赤いたぬきと緑のきつね

双葉紫明

第1話

 里では初夏の日差しの頃、この南信州の山の中はいまだ新緑に桜、花桃。色とりどりな、春でした。


 朝早く、空が白んで明ける頃、一匹の狸がごそごそ、ごそごそ、あちこち餌を探していました。この時期タラの木には芽が育ち、地べたからは羊歯が伸びて来ます。

 いよいよ狸の出番です。蓄えがない狸は、笹薮を、茨の中を、がさがさ、がさがさ、あの山この山忙しく。ひとりでたくさんの美味しい木の芽や羊歯に草を集めてまわります。

 狸は誰より山を歩いて、いろんな美味しい植物を知っていたのです。

 それを人間たちに送ると、お礼にお金が貰えるのでした。


 朴の葉を頭に乗せると、ぽんぽこ!狸は痩せた男の姿になって、小屋で集めた木の芽や羊歯を箱詰めして、郵便局へ持ち込みました。

 「8370円です」

 えええ、と腰が抜けそうにびっくりしたのをうまく隠して、狸マンは友達がくれた長財布から1万円札を1枚取り出しました。

 手が震えてうまくつかめないし、ピン札だったので2枚くっついているのが静電気みたいになかなか剥がれません。

 財布の中には数枚の1万円札がありましたが、明後日払う為に貯めているのでした。誰かに悟られ奪われてはいけません。

 平静を装いながら、支払いを済ませると帰り道狸男は反省しました。鮮度保持には発泡スチロールでチルド発送がベストなんだけど、80サイズが100サイズになると送料がぐうんと上がってしまう。それでも送り先は東京や名古屋、もう暑い。お客様のご負担を1000円から1500円にしようか?そうしよう。


 それから顧客にメールを4件の送り先それぞれ、「本体6000円、送料1000円で7000円になりました」と言った具合いに送信。

お湯を沸かしてカップヌードルをすすりながら、「駄目なやつ、なんでこうなんだ」とうなだれるのでした。

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