46 刺々しい
のどかで平和な昼下がりに。
仰々しくフォンテーヌ公爵家の豪華な馬車が、ヴァロア男爵家の門前に停車する。
そしてその馬車から降りてきたラファエル公爵は何事も無かったかのように朗らかに微笑むから、出迎えたアイリスは冷たく凍えるような目を向けた。
「あ……アイリス……?」
「何しにこんなところまでいらっしゃったのですか? フォンテーヌ家の公爵様?」
と、トゲのある声でアイリスはわざわざラファエル公爵の事を『フォンテーヌ家の公爵様』と、呼んだ。
「え……っと、アイリス? 私は君を迎えに……」
その冷たい視線と、トゲのある呼び名にラファエル公爵はアイリスはどうしたのかと様子を窺う。
「私を迎えに……それはどうして?」
「そ、それは! 君は私の妻だからでっ……」
「……結婚、無効ですよ?」
事実だけをアイリスはラファエル公爵に告げる。
「え……? いや、それは……」
「……お引き取り下さいフォンテーヌ家の公爵様? 私はアイリス・ヴァロア、貴方なんて知りません!」
「っ……まっ……て、あ、アイリス!?」
アイリスに袖にされたラファエル公爵は唖然として、ただ去り行くアイリスの後ろ姿を眺める。
そんな一部始終をみてしまったアイリスの父であるヴァロア男爵が、こりゃ不味いとラファエル公爵に声をかける。
「あー、その、フォンテーヌ公爵? ……ここでは……その、えーっと……何なので、我が家にどうぞ?」
声を掛けたはいいが何て言ったらいいのかわからないヴァロア男爵は、しどろもどろになりながら。
ラファエル公爵をどうにか家の中に案内するが。
「アイリス……どうして? アイリス……私は……」
案内された部屋で、うわごとのようにアイリスの名をぶつぶつと呟き悲壮感を漂わせるラファエル公爵に、ヴァロア男爵はおろおろとするばかりで。
「フォンテーヌ公爵……お、お茶をどうぞ……」
そんな地獄絵図を展開する応接室にやって来たのは、アイリスの母親でヴァロア男爵夫人エマと、アイリスの姉アナイスで。
「あら、まあ……あなた、お客様を立たせたままなんて、いったい何していらっしゃるの……?」
「お父様、おろおろしてないでちゃんとしてよ……? 元はと言えばお父様が悪いんだからね?! 夫婦の事に口を挟むなんて……」
と、ヴァロア男爵は妻と娘に非難されて。
「その……なんだ……すまん! つい、熱くなってアイリスを連れて帰ってしまった……申し訳ない」
「あ、いえ……私の方こそ、知らず知らずに彼女に負担をかけてしまって……親御さんが心配なされるのはごもっともで……すいません……」
あの夜会の夜からアイリスに対する危険を排除する事ばかりにラファエル公爵は気を取られて、手紙の一通も出さず会いにも来なかった。
……今、考えればアイリスが怒るのも当然で。
そしてアイリスの父ヴァロア男爵も元々アイリスに冷たくされていたが、連れ帰ってきたら以前にも増してその態度は酷くなった。
……よく考えれば余計お世話だった気がして。
ラファエル公爵とヴァロア男爵のお互いに平謝りを繰り返し、そして二人は溜め息を溢した。
「……それで、アイリスを迎えにいらっしゃったという事で、宜しいのかしら? フォンテーヌ公爵様?」
ラファエル公爵にそう問うのは、アイリスの母親であるヴァロア男爵夫人エマであまりアイリスには似ていない。
金髪に薄い青の瞳のヴァロア男爵夫人と姉は、アイリスの清楚で可愛らしい雰囲気とは違い派手な印象を受けた。
夫人の隣に座るアイリスの姉とは良く似ているからアイリスは男爵似なのだろう、二人は色彩が同じだから。
「はい、安全も確保出来ましたので……アイリスを迎えに来たのですが……嫌われてしまったみたいです」
「ふふ、嫌ってるというよりあの子、フォンテーヌ公爵に放ったらかしにされて拗ねてるだけですから……そのまま連れ帰って貰っても宜しいのですよ?」
「嫌だと言うのを強制するのは……」
「あら、以前お会いした時とはフォンテーヌ公爵はだいぶ変わられましたね? うちの可愛い娘の事を物扱いしてらしたのにね」
ヴァロア男爵夫人エマはアイリスと同じように、刺々しくラファエル公爵に告げる。
その表情は笑ってるのに声が冷たい。
「っ……その節は、本当に申し訳なさそうなく……」
「あ、いえ……これは……お互い様ですね。私達もフォンテーヌ公爵、貴方にデビュタントしたばかりの幼いアイリスを売ったようなものですから……責められません……つい感情的になってしまいました、申し訳ございません」
と、お通夜のような雰囲気になるから。
アイリスの姉であるアナイスが見かねて。
「フォンテーヌ公爵! こんな所でウジウジしてらっしゃらないで、アイリスの所に行って下さい! お父様とお母様とお話するよりやる事があるでしょ?」
と、姉アナイスがラファエル公爵に元気良く話しかけて後押し、アイリスの元へ向かうように言い聞かせる。
「……そうですね、アイリスの部屋はどちらに?」
その言葉に励まされラファエル公爵は意を決したように、アイリスの部屋に向かった。
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