魔族とは

「……それで、これはどういうことかな?」


 胸から生えた血にまみれた刃先を見つめながら僕はそう訊ねた。


「くッ‼やはり……いえ、先ほど述べたことが全てです。貴方は魔族で、私は人間。貴方がどんな方であれ、生かしておくわけにはいかないのです!」


 はぁー……どーしたもんかなぁ、ホントに。

 さして苦しむ様子もなく答えたことが意外だったのか、悔やむ様にしながら答えた男に、ぼくは思わず頭を抱えた。

 

 その魔族だか何だかも知らないし、仮に僕がその魔族とやらだったとしても突然背後から刺されるいわれは無いだろう。

 なんせこっちは命を救ったのだ。

 ……とはいえ、相手に複雑な事情があるというのは察しが付く。

 今この時でさえ、申し訳なさそうな声をしているのだ。おそらく利己的な物ではあるまい。

 話をしたいが……まぁ、そんな空気ではないわな。

 ならまぁ、仕方がない。取りあえず大人しくさせるとしよう。


「……なんのことを言っているのか分からんが、お前が利己的な奴では無いと私は判断した。よって、3秒やる。その間に謝罪の言葉の一つでも言うのなら、今回のことは水に流すとしよう。でなければ……言わずもがなだ。いくぞ」


 そう言うと、男は喉を鳴らした。


「さーん」


 素早く僕の胸から剣を抜く、


 「にー」


 即座に振られる剣。僕の視界は、縦横無尽に宙を舞った。

 そうして……


 どちゃ


 僕の首は、重力に従って地に落ちた。


 だが、それだけだ。

 

 「いーち」

 「なッ!」


 予想だにしていなかったらしい声に慌てて剣を振り下ろそうとするが、こちらの方が早い。

 

 ピュン


 そう音を立てて、僕の背から漏れた血液が刃となる。

 それは一瞬の内に男の四肢をきれいに切断した。


「うっ……がァァァァァ!!!!」


 ピッ‼


 その絶叫の中聞こえるほどの音を立て、体を衝撃が襲う。


「フーッ、フーッ」

 

 首が動かないので目で探ると、視界の端には今までずっとしゃべらなかった女が杖をこちらに向けて荒い息を吐いていた。

 どうやら先ほどの衝撃は魔弾らしい。らしいのだが……あまりにも弱すぎないか?なんの筋も通ってないミンチ肉の塊すら貫けないとは。

 思わずそう呆れつつ、大体の方向から少しずらして……

 バチッ


 バキッ、バキバキバキ……


 放った魔弾はどうやら木に当たったようで、それにぶち抜かれたらしい木の幹が音を立てていた。

 どうだろう。これで少しは逆らう気も失せただろうか。音的には動いてはいないようだが……やはり警戒は必要だ。


「あ……」


 そう判断した僕は、辺りに魔弾になる前の魔力を浮かべた。

 その数、計17発。僕の魔力の1/5だ。

 聞こえた声的には大人しくなったようだが……さて。

 そう予想を立てながら拾い上げた頭をくっつけると、やはり戦闘の意思は無かったようで、ぺたりと地面にへたり込んでしまっていた。

 演技かどうかも分からないが、とりあえず脅威にはなるまい。

 さて、残るは一人だが……


 そう考えながら男を抱えた女の方に顔を向けると、男を抱きしめながらこちらに短いナイフを向けていた。武器から察するにいわゆる補助職サポーターという奴では無いかとは思うが……まぁ、一応だ。


「シャル」


 そう短く名前を呼ぶと、少し見ない間にだいぶ大きくなっていたシャルが女の背後の森から飛び出した。そしてその体を液体の様に変形させ、男と女の間に入り込むようにして二人を引きはがす。

 

「ッ!?このっ!返せクズ‼‼」


 それに金切り声を上げてナイフを握った腕を振り上げる女だったが、辺りの肉だまりと化したシャルが持ち上げたあるものを目にして、目を見開いた。


「こ、このッ‼」


 それは先が鎌の様になった肉。それが腹を食い破られた男に向いていたのだ。

 なるほど。確かに拘束しろという意図で声を掛けたが、まさか人質とは予想外だった。加えて死肉で、ではあるが、後でしようと思っていた男の腹の治療まで済ませてくれている……なんだコイツ、天才か?


 予想だにしていなかったシャルの賢さに舌を巻きつつ、僕は達磨になった男を近くの木にもたれかけた。

 そうして尋ねる。


「おい、まだ口は利けるか?」

「……えぇ、おかげさまで」


 そう足の断面に目を遣りながら、男はそう苦笑した。

 その先にはまるで赤い蓋でもされたかのようにきれいに閉じられた断面。血液の硬質化で傷口を塞いでやった結果だった。魔力は常に消耗するが……予備の電池ならシャルがいくらでも持っているし、どちらにせよこの魔力が尽きるまでには話も聞けるだろう。

 さて、ここからはお話の時間だ。


「私が勝って、お前たちが負けた。だから戦利品として情報を頂きたいと思うんだが、話してくれるか?」

「……はい、人類われわれという種を危険に及ぼさない範囲であればお話ししましょう」


 少なくとも素直に話してくれる辺りはうれしく思うんだが……こいつは僕を何だと思ってるんだ。

 そう考えつつ、先ずは一つ目の質問。


「魔族とはなんだ」

「はい!?」


 一番知りたかったことなのだが……ドン引きされたような表情をされてしまった。なんだ?世間一般の常識なのか?アインの記憶には無いんだが……まぁ、しょうがないか。

 どうやら、不老とまではいかないものの、アインの寿命もだいぶ引き延ばされてきたらしいのだ。その間、ひたすら森にこもっていたらしいので、情報は一切入ってこなかったのだろう。


 そう納得しながら返事を待っていると、訝しむような顔でこちらを見ていた男は、直に観念したような様子で溜息を吐いてこう口を開いた。


「魔族と言うのは、魔力だまりから生まれ、意思をもつヒトガタ。貴方のような存在ですよ」


 ほうほう、魔力だまり……アインが貯めてきたという1年分ぐらいの魔力ならそう呼ばれてもおかしくはないが……どうなんだ?あくまで僕が生まれたのは術式からだろう?

 ……まぁ、そこは魔女に聞くとしよう。


 「なるほど、じゃあ次。人間と魔族が相いれない理由は?」

「はぁ……魔族が放つ魔力は瘴気と呼ばれ、我々にとって害あるものとなるのです。加えて、瘴気を浴びた物質は、新たに瘴気を振りまく媒介となり、それに気づかずにいると、国などあっという間に滅んでしまいます。ですから、貴方がどんな人格者であったとしても、我々には殺すほかに手段は無いのです」


 はぁー、なるほど。そう来たか。それなら殺すしかないわな。たとえ自分が見逃したとしても、別の人間に出会い、情にほだされてしまうかもしれない。ましてや子供などと出会ってしまえば大惨事だ。可哀そうなどと言って、軽い気持ちでかくまいかねない。まぁ、それが子供に出来るかどうかは別として。

 その理論で行けば、僕が殺されるのもきっと仕方ないのだろう。

 ただ、それはそう。最初の前提条件さえ合っているのなら。


 という訳なので、僕はこれまでの経緯を男に語って聞かせた。

 元は別の世界に居たが、気づけばスケルトンになっていたこと。

 アインという男の記憶が入った魔術書で知識を付けたこと。

 そして、今はその術式をアインに与えた魔女に話を聞きに行く途中だということ。


 それを聞いた男は、終始驚いたような顔をしていた。

 なんでも、この森に人がいたということからして信じがたいらしい。ここは魔境とも呼ばれる危険な区域らしく、人は滅多に立ち寄らないそうな。

 じゃあ、そんなところにいるお前らは何なんだと思いはしたが……まぁ、それは後で聞くとしよう


 そう心に決めながら、話の感想を求めると、


「すいませんでした!!」


 男は顔から地面に落ちながら、そう叫ぶのだった。

 突然過ぎて何がなにやらだったので話を聞くと、どうやら僕は魔族というくくりでは無かったというのだ。

 逆になぜ魔族判定してきたのかと言うと、魔境という圧倒的に魔力だまりの多いこの地域には魔族が生まれやすく、そういった魔族は、ピンチになった人間を探し、それを助けることで仲間になろうとするらしい。

 それが寂しさからくるものか、打算の上でそうしてきているのかはまだ分かっては無いが、どちらにせよ危険なので、遭遇次第即排除と言うのが人間の基本的な対応だそうだ。今回は事態が事態だったので、利用してから殺そうとしたそうだが。

 なんというかまぁ、遣る瀬無いというかなんというか。


 ……それはさておき。


「じゃあ、もう襲ってこないって認識で良いのか?」


 そう訊ねると、男は何とか頭を下げようとして、


「はい、この度は真にもごもごもご……」


 土に頭を埋めながらそう言うのだった。


 良かった。どうやら僕が感じた第一印象は間違っていなかったらしい。

 その天然そうな様子に若干の笑いを誘われながら、僕はその謝罪を受け入れた。


 そうして、


「じゃあその手足も直してやるよ、そのままだと不便だろ」

「……!そんなこと出来るの?」


 何の気なく言った一言だったが、それに魔術師らしき少女は食いついてきた。


「あぁ、簡単だぞ。ほら」


 そう言いながら、僕は落ちた四肢をその断面に合わせ、魔術で肉を変質させる。


「どうだ?」


 そう訊ねると、男は恐る恐ると言った様子に立ち上がり、体を動かして見せた。


「少しずれというか、違和感こそありますが……凄いですね、これ」 


 うん、どうやらうまくいったらしい。

 

「そりゃ良かった。しばらくしたら馴染むだろうからしばらくはそのまま辛抱してくれ」


 驚いたような表情の男に僕はそう言う。さて、こっちはこれで良いんだろうが……問題はこっちだよなぁ。

 そう若干嫌になりながらも、しぶしぶ目を向けると、そこにはキラキラとした目でこちらを見詰める魔術師の少女。


「あのっ!私に魔術を「教えんぞ」ださい‼」


「え?」「ん?」


 そうして生まれた奇妙な時間。

 少女は目を丸くしてこちらを見詰め、僕はその少女に対して目を丸くする。

 今の一瞬のどこに驚く要素が有ったんだよ。


「アノ……チナミニ理由トカ伺ッテモ?」


 そう呆れる僕に、なぜか泣きそうになりながらか細い声で尋ねて来る少女。

 なんでも何も……ってか、逆に何で泣きそうなのかこっちから聞きたくはあるのだが……


 「さっきも言ったが、僕は知識を読んで手に入れただけだ。そんなズルして得た知識をひけらかせるほど恥知らずでもない。どうしてもって言うなら……ほらこれ」


 そう言いながら、僕は体の中から、例の魔術書を取り出した。

 

「どうしてもアインの知識が欲しいというなら、自分で身につけると良い。最初は苦労するだろうが……まぁ、きっと慣れるさ」


 そう言いながら、手渡そうとしたのだが


「ア、イエソノ……ケッコウデス……」


 さっきより元気なさそうにそううつむくのだった。


「……なぁ、こいつは一体何なんだ?」


 そう後ろで様子を見ていた男に尋ねると、男は苦笑しながら


「えぇっと……彼女はかなりの人見知りと言うか、恥ずかしがりと言うか……取り敢えず会話が下手な子だと思っていただければ……」

「なるほど」


 いわゆるコミュ障というやつか。ファッションじゃなくてマジモンのやつは初めて見た。

 若干珍しいものを見ている様な気分になりつつ僕は魔術書をしまう。

 おおよそ、勇気を出してした希望があっさりと却下され、今の状態になったのだろう。

 ずいぶんと難儀な奴だ。

 

 ……とはいえ、おかしいな。何か忘れてる気が……


「あ」


 思い出した。


「シャル」


 そう呼ぶと、肉の波となっていたシャルは兎の姿へと戻り、こっちへ近づいてきた。

 というか……あれ?


「ずいぶんデカくなったな、お前」


 そう口にした僕の視線の先には腰程も有る巨大な肉で出来たウサギ。奴らの死体を一つ残らず吸収した結果だろう。このサイズなら乗り物としても扱えるかも知れない。

 そんなことを考えつつ、僕はシャルの頭を撫で、後ろを向いた。そこには……


「ッ……」


 男を必死に抱き寄せながらこちらを睨みつける女が居た。

 コイツは未だに敵対の意思があるようだ。

 とはいえ、出来ることも無いと思うんだが……そうだ。


「なぁ、あいつは頼んでも良いか?僕が何を言っても聞く耳すら持ちそうにないんだけど」


 そんな訳なので、男に説得を頼もうと思ったんだが、なぜか男の方すら難しそうな顔をしてこういうのだった。


「実は……彼女と私達は仲間という訳では無いのです。私たちはたまたま彼がケガした現場に遭遇したので、救護に向かっただけで……」


 あぁ、なるほど。一緒にいるから仲間だと思ってたんだが、その前提から間違っていたわけだ。思い込みってのは恐ろしいな。

 ……とはいえ、そうか。どうやらこの場は僕がやるしかないようだ。

 脅すようであまりしたくは無かったんだが……


「おい、そこの男の腹を見てみろ」


 そうは言ったのだが、女は一瞬たりともこちらへの警戒を解く気はないようで、手で男の腹を探る。そうして


「!?なにこれッ!」


 叫ぶ。それはシャルが腹の傷を塞ぐ処置を施したところだった。筋や管をつなげ、皮まで張ったものの、やはり他とは触り心地は違らしい。それに気づいてのこの叫びなのだろう。


 「ッ~~~!!」

 

 そしてそれは女にとって許せない事だったようで、ナイフを取り出し……


「やるのは勝手だが、今その男を生かしているのは間違いなくそのシャルの処置だ。それすら無下にするというなら俺から出来ることはもう何もないぞ」


 そこで止まった。警戒し、怒ってはいるようだが、どうやら我を忘れるほどではないらしい。これなら……行けるかもな。


「しかもそれはあくまで応急処置だ。いつ死肉との拒否反応が起こるかも分からんし、そもそも血液はだいぶ流れた後だろう。こんなところでもめるよりさっさと町へでも向かうべきなんじゃないか?」

「……」


 そう言ったところ、女は立ち上がった。そうして男を背負い……


「あっ、おい‼」


 森の闇に姿を消したのだった。

 ただ焦らせるだけになったか。クソッ。


「シャルッ、奴らを護衛してやれ、それが難しい時は隠れて援護。攻撃された場合は帰還だ。行けッ」


 そう言い終わると同時に走りだして森の影に消えていくシャル。


「出来ることは……全部やったよな」


 そう呟き、僕は男ともども肩を落とすのだった。

 やはり、世の中そううまくはいかないらしい。

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