30 ご褒美



 右よーし、左よーし!


 うん、大丈夫。


「アイリス、どうした……?」


「え、その、安全確認を……しておりました」


 近衛隊長の部屋を出て、あの痴漢陽キャがいないか周囲の安全確認をしていたらその行動がおかしかったようで、アイリスはラファエル公爵に不審がられた。


 だが安全確認はとっても大事。


 陽キャに陰キャは決して近づくべからずで、触らぬ神に祟りなしがアイリスの格言なのだ。


「……大丈夫、私が君の側にいる限りもう手出しはさせないよ? それに厳重に彼の家にはキッチリと抗議しておくし、君が私の妻だとわかったんだ、それなのに手を出すなんていくらなんでも馬鹿なまねはしないだろう」


「え、ええ……そうですね……?」


 ……それなら大丈夫かな?


「さあ、行こうか?」


 スッ……と、慣れたように腕を出してエスコートしてこようとする待機するラファエル公爵は、期待に満ちた面差しで。


 仕方ないな……と、アイリスはラファエル公爵に馬車まではエスコートされる事にしたが。


 馬車の座席に座り自分のお膝をポンポンして、ここにおいでおいでしてくるラファエル公爵は、にこにことした笑顔で期待の眼差しをアイリスに向ける。


「あの……公爵様? お膝ポンポンして笑顔で待機されても私は絶対にソコに座りませんからね?!」


「えぇっ……」


 そんな捨て犬みたいな顔して、しょんぼりされても恥ずかしいので断固お断りである。


 ……この人が冷徹って噂は絶対に嘘でしょ。


 最近は仏頂面すらもしなくなってきたよ!?


 

 そしてやってきましたのは。 


 手芸用品を扱うお店!


 ……え、これ……手芸屋!?


 宝飾品店と言ってもよさそうな重厚な外観にキラキラとした内装で、私が行ったことある手芸屋とは明らかに一線を画していた。


「あの、公爵様……? ここって本当に手芸屋さんですか? 私が知っている手芸屋さんとはだいぶ……」


「ん? ごく普通の手芸屋だが? ここは母がよく使ってる店だな、何度か昔に付き合わされた事がある」


「あ……お義母様がお使いになられて……」


 さっさとフォンテーヌ公爵家の家督をラファエル公爵にお譲りになられて、悠々自適に隠居生活されているお義父様とお義母様は、多彩な趣味をお持ちとお聞きする。


 そのお義母様が御用達のお店ということは。


 ここはとってもセレブリティな空間という事で!


 貧乏男爵家出身の野暮ったい引きこもりニートの私が来てもいいようなお店ではきっとない。


 だって手芸屋なのに高貴な雰囲気が漂っている!


 そして手芸屋への入店に、あわあわと尻込みする引きこもりを他所にラファエル公爵は事も無げにアイリスを引きずるように店に入る。


「さあアイリス、好きなものを選びなさい、何でも好きなだけ買ってあげるから!」


「え……あ、はい……」


 好きなものを選べと言われてもいつも行く手芸屋との雰囲気の差に動悸を覚えながらアイリスは、恐る恐る刺繍糸を選ぶ。


 ……大丈夫、セレブリティでも糸は糸!


 ……いやでも? これ……!


 いつも使ってるのと明らかに違う、高級品だ!


「あらあら、いらっしゃいませ、お坊っちゃん! 本日は……公爵夫人と御一緒ではないのですね?」


 店の奥からやってきた店主らしきお婆さんにラファエル公爵は、お坊っちゃんと声をかけられて。


「ああ、今日は母と一緒ではないよ。妻と一緒にきた、彼女が新しいフォンテーヌ公爵夫人だ」


「まあまあ! そうなのでございますね、おめでとうございます、近頃いらっしゃらないから寂しくおもっていたのですよ!」


「両親達は今、王都にはいないからな……、戻ったら寂しがっていたと伝えよう。これからは我が妻がこの店を贔屓にするだろうから顔を覚えてやってくれ」

 

「まあ、それではまたお坊っちゃんも一緒にいらして下さいね、ふふっ! こんな可愛らしい奥様をお嫁さんに貰えるなんて……よかったですねぇ……!」


 涙を目尻に浮かべ、本当に嬉しそうにするお婆さんはラファエル公爵をにこにこと眺める。


「ああそうだな、とても素晴らしい妻を貰ったと思っている、巡り合わせてくれた神に感謝しているよ」


 ……最初はお飾りの妻で、私にはなにも期待してない的な事を言ってた癖に、よく言うもんである。

 

「奥様! ご要望の商品はございましたか?! もし見当たらなければお取り寄せもさせていただきますからね! あらあら、刺繍糸をご覧になっておいでですのね、そういえば新作の図案も入荷したばかりで……」


 その後、店主らしきお婆さんはラファエル公爵から離れてアイリスの側に来て商品の説明を開始して。


 とても元気なお婆さんに圧倒されながらも、一通り欲しいものをどうにか選び終えて。


 ラファエル公爵と共に店を出たアイリスは。


「ありがとうございます公爵様、でも、あの……こんなに沢山買って頂いて……その、大丈夫なのですか?」


「え、こんなにって……これのどこが!? もっと沢山買っていいんだよ? 君は本当に遠慮のしすぎだ」


「ええ!? いえ、これだけあれば十分すぎるくらいで……それにいつも行くお店より高級品ばかりで……申し訳ないです……こんなに高いとは……!」


「いや全然高くはないだろう……? 何を言って……」


 母が来たときはこれの数倍は余裕で金を使う。


 なのに、これっぽっちでとても申し訳なさそうにするアイリスにラファエル公爵はとても驚かされた。


 いくら実家の男爵家がそこまで裕福でなくても、貴族の令嬢がこの程度の品と金額におどおどするなんて、何かおかしい。


 それに公爵領で閉じ込めていた三年間も公爵夫人としてそれなりの生活費とお小遣いをアイリスにラファエル公爵は出していたはずで。


 ……アイリスが、その身に纏うのは。


 とても質素な既製品のドレス、そしてドレス姿なのに宝飾品が一つも見当たらず。


 これでは公爵夫人だとは誰も思わないだろう。


 ああ、だからあの馬鹿はアイリスの事を下位の貴族令嬢だと思って……言い寄っていたのか。


 多少の無茶をしても家の力でどうにか出来ると。


「あの……公爵様……? どうされました? とても怖いお顔なされて……やっぱり買いすぎました?」


「え? ああいや……考え事をしていただけだよ? そうだ街に来たついでにカフェにでも行くか? 美味しいタルトの店が直ぐそこにあるが」


「えっ、タルト! たっ……食べたいです……けど、いいのですか!? こんなに買って貰ったのに……」


「……ああ、私も甘いものは好きだから付き合ってくれると、嬉しいが?」 


「喜んでお付き合いしますっ!」


 アイリスは量は少ししか食べれないが、甘いものが大好物で一も二もなくラファエル公爵のその提案に飛び付いた。

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