約束

「さて、それでは……よろしいですか?」 


 悲しい目をしたラライアの肩に手を置いた後のこと。

 僕らは少し手狭な石造りの運動場のような場所に居た。

 ラライアの手には、そこらで雑にまとめられていた剣の内の一本が握られており、その先は切ってくださいとでも言いたげに鎮座する丸太へと向いていた。


「あぁ、見せてくれ。」


 確認をとるためにこちらを向いたラライアにそう返すと、ラライアは頷いて丸太に向き合い、スッと。軽く剣を横に振った。それに、


「おぉ」


 思わず声を上げる。

 ラライアが振るった剣の先。なんの手入れもされていない黒く汚れた刀身に何やら高密度の魔力が纏われているらしいのだ。魔力を循環させずに、かといって押し込むでもなく高密度を保ったまま整える。

 性質としては液体に似てないこともない魔力をそのような形で整えるのはかなり難しいはずだ。この時点でもラライアの技量の高さが伺える。

 とはいえ、気になるのはここからどうなるかだが……


 そんな期待とともに僕はラライアを見つめた。

 その期待の乗った視線を受けたラライアは、剣を丸太の隣にあて、まるでバターでも切るかのように。


 スーッと。


 真っ二つに両断したのだった。

 

 ……どうやった?

 その光景を見て、最初に浮かんだ疑問がソレだった。

 ラライアが剣に纏わせたのはあくまでただの魔力だ。

 別段、物体を軟化させる効果も、剣を硬質化させる効果も無い。

 魔力を纏わせてできることなど、剣が壊れなくする程度がせいぜい……いや、違うのか。

 高密度の魔力は物体的質量をもつ。それならば、その質量を変形させ、刃状に変化させたなら……


「……物理魔術か?」

「技術を何の偏りもなく見ることができるその目。流石の慧眼ですね。」


 お、ってことは……


「はい、ご名答です。私の二つ名、無形の剣は、この物理魔術に寄るものです」


 物理魔術……これまた珍しいものを持ち出したものだ。


 意外な答えに複雑な気持ちになりつつも、そう思う。

 

 そも物理魔術とは、魔力を高密度に集めることで物体的な質量をもった魔力をそのまま扱う魔術だ。

 主な用途としては、第三の腕として扱われることや、僕の魔弾もその一種ではある。そう聞くとただ便利に聞こえるかもしれないが実際のところ、この魔術を主として使う人間は滅多にいないのだ。

 

 というのも、魔力の消費が重すぎるから。

 魔力を高密度に圧縮するという性質上、当然魔力の消費自体が大きい。そのうえ、体外に出た魔力には例の感情の欠片が混ざってしまうので回収できるとしても内側の魔力。消費した魔力の1/5がせいぜい。

 そんな塩梅なので、継続戦闘が前提となる冒険者なんかは最も向いてないと思うのだが……


 その結論に至った僕はラライアに尋ねてみることにした。

 その答えが、


「どうやら私、その感情の欠片の影響を受けないらしいのですよ」

「は?」


 突然告げられたそんな突拍子もない言葉に僕は思わずそう吐き出した。

 いやいやいや……影響を受けない?

 あの保管魔術の本を読んだからこそ分かる。

 あれは根性論や、考え方でどうこうなるものではない。今存在する自分という人格が食い潰され、新しい何かと交じり合う。そういった浸食としか言いようのない現象そのものだ。

 それはどんな人間であろうと影響を受けないで済むなんてことは無いはずがないんだが……


「……理由なんかは分かってるのか?」


 そう戸惑いながらも尋ねると、ラライアは少し考えるようにして、


「分かってはいるのですが……そうですね。とりあえずは私の生まれの影響とだけ。続きを話すと随分長くなってしまいそうですから」


 そう言った後、ラライアは壁に立てかけられた丸太が積み重ねられたような人形に触れながらこういった


「さて、次は実践です」


 そういうと、人形の体に青い文様が脈の様に浮き上がり、直にぎちぎちと音を立てながら動き出した。

 それに背を向けながらラライアはこう言う。


「まず第一に。この技術は精密な魔力操作が求められます。ですから、まずは慌てないこと。」


 そういうラライアだったが、その背後ではすでに人形が丸太で出来た拳を振り上げていた。

 あの人形の出力は分からないが、あのサイズの丸太が重力だよりに頭へ落ちるだけでも十分なダメージになるだろう。

 とはいえ、ラライアがどうするのか気になったので、黙っていると、


「次に、魔力の充填は一瞬で済ませること。」


 ブンッ


 実際充填を済ませたのだろう。あたりに衝突音すら響かせず、ラライアの剣は振り下ろされた拳を正確に弾いた。

 そして返す刀で、


 ドシャ


 袈裟切りの形で人形の上半身を見事に落とすのだった。

 

 なるほど。たいしたものだ。もしあの森でこんな対応をされていれば……いや、実際そうされたのか。

 たまたま僕は首が落ちた程度では死ななかったというだけで。


 そんなことを考えていると、


 ギチッ、ギギギギギ


 そんな音を立て、斜めに裂かれた人形はひとりでに動き出し、その断面をくっつけて再び立ち上がったのだった。

 起動したときから考えていたことではあるが、どうやらこっちもこっちで何かしらの技術が用いられているらしい。

 こちらもなかなかに興味深い。後で見てみようか。


「……面白いでしょう。実はこちらもヘルストンさんの作品でですね。これがあるからここを使いたかったのです。」


 そんなことを考えていると、ラライアはそう言葉を発した。

 その言葉に改めて人形を見てみると、体のつなぎに金属が用いられているのが見えた。

 どうにも式が刻まれているらしいが……鍛冶師の仕事なのか?これが、


 確かに精巧ではあるものの、魔術的側面の方が大きいその作品に困惑していると、ラライアが少し困ったようにこういった。


「うーん、そうですね。あの方は鍛冶師というより、研究者といった方が近い気質をしてらっしゃいますから。自分が興味のある技術なら貪欲に吸収してしまうのです。」


 ほぉ~……どうやらヘルストンというドワーフは、どうやらアインと似た類の知識バカらしい。

 そういった類は何をしでかすかわからないという類の怖さを持ち合わせているのが常だが……まぁ、先ほどの「修理」の流れを考えれば彼も同類ということは考えるまでもないだろう。


「さて、今度は応用です」


 そんなことを考えていると、ラライアはそう言って距離をとり、剣を構えた。


「改めて、にはなりますが先ほどの刃は魔力によるものです。そして本来魔力に形は無い。そう考えた時、」


 瞬間、魔力が凄まじい速度で移動した感覚がした。

 その感覚に何事かと辺りを見回すと、


「こんなことが出来るのは当然でしょう」


 そういうラライアの視線の先には横に両断された人形の姿があった。

 何をしたのかはわからないものの、状況から察するのなら……


「伸ばした不可視の刃で薙いだ?」

「フードさんのお言葉をお借りするなら……『いい線行ってる』ですね」

「フッ」


 茶目っ気を含ませてそういうラライアに少し口角を緩めながらも、説明を待つ。


「フードさんのおっしゃる方法も、確かに物理魔術を使えばできます。できますが、読みやすいと思いませんか?せっかくの不可視なのに、剣の延長線を間合いだと考えるとある程度の予測はできてしまう。そこで私は考えました。それなら、魔力だけを動かしてしまえばいいのではないかと。」


 なる……ほど?確かに理屈としては通っている。

 通ってはいるが……


「難しくないか?それ」


 そう、魔力を高密度に固める分なら簡単に出来る。しかし、それを固めながら柔軟な形に変化させるとなると……少々面倒になってくる。

 それこそアインレベルの魔術師でようやく片手間で出来るレベルだろう。それを魔術師ですらない一冒険者が戦闘で使いこなせるようになるまで一体どれほどの研鑽を積んだのだろう。


「そこもほら、私の生まれの影響ということで。生まれつき魔力の扱いは得意なんですよ、私。」


 生まれ……なんだ?エルフとかそういう類だとでもいうのだろうか。少なくとも耳は尖ってないようだが……


「あぁ、その一環でこんなこともできますよ」


 そんなことを考えていると、ラライアは断面をつないで立ち上がった人形へと剣を手からぶら下げながら近づいて行った。

 それに当然の様に殴り掛かる人形。

 ラライアはそれを全身を使って大きく避けた。

 それを何度か繰り返す。

 ふと気が付くと、


 「ん?」


 何やら細い魔力の流れが人形を覆っていた。それがつながっているのは……ラライアがただぶら下げている剣先だ。


 「よし、こんなものでしょう。」


 そう言ってラライアがその場を離れたのは、その流れが満遍なく人形を覆ってしまった後だった。

 そうしてラライアが手を突き出し、糸を引くように腕を動かすと、


 ゴシャバキ……ドテッ


 そう音を立て、突然人形がずたずたになり、宙を舞った首だけが時間をおいて落ちてきた。

 今のは……


 「はい。魔力を薄く残し、そこから斬撃を射出する感覚で内側に伸ばしました。これが決まればたいていは終わります。」


 お察しの通り、こんな木偶じゃないと決まらないんですけどね。

 そうハハハと笑うラライアだったが……これは正直それどころじゃないと思う。

 あれを喰らえば僕でも死ぬ……かどうかは正直わからないが、肉ごと骨を散り散りにされてしまうのがまずいということは間違いない。

 いやはやなんとも……


「……そういやラライア。お前が僕を殺しに来た時、どうして遠くから殺さなかったんだ?お前は使ったとは言ってたけど、使ったのはあくまで武器を鋭くする使い方だけだろ?」


 ふと思い至りそう尋ねると、ラライアは少し申し訳なさそうにしたのち、まるで告解でもするように、


「私は今までにかなりの数の魔族の方を殺してきました。ともに話した方、笑いあった方。勿論多くの人が居ましたが、それを私はすべて殺してきました。そのうちに私が勝手に決めたルールがあります。それがこの手で直接殺すこと。一撃で殺すこと。貴方もそのつもりだったのですが……生きててくれて良かったです。…………フッ、いえ。殺した私のいうことではありませんね」

「……」


 僕はあたりで転がされている剣を握った。


 「ラライア、この人形は治るのか?」

「……えぇ、必要数の丸太を与えてやれば金属が勝手につなぎ合わせて元に戻ります」


 ほぉ、そこまで高性能……というか、丸太というより金属が本体らしいなどうやら。


 そう考えて飛び散った金属を眺めていると、ラライアの物理魔術によって運ばれた丸太があたりに置かれた。それを見つけた金属はあたりの丸太を集め、すさまじい速度で再び組みあがる。

 それに僕は剣を構え、


 ブン


 振り上がろうとした肩を大雑把に魔力を纏わせただけの剣で叩き落した。


「ラライア、お前は言ってた予約にでも行ってこい。」

「?はい、もとより行く予定でしたが……」

「ついでにミティスの様子でも見てこい。あまり知りもしないのにいうのは申し訳ないがあの子若干ポヤポヤしてそうだし。」

「は、はぁ。そうおっしゃるのなら行きますが……理由をお伺いしても?」

「約束だ。」

「はい?」

「約束。生きている人間同士でしかできない事柄の一つだろう。それをお前としてみたくなった。」

「……そうですか。フードさんは気まぐれですね」

「そうかもな。」


 そういうと、ラライアは、店の表へと繋がる扉へと向かった。

 その間に、振り向いて一言。

 

「では行ってきますが……フードさん。私の技は難しいですよ?」

「ハッ、望むところだこの野郎。……後でその店で。」

「……それが約束ですか?」

「あぁ、時間までに突き止めとくから探しには来るな。」

「……承知しました。時間は8時ですよ」

「了解。」


 その言葉を最後に、ラライアは店へと戻っていった。


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 すいません、作者です。

 ここを書いてる途中でミティスが完全に空気なことに思い至ったので、ここで『鍛冶屋「ヘルストン」』の「三人で歩いていた」を「二人で歩いていた」に変えてます

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