんの心は、尋常ではないほどに気持ち悪い。先ほども儂の手下の動きを解っているかのように心で念じておった、これは一体どういうワケだ?」


「どういうワケって? ……えへへ。だって、あたしにはからねぇ」


「見えている? 鉄砲の小娘。お前には一体いるのだ?」


「視えてるよ。世界中の人間が、誰よりも私が優秀な人間だって認め、称賛し、賛美し、礼賛する、そんないるの」


「……そうか、お前も何かしらの異能を使うのか。ならば、急がずじっくりと、その正体を探らせてもらうとしよう、キキ」


 猿の異形が指を動かすと、六人の項垂れたお坊様達が奴の事を守る様に周りを囲んでいた。

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