第27話 リッカの出生
「リッカがこの学校で長年暮らしていることはもうご存じですね?」
「はい。資料で見ました」
たしか二歳くらい……本当に小さなころから在籍している記載があった。
「リッカをこの学校に連れてきたのは私です。私が実質親代わりですね」
あ、やっぱり……そんな感じはしていた。
リッカは人と距離を置いている、ということを色んな人から聞いたが、シオン先生に対しては『家族』の距離感で接していた。
「リッカと出会ったのは……もう、十五年くらい前ですかね。神聖魔法についての調査で、雪が積もっている寒い土地に訪れたときのことです。村を目指して歩いていると、突然何かに足を噛まれたので動物かと思ったら……よちよち歩きをしているような子どもだったんです」
「え、子どもに噛まれた!?」
「はい、小さな口でガブリと。ズボンに穴が開いて血が出るくらい、しっかりと噛まれちゃいましたね」
そんな、『動物が餌をみつけて噛みつく』みたいな――。
……え、そういうこと?
「近くに親がいるのかと思いきや……誰もいませんでした」
「もしかして、それが……」
「そうです。リッカです。……今でも覚えてます。小さな体で長い尻尾を引きづっていましたよ」
ユキヒョウの獣人だから寒い土地にいるのは想像できるけど、そんなよちよち歩きの子どもが一人でいるなんて……。
しかも、自力で食べ物を得ようとしていた……ってことだよな?
「目的の村に到着間際だったので、そこから脱走したのかと思いましたが、それにしては薄着だし服もボロボロで痩せていて……身寄りがないのはすぐに察しました。とにかく、私の服を着させてから村へ一緒に連れて行くことにしました」
寒さに強い体だとしても、小さな子が雪の中ボロボロの薄着でいるなんて……。
想像するだけでも胸が痛い。
「村にはすぐに到着したのですが、住んでいたのはすべて人間でした。それで獣人を嫌悪して受け入れて貰えなかったのかと思ったのですが……そんなことはなく。むしろ好意的だと感じました」
「え、それならどうして……。村の人はリッカを知らなかったんですか?」
「いえ、村の人たちはリッカを知っていました。でも、彼らが神聖視している獣人一家が捨てた子なので関知しない、ということでした。
「それって……リッカの家族がリッカを捨てたってこと!?」
そうだとしたらクソなのだが!
思わず怒ってしまったオレに、シオン先生も複雑そうな顔をしている。
「……そう、ですね。当時の私もリッカを抱え、憤りを持ってその家族の元に直行しました。村の一番奥、小高い岩場にある家を訪ねると、リッカより少し大きな男の子が扉を開けました。少年はリッカを見て驚いていましたが……何も言いませんでした」
「兄弟がいたんですね。寒さに厳しい環境だし、食料が足りなくて仕方なく人数を減らした……という感じですか?」
オレの質問にシオン先生は首を横に振った。
「男の子が言うには、父親はいつも家族を置いて旅に出ては、村の危機にふらりと戻って助けていくそうで……。それで神聖視されていたわけですが、私が訪れたときも父親は旅に出ていて、母親と二人だというのです。そして、リッカは『家族ではない』と……」
「でも、村の人は『捨てた』と言っていたんですよね?」
「ええ。同じことを私も聞きました。するとそこで母親が出てきて、『私の子ではない』と言って強引に扉は閉められてしまいました」
幼過ぎて大人の話を理解できていないかもしれないが、そのやり取りを小さなリッカの前でしていると思うとつらい。
「村の人たちもリッカには興味を示さないですし、死なせるわけにはいかないので私はリッカを連れて帰ることにしました」
当時のシオン先生がリッカを助けてくれて本当によかった……。
シオン先生に出会っていなければ、オレがリッカと会うこともなかっただろう。
そうなるとこうして楽しい日々を送ることもなかった。本当に感謝だ。
「そして、立ち去ろうと村を出たところで、獣人一家の少年が追いかけて来たんです。少年はリッカが『父が戻ったときに名前だけ伝えて置いていった子』なのだと教えてくれました」
「あ、それでお母さんは『私の子じゃない』と言っていたのか」
夫が連れて帰ってきた子というと、浮気相手との子なのではないかと想像してしまう。
そして母親もそう思っているのだろう。
急に浮気相手の子を連れ帰ってきて、当の本人はまた出て行ったのか……。
父親がクズすぎる!
まあ、育てたくない気持ちは分からなくもないけど、それならば村の人に頼むとかリッカが元気に生きていける道を考えて欲しかった。
「話を聞いて、戻ってきた父親が引き取るかもしれないので、経緯と私の連絡先を紙に書いて少年に託しましたが……今まで一度も連絡はありませんね」
父親が事故に遭遇して家に帰っていないのかもしれないけれど……。
経緯を聞いた感じでは、親心なんて期待できそうにない親だ。
「この学校は三年過ごして国の試験に合格すると、多くの国に入国できる身分証を貰うことができます」
「あ、魔法を学びたくて入学した子たち以外が、みんなそれが目的ですか?」
「そうですね。試験が年に一度なので、再挑戦する子は卒業が延びます。三年以上いる子の主な理由はこれです」
「なるほど」
「リッカはもうかなり前に身分証を取得しているので卒業することもできるのですが、ずっとここに身を寄せています。……どこかで父から連絡がくることを待っているのだろうか、とふと思うことがあります」
そう言うシオン先生は優しい表情をしていました。
こういう顔をして想ってくれる人こそ『父』なんだと思う。
だから、リッカが父からの便りを待っているのだとしても、『父を求めている』というわけではない気がする。
立派で素敵なお父さんがすでにいるのだから。
「まあ、本人は『ここにいるのが楽だから』と言っていますが……本心は私に懐いてくれているからだと思ってます!」
「そうですよ、きっと!」
シオン先生の言葉に大きく頷いた。
「ちなみに、その追いかけてきてくれた少年がスノウです」
「え……ええええ!!」
さらりと言われて、一瞬なんのことか分からなかったが……。
『ちなみに』で言うことじゃないです!
「じゃあ、スノウとリッカは本当に異母兄弟かもしれないってことですか!?」
「そうですね。でも、リッカは覚えていないようですし、私もスノウにあのときの子どもだと気づいたことも伝えていません。向こうから言ってこなかったので、触れない方がいいのかと思いまして……」
「スノウはリッカに会うためにこの学校に来たんですかね?」
「そうだと思いますよ」
スノウはどういう思いでやって来たのだろう。
弟が元気に成長しているか確認したかったのかな……。
「二人はあなたに懐いていますから、見守ってあげてください」
「はい……」
できれば兄弟仲良くして欲しいけど、オレにできることはあるのだろうか。
余計なことはしないように気をつけながら、できることがあるなら全力で力になろう!
「これで共有する秘密が二つになりましたね」
「!」
また大人の魅力を放って微笑むシオン先生にドキッとしつつ、気になっていたことを思い出した。
この勢いで一気に聞いてしまえばいいのでは!?
「あの、シオン先生は何の獣人ですか!」
「あ、聞いちゃいますか?」
にこにこ笑顔だが「本当に聞くの?」という圧がある。
でも……気になるし聞くなら今しかない!
覚悟をして「はい!」と答えると、シオン先生はくすりと笑って頷いた。
「すみません、そんなにもったいぶる話ではないんですけどね。私は獣人ではなく、人の姿をとっている紫竜です」
「し……竜!? あ! 職員寮のマークが竜だった! え、あれですか!?」
思い出して大きな声をだすと、シオン先生がニコリと笑って頷いた。
竜だなんて、もったいぶる話でしょう!
胴が長いタイプの神様みたいな竜が描かれていた。
紫竜ということは、鱗とか紫なのだろうか! 見たい~!
「神子様が邪悪な魔物を三つに分けたとき、最初に分離されたのが私の先祖の紫竜だったと言われています。先祖は獣人たちに知恵と繁栄をもたらしたそうですよ」
「ほえ〜」
話が壮大すぎて、馬鹿丸出しな声を出してしまった。
でも、たしかにシオン先生には「竜」と言われても納得できる貫禄と迫力がある。
「そしてこの傷は、紫竜一族の者に現れるのです」
そう言ってどこか愛おしげに顔の傷に触れた。
紫竜であることに誇りを持っているように見える。
素敵だなあ、と見ていたのに……。
「そうだったんですね……昔ヤンチャした証だと思ってかっこいいなと思ってました」
あ、つい思っていたことを言ってしまった!
今、傷は誇りだと感じたのに、ヤンチャの証扱いしてしまった!
きょとんとしていたシオン先生だったが、オレがすみません! とぺこぺこ謝りだしたのを見て笑いだした。
「あはは! 私の祖先がヤンチャしたのかもしれませんね! ははっ」
今まで一番ウケている……。
怒られなくてよかったけど、思ったことをすぐに言うところを直したい!
「あ、そうだ。私の正体を知った人には、色々と頼みごとをしますのでよろしくお願いします。あと、悪い子はガブリと一口で食べてしまうので気をつけてくださいね」
「!」
シオン先生がとても迫力のある素敵な笑顔を見せた。
もしかして、シオン先生の正体について話していたときに、リッカがスルーして関わらないようにしていたのはこのせい!?
「は、はい……」
やっぱり藪を突いたら蛇、いや紫竜が出てきてしまった……かも?
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