吐き気がした。言葉もなく、下を向いて嘔吐感をかみ殺す俺に、父親は嫣然と微笑んでいた。

 「……父親としての、自覚とかないのかよ。」

 なんとか振り絞った攻撃は、父親の肌をかすりさえしなかったらしい。

 「あったら、ここにいないですよ。」

 それは、ごく軽いものを投げ出すように。

 あったら、ここにはいない。それは、俺に今晩買われていないという意味以前に、ここで売春などしていないという意味にも取れた。母親が死ぬまで、この男は普通に昼間の仕事をしていた。それが、いつの間にか夜な夜な出かけて行くようになり、第二次性徴を迎えるちょっと前くらいに俺は、この男が売春をしていることを悟った。きっかけはもう、覚えてもいないけれど、身に纏う雰囲気が変わったことや、身体に変な痕ばかりつけて帰ってくることは、もっと前から気が付いていた。

 「じゃあ、なんであんた……、」

 ここにいるんだよ。昔は確かに、まともな親父だったくせに、なにがどうなって、ここまで流れ着いたんだよ。

 しがみつくように問いかけた俺に、父親は答えなかった。俺に歩み寄って、俺のベルトに手を伸ばしながら、くくく、と、喉の奥を鳴らして笑っただけで。

 バカにされている。完全に、バカにされている。

 目のふちが燃えるように熱くなった。すぐ側に涙の気配もあった。でも俺はそれを必死で押し殺し、その反動みたいに父親の肩に腕をかけ、薄っぺらい布団に押し倒した。父親は、動揺するそぶりさえ見せなかった。本当に、こういう場面に慣れていて、心の奥底から慣れすぎていて、今更俺がどう出ようと父親を動揺させることはできないのだと分かった。実の息子の俺が、ここまでしても。

 「抱きたいですか? それとも、抱かれたい?」

 父親は、俺の腕の下に抑え込まれながら、するりとそんなことを訊いてきさえした。俺は、答えなかった。答えるだけの言葉を紡ぐのは、もう無駄だと分かっていた。いくら言葉を重ねたところで、目の前で笑っていることの男とは、なにをどうやっても、わずかばかりも、分かりあったりできない。

 負の勢いに任せて、父親の下着をはぎ取った。父親は、細い腰を平然と浮かせて、俺に手を貸しさえした。

 抱きたいとか抱かれたいとか、考えたこともなかった。もちろん。今日ここにきてすら、そんなことを考えることができずにいた。だって、ここにいる男は、俺の実の父親なのだ。

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