第18話 慌てる男
ようやく地元タウン誌の営業という仕事にありついた孝志は、出勤前に息子を保育園に送っていく毎日を過ごしている。
編集長も男のひとり親として苦労した過去があり、孝志の事情に同情的だったお陰で手に入れた仕事だ。
「よろしくお願いします」
「はい、お預かりします。お迎えはパパですか?」
「その予定ですが、家族が来るかもしれませんのでよろしくお願いします」
「わかりました」
「バイバイ、かずと。いい子にしてるんだぞ」
もうすぐ2歳になる息子は走ることも覚え、イヤイヤ期に突入していた。
「いや! おとしゃと! いやの!」
「おとしゃはお仕事だから。おとしゃも頑張るから、かずともがんばれ!」
グーパンチを差し出すと小さな握りこぶしを合わせてくる。
その何気ない日常が、愛おしく感じるようになっていた。
車に乗り込み、今日の予定を確認する。
「おお、今日は午後から予定なしか。久しぶりに新規開拓にでも回るかな」
裕子のことを忘れたわけではないが、なるべく考えないようにして久しい。
それは弟の一言がきっかけだった。
「もういい加減に諦めろ。たとえ見つかったとしても、浮気相手との子を一緒に育ててくれるわけないだろ? また傷つけるだけだよ。裕子さんの幸せを考えてやれよ」
その通りだ……俺は何を望んでいたのだろうか。
まだ裕子に甘えようとしていた自分の傲慢さに戦慄を覚える。
心から納得した孝志は、それきり休日ごとの東京徘徊をやめた。
「駅北はまだ行ってないしな」
午前中のアポイントメントを着々とこなして3時を回り、休憩をしようとファーストフード店の駐車場に車を停めた時、携帯電話が鳴った。
父親からの着信に不安がつのる。
「もしもし」
「孝志か。お前今日何時に帰ってくる?」
「今日は定時の予定だけど、どうしたの? かずとになにかあった?」
「いや、そうじゃないんだ。お前に会いたいという人が来ている。俺ではさっぱりわからんから出直してもらうように言ったんだが、何時に来れば会えるかと言われてな」
「え? 誰? もしかして……玲子?」
「いや、玲子さんのご両親だ」
かずとの迎えを父に頼み、玲子の両親には駅前ホテルのロビーで5時と伝えてもらった。
休憩は諦め会社に戻る。
欠伸をしながら新聞を読んでいた編集長の前に立った。
「すみません、ちょっと想定外の事態がありまして」
「どうした? 子供が怪我でもしたか?」
「いえ、別れた妻の両親が実家に来ていると連絡が……」
「なんだ? まさか今になって孫を引き取るとか言いだすのか? 冗談じゃないよなぁ。それで? どうするんだ? まあ、どうすると言っても会うしかないか」
「ええ。会うしかないですが、実は顔を知らないんですよ」
「なんだそれ」
「ちょっと複雑な事情がありまして……」
「まあ、それはおいおい聞かせてもらうが。どこで何時だ?」
「駅前ホテルで5時です」
「よし、俺も行こう」
「え?」
「お前だけじゃ丸め込まれてしまいそうで不安だ。あんなに可愛いかずとちゃんを手放すなど考えられん!」
「いや……それは……」
「お前……まさか引き渡すつもりか?」
「いえ、それはありません。絶対に渡さないし、できれば会わせたくもないですよ」
「うん、でもここまで来たんだ。そういうわけにはいかないだろうな」
「そうですよね……でもどうして俺の実家がわかったんだろう」
「そりゃ元嫁は知ってるだろ? 何言ってんだ」
「いや、あいつは知らないはずです」
「お前……まあいい。5時ならそろそろ出るか? 早めに行ってコーヒーでも飲みながら作戦を練るぞ」
「は……はい」
ノープランのまま、編集長に引っ張られるようにして孝志は会社を出た。
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